23・コンテナの中の悪鬼
本当に撃ってきた。
BB弾とかじゃなくて実弾だ。
これまでにライフルと弓矢を受けてきたが、今度は中距離からの一斉射撃かよ。
内戦とか起きてるヤバい国じゃなく平和な日本の街中でこんな目に合ったのは、俺が初じゃないだろうか。
(注:ついさっきナユタと大悟がやられたばかりですが優人は知りません)
「おっとガードガード」
まあ、撃ってくるのは(殺意が思いっきり見えてるから)事前にわかっていたので、素早く両腕をクロスさせて防御した。
しっかし、こんな素っ気なくあっさりとやり始めるものなんだな。
もっとこう、リーダー格が威勢のいい号令を一発吠えてから派手に乱射するものかと思ってただけに、なんだろう、不思議な残念さと妙なリアルさがある。
素っ気ないのは発砲音もだ。
すんごい軽い。
サイレンサーってやつでも付けてるらしく、パスパスと、悲しくなるほど迫力がない。
でも弾の威力は意外とまあまあだった。
貫通とまではいかなかったが、当たった部分に、それなりにめり込みはした。
堅牢なこの俺の身体に効くのだから、攻撃力という点では、そう捨てたもんじゃない。銃器が特別なのか、弾丸が特別なのか、その両方か。
腕で防いでいたから当然だが、胴体や足に比べてずっと多く弾が食い込んでいる。また服が破けちまったぜクソ。
一人だけグレネードランチャーみたいなのから発射してきたのは爆弾じゃなかった。
ガス弾だった。
そうくるとは思ってなかってので、つい吸い込んでしまった。
わずかに間を置いてから、肺の中がネトつくような奇妙な感覚がしてくる。このガスのせいだ……って、そりゃそうだ。考えるまでもないよな。
「かっ」
胸の奥に光の力を溜めるイメージをしてから、喉がイガイガしたときにすっきりさせる時の要領で、咳を出す。
すると、
枯れた花みたいなものが、咳と共に口から出てきた。
「なんだこれ」
見たこともない種類の花だ。
いや別にそんなに花とか詳しくないが、とにかく見たことはない。
こんなのが、ガスを吸い込んだ途端に開花して、肺の中で根を張ろうとでもしていたのか?
ンなわきゃない。
いつものように、呪いそのものが実体化したように見えてるだけだな。
踏み潰してやろうかと思ったが、もう朽ちていたのか、その前に散っていった。
「あーあ、また服が駄目になっちまった」
両腕にめり込んでいた弾丸を手で払い落とす。
胴体や肩、足にも当たってるやつもだ。
こんなの一個でも残したまま帰宅なんかしたら、流石の父さん母さんも仰天するからな。家族会議待ったなしだ。一体どこの戦場をほっつき歩いてきたんだと問い詰められるのは避けられない。
服が破けたのはどうにでも言い訳できるから問題ない。
でもこんなこと頻繁に続いたら困るな……ちーちゃんさんにでも頼んで頑丈な服でも作ってもらうか?
「着る服がなくなっちまうぜ」
不愉快そうにジロリと前方を見る。
俺に睨まれた武装集団が、数歩後ずさった。
「もう打ち止めか?」
笑いながら、一歩、また一歩と近づいていく。
三歩目で男どもが武器を捨て、別の銃器を構えようとした。
こうやって恐怖を煽ったら固まって動けなくなるかと思ったが、どうやら意外に精神がタフだったらしい。それとも、怖がらせすぎて、逆に吹っ切れさせたか。
なんにせよこれ以上服を破かれたくない。
さっさと仕留めよう。
身ぐるみ剥がされたような姿で帰るのはお断りすぎる。もし知り合いに見られたら泣くぞ。
四歩目の代わりに、一足飛びで、俺は男どもに襲いかかったのである。
拳や蹴りを、適当に命中させる。
骨が易々と砕ける感触が伝わってくる。
こいつらは武器だけでなく防具も特別製だったようだが、俺のパワーの前では紙切れ──とまではいかないが、段ボールくらいの耐久性しかなかった。
俺の速度に反応すらままならず、次々と悲鳴をあげながら戦闘不能にされていく。
しかし、そんな中でも、この連中は絶望に負けることなく、俺に弾を撃ち込んできた。
何発かは当たり、また服の破れた部分が増えた。
「ああクソッ」
下はまだいいがシャツはもう駄目だ。捨てるしかない。
弾丸はさっきのと比べて威力は大したことなかった。服こそ破れたが、一発も俺の皮膚を貫けずに弾かれ、地面に転がった。
武装集団全員の骨をへし折ってダウンさせてから、身を屈めて、いくつも転がっている弾丸の一つをつまむ。
「なんだこの、ドロリとしたの」
弾丸からは緑色らしき液体が漏れていた。
「毒か? それとも麻酔薬?」
わからん。全然わからん。
「ま、別にどっちでもいいか、こんなもの」
中身の漏れた弾丸を捨て、立ち上がる。
「あれ?」
女が──あのキツめの美人さんがいない。
逃げたのか?
キョロキョロと辺りを見るが姿はない。
それならソナーだ。
足元から伝わる震動などから、どこに消えたのか探る。まだそんな遠くには行ってないはずだ。
すると。
ガコンッ
停車していたトラックの後部、『水銀堂』という会社名が書かれたコンテナの扉が、ひとりでに開いていく。
いや、あの女がどこかから操作しているのかもしれない。
どこだ?
ソナーによる探知は……トラックの陰に一人いるのが引っ掛かった。そこにいたのか。
「……やってくれたわね」
隠れていた女が、姿を現してそう言った。
同時に、コンテナの開かれた扉から、大きな影が、のそりと出てきた。
「切り札が起動したから、もう隠れなくてもいい……ってことかな?」
「察しがいいわね。その通りよ」
女が笑う。
残忍さを剥き出しにした、醜い笑顔だった。こうなったら美人も台無しだな。
「身体の丈夫さに自信があるようだけど……アレを相手にしても、その薄っぺらい自信が保てるかしらねぇ? 試してごらんなさいな」
女が、楽しげに指を差す。
その先にいるものは──
三メートルを超える身長の、口が胴体まで避けた、四つ目の鬼──としか言い様のない怪物だった。
「大地を食いつくすとされるオセロット──そのクローンを相手にどこまで食い下がれるか、ちゃんと見ていてあげるわ。せいぜい健闘することね。あはは、あははははっ!」
女が、高らかに笑う。
自分の勝ちは決まったとばかりに。
オセロットとかいう怪物のクローンは、コンテナから出てきてしばらく動かずにいたのだが……その笑い声に触発されたのか、頭を俺のほうに向けた。
二対の目から、猛烈な敵意と殺意の矢印が届いてくる。
俺を敵だと認識したらしい。
そのくらいの知能はあるんだな。
そして怪物は、四つの瞳をぎらぎらと青く輝かせ、その太い足で地面を乱暴に打ち鳴らしながら俺めがけて突撃してきたのである。




