13・ホームレスは家畜だった
「さて、どうしたらいいものか」
住宅地と繁華街、その中間のエリア。
俺に任せろと啖呵を切ったはいいが、ここから先どうするかの計画は、なにも無い。いきなりだからね。
まさかお忍びデートの最中に怪しいホームレスに狙われるとは。
やっと女運が好転したかと思ったら即おかしな横槍が入るとかもう笑えないよ。どうなってんだ俺の巡り合わせ。
「こんな昼間っからやり合ってられないし……どこかいい場所なかったかな」
ただの殴り合いなら警察呼ばれるくらいで済むが、あのホームレスが人間じゃなかったら大騒ぎだ。
もしホームレスが正体現して化け物になったりでもしたら、目撃した野次馬がパニックになって大変なことになる。
警察では手に負えないと、猟友会や、さらには機動隊まで来るかもしれない。
だから場所を変えなきゃならん。
記憶の中にある地元マップを引っ張り出して『人の目がない場所』で検索する。
(そこそこ広くて……ここからあまり離れてなく……周りからも見られにくい……)
俺が候補地をピックアップしている間も、あちらさんはナユタを見ている。
目を離さない。
棒立ちで、置き物のように動かずに。
「じっと、見てるね」
「ああ」
「何が目当て、なのかな」
「わからない。因縁つけたくて睨んでるだけの馬鹿なら、足腰立たなくなるまで叩きのめせばいいだけなんだが、あれは普通じゃないよな……」
「私の、身体が目当て、かも、しれない。誰かさんみたいに」
人聞きの悪いことをナユタが言う。
「からかうな。俺はそんなつもりないぞ」
頭ではなくちんちんで物事を考えるような、女と見るや自制の利かなくなる色ボケ野郎じゃないからな。興味はあるっちゃあるが積極的に手を出したりはしない。
それは女食いの軟派としてではなく、人食いの化け物としてでも同様だ。
腹が減ったから手当たり次第に人間いただきますなんて真似はNG。食ってもあまり怒られない時しか食わないことにしている。
どんな時かというと具体的に言うと正当防衛の時だ。こないだの神降臨事件みたいにな。
安愚羅会の離反メンバーを何人も喰らったことについて根ノ宮さんから小言のひとつふたつ言われるのを覚悟していたが、特になかった。
知らない──なんてことはない。
食いカスをあちこちに残していたからな。俺の仕業だというのはバレてるはずだ。他にやりそうな奴もいないし。
で、わかっているが、その上で大目に見てくれたに違いない。
非合法な仕事ばかりやるゴロツキ霊能者が化け物の餌食になろうと、それもまた自業自得の末路だと割り切ったのだろう。「あの子も人さえ食べなきゃねぇ……」とか根ノ宮さんに裏でボヤかれてそうだな。
……思考がそれた。
戻そう。
見られにくくて人も来ない場所…………なら、あそこだ。
この辺なら、やはりあそこしかない。
「行くぞ」
「行くぞって、どこに?」
「ついてきたらわかる」
「ふぅん……」
さっきまでとは違い、今度は俺が先導してナユタの前を歩き始める。
ここからなら、十分くらいで着くだろう。
「ついてきてるか?」
歩きながら、振り返らずに聞く。
「きてる。私も、あの、不潔そうなおじさんも」
「気をつけたほうがいいよ。いきなり走り出して距離を詰めてくるかもしれない。目的も、何をしでかすかも、わからないからね」
「それは大丈夫。そうなっても、どうにか、する」
その言葉には、強がりではなく自信が感じられた。どんな手段があるのかは不明だが、自分の身を守るくらいはできるようだ。
「気を抜かないようにね」
「承知した」
俺達は歩き続けた。
「ここが、目的地?」
「そうだよ」
到着したのは、使われてない空き地だった。
俺が小学生の頃からこんな感じで何もなく、三方を壁に囲まれている。
壁際には、どこの誰が置いたのかわからない土管や資材らしきもの、積まれた古タイヤなどが放置されていた。壁の真下辺りからは、アスファルトに負けることなく、隙間をこじ開け雑草が生えている。
周りのビルや倉庫もまた使われなくなって久しいのか、所々、窓が割れたりヒビが入ったりしたままだ。
不景気の煽りをもろにくらった区域。
それがここである。
人は誰もいない。大人はもちろんいないし、子供もだ。昔は俺もちょくちょくここで遊んだものだが、今の子供らには物足りないのだろう。
好都合だ。
ここに来て、俺はとうとう振り返る。
すぐ前にナユタがいる。
ホームレスらしき男は、俺達から十メートルほどの距離にいた。
やはり俺ではなく、ナユタのほうを見ている。
「用件は?」
まともな返事がくるかどうかわからないが、ダメ元で一応聞いてみた。ないとは思うが話し合いで済むならそれでいい。
「……う、うお」
「魚?」
わけわからんこと言い出したな。
このスーパー美少女のどこにお魚さん要素があるってんだよ。てめーの目にはこの子がヒラメやイワシに見えてんのか?
