19・どうせ殺り合うなら楽しく殺ろう
主人公が不在の状況が続く中、それでも物語の流れは止まることはない。
タイトル詐欺になりつつあるのだが、今はナユタを中心にしたこの群像劇を楽しんでいただきたい所存である。早い話が主人公の出番はまだ先だということだ。天外優人ファンの方々にはまことに申し訳なく思う。
謝罪なのか開き直りなのかサッパリわからない前置きはそのくらいにして、
本編に戻ろう。
「ひひ、残念だったな。こんな適当なやり方じゃ俺には通じないぜ」
日焼けした少年、遠廻大悟が、斜め上を見上げた。
視界の先にいるのは眼鏡の少年、風切北斗だ。
渦中の人物である麗しき少年、綾辻那裕太は相も変わらず落ち着いている。
三人が三人とも尋常ではない少年達だ。
「言いがかりは止めてほしいね」
北斗が反論した。
「通じないも何も、わざとじゃなくて、たまたまそっちにも降っただけさ。僕はそこの彼しか狙ってない。巻き添えになっても知らないよと事前に言ったはずだけど?」
嘘である。
北斗はわざとまとめて糸を放ったのだ。
放ったところで、どうせ通じないのはわかっている。
ただ、自分の今の攻撃に乗じてこの二人が潰し合って多少なりともダメージを受けたらいいなと、それくらいの気持ちだった。その気持ちの中には性根も能力もひん曲がっている遠廻大悟へのムカつきも少しはある。
結果、大悟のほうに放った糸の何本かはやはり、自分や、この美少年へと逸らされた。
それは決して偶然ではないだろう。
意図的に逸らしたのだ。
自分程ではないにしても、そのくらいやれるだけの技量は、こいつにもある。
それについては皮肉なことに確信があった。
この男にかなりの技量があるからこそ、このような一種の腐れ縁じみた関係になっているのだ。でなければさっさと首を刎ね飛ばしてケリをつけている。歯痒い話だ。
「何が巻き添えだ。お前の糸がそんな雑なもんかよ。んな浅い腕前の奴だったら、とっくに俺が殺してるっつーの」
大悟が言った。
呆れと、奇妙な信頼のある文句だった。
強い自分が殺しきれないのだから弱いはずがない。
そんな似たような思考を、二人は互いに抱いていた。
「知り合い、なんだ、キミ達」
ナユタは興味を持ったらしい。
どちらか一方というよりは、両方にさらりと尋ねた。
三人とも初対面かと思ったら自分以外の二人はまさかの顔見知り同士だった──となれば、やはり聞きたくもなるのが当然の心理だろう。
和やかさの欠片もない殺伐とした三つ巴になりかけている状況で聞くことではない、という点を除けば。
しかしナユタはそのようなことを考慮する人間ではない。
だから平然と二人に聞いた。
「まーな。何度か殺し合いしてる仲だ。お互い決定打が出なくてよ、今じゃこんな感じで口喧嘩がメインになってる有様なのさ。おわかり?」
「ふーん」
「僕が本気で殺しにかからないから停滞してるだけだよ」
「言うねぇ~」
「僕が本腰を入れて真剣にやれば、とっくにカタはついてる。お前の死という結末でね」
「そりゃ俺様のセリフだぜ。お前なんぞひねり潰したところで一円にもならないから見逃してやってんだよ。感謝してほしいもんだ」
「口だけは達者なことだ」
「逃げ足が達者な奴に言われてもなぁ。ひひひっ」
どうやらこの二人は、これまで何度も異能やお喋りで激突してるのだろうと、ナユタは理解した。
「だいたい、わかった。それでキミは、いつまでそこから、糸を、降らせるの……? 同じ、ことの、繰り返しは、飽き飽きなんだけど」
そろそろ決着をつけたいと、暗に言っているのは明らかだった。
ナユタからしてみれば、降りかかる火の粉を払うのは退屈しのぎに丁度いいが、それが変化の無いローテーションになるのはお断りなのだ。
どうせ殺し合うなら楽しく殺り合いたい。
ナユタの思考は、虚無的なものから享楽的な方向に、舵を切りつつあった。
「……いいだろう。そこまで言われたら僕もその気になろうじゃないか。元々挑んだのは僕のほうだしね」
と言うと、北斗の身体が、引き寄せられるように右側のビルの屋上へと移動していく。
「先に行ってるよ。罠は張らないから、安心して追ってくるといい」
屋上にある落下防止の手すりを乗り越えた辺りで、北斗の姿は見えなくなった。
「行ったね」
「行ったな」
北斗が消えたのを見届けてから、ナユタと大悟が顔を見合わせ、呟いた。
いつの間にか大悟は、ナユタと三メートルほどの距離にまで近づいていた。
別に、何かの術を使ったわけではない。
普通に歩いて寄ってきただけだ。
いかに強力な異能持ちとはいえ、死の力を扱う者にここまで接近するその根性には、驚かざるを得ない。
一方、ナユタのほうも、特に警戒していなかった。
攻めっ気が北斗から微塵も感じられないのもあるが、ナユタは元々、警戒心が薄い子なのである。
「……無視して帰ったら、怒る、だろうか」
「ぷっ」
大悟が軽く吹き出した。
そんな冗談めいたことを言うようには見えなかったので、不意を突かれたのだ。
パーカーのフードをかぶっていて、しかも少しずつ日の光が薄まる、夕方の路地裏。
はっきりと見えなくなってきているのにもかかわらず、ジョークの類いが一切似合わぬ天上の美貌が、フードの下からのぞかせていた。
「ふ、ふふっ、そうだな。まあ、怒るだろ。コケにされたって思うわな。あいつ、無駄にプライド高くて、そのうえ堪忍袋の緒が切れやすいタチだからよ」
北斗がそうだったように、大悟もまた、ナユタの美しさに見とれはするが、しかし心は動じていない。
美の魔力を跳ねのけているのが北斗の場合は冷淡さだとするなら、大悟の場合は粗野な精神なのだろう。ちなみに出番が失われたままの主人公の場合は食欲である。読者諸君はわかっていると思うがこれはスケベ心の比喩ではない。ガチだ。
「冷静そうなのに」
「人は見かけによらないってことだ」
「そう。ところでキミは、私と、戦わないの? 今、絶好の機会だと、思う、けど?」
「俺?」
「そう、俺」
大悟を指差す。
指というか、袖で差していた。
「ん~、そのつもりだったんだが……あの馬鹿が先客なんだから、俺が横入りするのもな。本音言うと、二人がかりでおたくに挑むつもりなんか無かったしよ。ただあいつをからかいたかっただけでさ」
変なところで筋を通す少年である。
「あいつとやり合って弱ったおたくに漁夫の利すんのも性分じゃねえ。やるなら万全なタイマンだ。今日は見物だけにしとくよ」
「真面目さん」
「やめてくれよ。んなこと言われたら背中がゾワゾワするぜ…………ん?」
二人がいる路地裏の、入口付近に複数の人影が現れた。
全員が同じ武装をしており、何か、銃のようなものを構えている。
直後。
「撃て」だの「発射」だのという号令や、動作による合図すらなく、
ナユタと大悟に、特殊薬液の込められた弾丸の一斉掃射が叩きつけられた。




