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復活したはいいが何故か人食いのチート怪物と化した天外優人の奇怪で危険で姦しい日常について  作者: まんぼうしおから
第二章・日常のあれこれ

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25・先走りの後始末

 勝負はついた。


 アステカの昔の化け物は、日本の今の化け物、つまり俺に敗れた。

 オセロットとかいう怪物のクローン。それが俺の対戦相手だった。

 クローンなんて科学的な養殖みたいなものだし、天然ものである俺にかなわないのも当然といえた(まあ本物を持ち出してきても俺様にはかなわないがねという確固たる自信の気持ちはあるがね)。


 さて。

 後はテンパりかけてるこの女をどうするかだが。


「──たった俺一人に、こんな銃器持ちどもや大口の化け物をけしかけてきたんだ。ただで済むとは思わないよな?」


 素っ裸なうえにネチャネチャまみれ。

 ドッキリにかけられた直後みたいな姿で迫力に欠けるがしょうがない。


「ま、待ちなさい」


 女が待ったをかけてきた。


「待ちなさいも何も、もう詰みだよ。往生際が悪いね」


「……ここは、痛み分けとしましょう。そ、それでいいでしょう……?」


「はぁ?」


 信じられない言葉が飛び出してきた。


 おいおい正気かこの女。

 ほぼゲームセットの状態から引き分けにもっていこうとしてるのかよ。そんな提案を俺がホイホイ呑むわけないだろ。どんな優秀な詐欺師やネゴシエーターでも無理だって。


「ぶ、無事だったのだから、いいでしょう? あなたも元気そうで何よりだもの。こちらの被害は気にしなくて結構よ。全て忘れるわ。だから、き、今日のことは水に流しましょう、ね?」


「フハッ」


 つい笑ってしまった。

 早口でまくし立ててきた、その身勝手な物言いに、吹き出すような笑いが出た。

 こんなもん笑わずにいられるか。


「ハハ、よくもそんな図々しいことが言えるもんだな」


 たいした図太さだ。

 そこは見習うべきかもな。そこ以外は呆れるほどにクソだが。


「……ん?」


 違和感。


「あれ? ネチャネチャが……」


 今の今まで俺を不快にさせていた、あの怪物の強酸性ヨダレの感触が失せてきていた。

 体が、さっぱりしたものになりつつある。

 乾いた──にしても、これは早すぎる。頭から爪先まで垂れるほどまみれていたのに、いきなり乾くわけがない。

 しかも臭いまで弱まってきている。

 ヨダレってのは乾いたら臭いがつよくなるものだ。怪物のヨダレも同様だろう。ただでさえくっせえのに、それが乾いたらさらにくっせえ事になるはずだ。

 でも臭くない。

 いや、臭くないは言い過ぎだが、しかし明らかに臭いのレベルが落ちてきている。この短時間で鼻が慣れるとも思えない。


 どうなってるんだ。


「…………もしかして」


 辺りの地面を、ぐるりと見渡す。


 コンテナ開きっぱなしの薬屋のトラックに、

 呻きながら転がる武装した男どもと、

 そこらじゅうに散らばってる怪物の残骸があった。


 いや。


 散らばってはいる。いるのだが。

 シュウシュウと湯気のようなものをあげて、怪物の残骸が、蒸発するように消えかかっているのだ。

 これまで何度か、怪物や妖魔といった、まともな生き物じゃない存在が、仕留めたあとに消えていくことがあるのを目にしたことがある。

 なら、この怪物もそのタイプなのか。

 だから俺の全身にネバついていたヨダレも、そのヨダレの臭いも、連鎖して消え去ろうとしているのか。


「ラッキー♪ 消臭剤浴びる手間がはぶけたぜ」


 こんな目に合ってるのにラッキーもクソもないのだがラッキーだと思っておく。

 人生は気の持ちようだ。

 でも怪物の口の中でモグモグされて気持ち悪かったのに変わりはないからシャワーは浴びたい。クソ女を捕まえた後に帰ったら時間かけて念入りに洗おう。


 ……そうだ。


 そうだった。忘れてた。


「女を取り押さえないと」


 くせえのとネバついてたのが自然消滅したことにすっかり気を取られていた。


 あの女は、もう消えていた。

 影も形も見あたらない。


「……いねえ。どこ行ったんだ」


 勝ち確すぎて油断していた、その隙を見事に突かれたらしい。俺としたことが。

 これはやっちまった。



 目視でわかる範囲にはいない。

 殺意や敵意の矢印も伸びていない。

 まあそうだろう。あの女からしたら、敵対心よりも今は俺から逃げることしか頭にないはずだしな。

 ならもうソナーしかない。

 頭脳労働ばかりで日頃から鍛えてるようには見えなかった。まだそう遠くには行ってはいまい。間に合うかもしれん。


 引っ掛かってくれと願い、探知を始めた、その数秒後、





 強烈な爆発音が轟いた。





「!?」


 なんだ今の音!?


