9・避けられぬハンデ戦
駄目でした。
二対一は卑怯ではないかという俺の訴えはあえなく棄却されてしまった。
だろうね、と吐き捨てたかったが、本心ではそれなりに期待していたので唇を噛むだけにしておく。
「貴方がまともな殿方ならその提案を呑むのもやぶさかではありませんが、人ならざる者ならば話は別ね。ましてや、クラスメートだった間狩さんすら容赦なく毒牙にかけようなんて……。もはや、粛々と浄め払うのみです。……さあ、お覚悟を」
「そこの氷姫がズタボロにされちまった相手にサシで挑むのもヤバそうだしな。……それはそれで歯応えありそうだから燃えるんだけど……ま、ここは使命優先するわ。勝ち負けよりも成果が大事だからよ。ハハッ、悪りぃな!」
取りつく島もない。
よくそんな割り切れるな。
後輩だぞ。同級生だぞ。
情に訴えかけようかとも思ったが、この調子じゃ期待できそうにないわ。
襲いかかる敵を倒せば倒すほど状況が悪化していく。何なんだよこの無理ゲーは。
「……わ、私も、加勢させてもらう。元はといえば、私が不覚をとったせいだ。のんびり寝てなどいられない」
間狩が立ち上がった。
多少フラついてはいたが、戦力として加算できるくらいの力は残っているようだ。
酷い怪我はしてないみたいだから、疲れてるだけなのだろう。
これで三対一になった。
……二対一よりも酷い状況になるとはこの俺の目をもってしても見抜けなかった。
どちらも間狩と似たり寄ったりの経験積んでそうだし、そんなのに三人がかりで攻め立てられたら出し抜いたり隙を突いたりなんか出来るわけがない。
また体力勝負か?
……あー、なんかやる気なくなってきた……。
無理やり突っ切って逃げるか?
単純なスピード勝負なら俺の方に分があるだろ。
でもなぁ……。
(玉鎮のやつはどっからどう見ても脳筋だろうからあしらうのはさほど難しくない。間狩は落ち目みたいなもんだから無視として、先輩が何やるか読めないのが不安だ)
こちらのやりそうな事を先に手を打って駄目にしてそうで厄介なんよ。
詰め将棋みたいな勝負になりそうで面倒なんよ。
あの微笑みが腹黒そうで怪しいんよ。
他二人と違い、武器なしなのも油断を誘う手段の一つなのかと疑ってしまう。
(特殊な術とか魔法とかに長けてて不要なのかもしれんが、それでも何も持たないのは妙だぞ)
隠し武器とか持ち合わせているかもしれないから、気をつけないとな。
刀使いと鉄槌使いを交互に警戒しつつチラリと横目で見ると、先輩は少しだけ微笑んでくれた。
冥土の土産にしろってことかな。
名案が浮かばないまま沈黙が続く。
姫君たちにしても、先に俺のほうから何かしらのアクションをしてほしかったのか、ナメクジよろしくじわりじわりとにじり寄るだけで、積極性が感じられない。
──まてよ。
こいつら、俺が手に余ると見て、さらなる援軍待ちしてるのか?
なら、時間が経てば経つほど不利になる。
今の状況に変化つけてみるか。
それでも攻めっ気がなさそうなら、いよいよそういう事だ。
無理矢理にでも逃げて姿をくらますか、おかわり来るよりも先に、この三人と二匹を必死こいて皆殺しにするしかない。
「どしたぁ? ぼやぼやしてたら夜が明けちまうぞ? バケモンには嬉しくない事態じゃねーのか?」
そういわれてもな。
復活した後の俺と太陽が折り合いつかなくなったのかどうかなんて、実際に顔合わせしないとわからん。
もしかしたら日光の恩恵をもっと受けるようになってるかもしれないぞ。
「さっさと暗がりに飛び込んだらどうよ?」
「そうする」
俺は押さえていた足腰のバネを解放して横っ飛びした。
そのまま勢いを殺さず、昆虫みたく跳ね飛んでいくことにする。
それを見たこいつらは、俺が劣勢を悟ってバイバイしたと思うだろう。
病院は出入口が多いからな。
逃げ道はいくらでもある。
ここで離されたら逃げ切られておしまいだと考えるはずだが、どう動く?