やっぱ頭おかしいだけなのかと、そう思っていると、
「うおっ、おっ、おおおおお」
ホームレスの声が、低く呻くようなものから、不規則なリズムを奏でる唸り声へと変わり、
「おおおおおおおおお……!!」
声が力強くなるのと比例するように、その体格が肥大していく。セーターやコートがその肥大に耐えきれなくなり、ビリビリに引き裂かれる。
背中あたりから、二本の腕のようなものが生えてきた。
みるみるうちに膨れ上がっていくその上半身が、真っ青なものに変色していく。下半身は特に変化はない。
「ぶっ、ぶひひひんっ、ぶもおおおお…………」
「……なに、これ」
流石の謎めいた美少女も、これには度肝を抜かれたらしい。俺もちょっぴり驚いた。
身長二メートルを超える青い怪物。
頭部から胸にかけて、牛や馬の頭がいくつも生えている。規則性やバランスなどなく、適当にくっつけた粘土細工のようなグロテスクさだ。
背中に生えてきた一対の腕はかなり長く、元々あった腕のほうも、同じくらいの長さにまで伸びている。
背中の腕の先にあるのは、ひらがなの『ひ』の字みたいな形状をした金具──刺股で、背中の腕の先にあるのは、トゲトゲのたくさんついた棍棒だった。
どの腕の先も、手の代わりにそれらが直接生えている。
いつ見ても、殺意と気持ち悪さに全振りしたデザインだ。
そう。
そうなのだ。
「……あれ?」
初見では、ない。
俺はこの悪質なデザインに、既視感を感じていた。
(似たようなの見たよな。病院で)
そうだ。
俺が神様の入れ物として復活したあのときだ。
何もわからず困っていた俺に忠実だった肉塊お化けことヨシモトさんに色こそ違えど、そのデザインコンセプトが似ているのだ。
先っぽが武器の四本腕、据え置きそのままの下半身、雑にいくつも同じものが生えてる頭部周り……。
この牛馬お化けと化したホームレスは、あのヨシモトさんの同類──いや、上位版に思えて仕方ない。雰囲気がそう告げている。
「よこせ。その者よこせ、わしによこせ。早うよこせ」
「やれるか馬鹿。お前なんかにゃもったいない美人さんだよ」
言ってはみたが、聞く耳はもう無いらしい。いや、最初から会話は成り立ってなかったのかもしれない。
「よこせ、よこせ、よこせ」
一歩、
また一歩と、
「よこせよこせよこせよこせよこせよよよよよよよよよよこせ」
牛馬お化けが近づいてくる。
「説得は無理か。ナユタ、後ろに下がってろ。俺がやる」
「あんなのを? 一人で?」
「任せとけ」
とは言ったが……予想外のことになった。
こいつは、俺が知ってる怪物と同系統くさい。
ならば、またしても、どこかでろくでもない事が起きているのか。災いの種が芽生えているのか。それを知るためにも、こいつを、できれば生きたまま捕まえたいところだ。
捕まえた後は根ノ宮さんやちーちゃんさんにパスすれば全て済む。
よし。
そうと決まれば、死なない程度にこいつをメチャメチャにしよう。
「いっちょ、やってみるか。ほら、こいや家畜野郎。人間様の強さを痛いほど教えてやるよ」