 逃げ出したあの女と関係があるのか? それとも事故か?

 いやそんな都合よく事故が起きるものか?

 馬鹿な。

 そんなわけがない。

 あの女がかかわっているに違いない。


 音のした方向に駆け出す。

 したが、その途中で足が止まった。


 そう見せかけて、そちらに気を取られて向かわせておくための目眩ましかもしれない。

 手荒なカムフラージュ。

 本人はそれを囮にして別方向に逃げたかもしれない。

 そんな勘繰りが足を止めさせたのだ。



 そこに、さらなる爆発が鳴り響いた。

 俺の後方で。


「っお!?」


 聞き覚えのある激しい衝撃と音を背中に受け、びっくりしつつ振り返る。

 

「……うわ」


 トラックの大半が吹き飛んでいた。

 少しは残っている部品が、真っ黒い煙を立ち上らせている。

 生き残っていた男達も、頭や手足を散乱させていた。ちょっとつまみ食いしようかなとも思ったが、まずそうだし、やめとこやめとこ。


「証拠隠滅と、口封じか。あー、やられっぱなしだな」


 女に出し抜かれっぱなしの一日だったなとガックリしながら、俺はスマホを取りに向かったのだった。

 今の出来事を伝えるのと、替えの衣服を用意してもらうために。





「はぁ、はぁっ……」


 ぴっちり決めたスーツ姿や髪を乱れさせながら、女は必死に逃げていた。

 天外優人が自分への注意をなぜか解いたのを見逃さず、逃走をすぐさま選んだのである。冷静な判断力がまだ残っていたらしい。


 いざという時のため、いつも走りやすい靴を選んでいたのが、ここで功を奏するとは思わなかったわ。

 転ばぬ先の杖とはよく言ったものね。

 私はこんなところで終わらない。終わってたまるものですか。

 そうよ。

 そうに決まっている。

 ゆくゆくは組織に、知賢院にこの人ありと一目置かれ、数々の素晴らしき功績を──



「どーも」



 『人払い』のイエローテープが目と鼻の先にある、その手前。

 突然の呼びかけに、才媛の足が縫い止められたように止まった。

 若い娘の声。悪戯っ子じみた、いかにも生意気ざかりの声。


「どこに行こうとしてるのさ? キヒヒヒッ」


 声はするが姿は見えない。


「だ、誰、誰なの?」


「それは別にアンタが気にすることじゃないね」


 少女は小馬鹿にしたような言葉を続ける。


「アンタは調子に乗りすぎた。結果さえ出せばいいと思い、先走りすぎた。そんでこのザマだ」


 正論だった。

 才媛は返す言葉もない。


「兵隊を失ったのはまだいいさ。けど、オセロットの、まともに完成したクローンを無駄死にさせたのはマズッたね。ま、最大のポカは、ターゲットとその捕獲役がやり合ってる最中の横槍だけどさ、キヒヒ」


 さらに少女の独擅場は続く。


「もうターゲットの懐柔は望めない。捕獲依頼を引き受けた奇特な奴らも敵に回した。隠れ蓑の一つも機関にバレた。オセロットのクローンまで失った」


「ま、まさか」


 ここまで聞いて、ようやく才媛は自分の置かれた状況をわかってきたらしい。

 声だけの少女の立場が独擅場だとしたら、自分の立場は、いまや土壇場なのだと。


「そのまさかさ。アンタの組織はターゲットを確保することが不可能になった。アンタのせいでね。なら、責任を取らなきゃ。それが大人ってもんだろ?」


「ま、待ちなさい。これには理由が。あんな予想外のガキが現れて、だから上層部に弁解を……」


「その上層部とやらはアンタの独断を把握済みだよ」


「────」


 才媛が、今度こそ絶句した。


「上手くやればこれまでの強引なやり口も含め不問に付す。しくじったら切り捨てるとね。で、うちの組織にその見極めの依頼がきたのさ。お分かり? 分かったならもう満足だろ?」


「そ、そんな──」


「バイバイ」


 まだ何か言おうとする才媛に、少女は、さよならの言葉と共に綿菓子めいたフワフワの塊を飛ばす。


『バブルガム・エンジェル』

 声だけの少女──風船屋の式神である。


 死に至る威力の爆発。

 それをもって、才媛の悪あがきとその人生に、終止符が打たれたのであった。

次回で第二章も終わりとなります。

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