「うおっ!?」
なんか飛んできて足に刺さった。なにこれ。
「……針?」
右足の脛からにょきっと一本の針が生えていた。
太さは数ミリくらいで長さは二十センチほどか。箸くらいのサイズだ。
「いったい誰が……」
犯人はすぐにわかった。
まあやるならあの人しかいない。
グロリア先輩だ。
その証拠に、先輩は(サウスポーなのか)左手の指の隙間に一本ずつ針を挟み込んで次を撃つ準備をしている。
「痛くはないし、ツボを突かれて動かないとかもないな」
変わりなく動くしら感覚もある足から、針を抜いてみる。
抜けないとかあり得るよな……とも思ったが、バターやチーズに刺さってたかと勘違いしそうなほど、抵抗なくスッと抜けた。
何だったのこれ。
嫌がらせ……じゃないよな?
「マジか!」
声をあげて驚いたのは玉鎮だった。
「あっさり抜きやがったぞ。しかも平然としてやがる!」
「……わたくしも、まだまだ井の中の蛙ということかしら。『封魔穿』が何の成果も為さないなんて初めてですわ。青天の霹靂ね」
「……やはり、そうなんだ。アレは私達の予想を大きく上回る、慮外の厄災と見て、間違いない……ここで、どうしても仕留めなければ……!」
先輩の顔から笑みが消え、間狩の眉間に深くシワができた。
「人じゃないだの化物だの厄災だの、好きに言ってくれるなぁ」
だいたい交通事故の犠牲者なんだぞ俺。
本来なら、早すぎる死を悼まれないといけない立場だろ。
なのになんでスタン系無効なボスキャラみたいな扱いされないとなんないの。
同級生や上級生に問答無用で命を狙われ、唯一親身に接してくれたのが上半身肉塊の触手おじさんとか、違うだろこれは。
「鏡の姐さんが駄目なら、こいつはどうよ!」
今度は自分の番だとばかりに、玉鎮が目の前の床めがけてハンマーを振り下ろす。
「え? 何の意味が……」
最後まで言い終わる前に、俺は身をもって理解した。
地響きのような打撃音。
床から伝わってくる揺れ。
いきなり全身にびりびりと痺れがきた。
長時間正座して限界を越えたときの足みたいな、あれ。
金属の棒やバットで固いものを思いっきり叩いたときの腕みたいな、あれ。
肉の内側からくすぐられてるような、あの震えが、身体中に芽生えていた。
「うおぉ、ビクンビクン気持ち悪っ。なんだ、この、何なんだこれ……!?」
神経に直にキテるような痺れに耐える。
……うん、我慢したら動けないこともない。
バラエティの企画で、芸人が体に低周波治療器を貼ってゲームするやつがあるが、もしかして、それとあまり変わらないんじゃないか?
つまり、玉鎮の振るったハンマーは音こそやかましかったが、そのくらいの効果しかない。ただの大袈裟な電マだ。
「……………………ウッソだろ。アタシの『地竜轟』でさえ、ロクに効かないのかよ。もろに食らえば鬼や大百足でも指一本動かせられねぇんだぞ……!」
ま、そこそこ効いてるけどな。
「複数同時ならいかが!」
おいおい、こっちが震えで動きが鈍いのをいいことに、先輩が針をまとめて投げつけてきやがった。
単発で駄目ならまとめ撃ちで力を合わせるって事か。
シンプルな理屈だけに効果ありそうだ。
素早くよけるの……うん無理!
「へにゃっ」
押して駄目なら引いてみな、だ。
逆に脱力してやって、軟体動物みたいに床にべちゃりと倒れ込んだ。
俺がさっきまで立っていた空間を、何本もの針が虚しく通り抜けていく。
とっさに編み出した苦肉の策だが上手くいった。
あとなんか力を抜いたら痺れも抜けた。なんたる一石二鳥。
ってホッとしてたら、残り体力使い切る勢いで疾走してきた間狩が、ぐにゃぐにゃな俺に刀振り下ろしてきた。
\(^o^)/