12・ラッキースケベの代価
「……そういう下心が、あったとは。無害そうな、見た目の、わりに、肉食系なんだ」
「肉食系なのは否定しないけどさ、下心は別になかったぞ。パンツ見たのも不可抗力だ」
不可抗力。
こんな言葉をスケベ関連で使うことになるとはな。ラッキースケベばかり起きるラブコメの主人公かよ俺は。
「フフ、どうだか」
少女が、とてもまだ中学生くらいには思えない、魅惑的過ぎる笑みを見せる。
エロい。
なんかとてもエロい。
淫靡という言葉は、きっとこの笑みを現すために作られたのだろう。
決してそんな訳ないのだが、しかしそんな風に思わせられそうになるほど、えげつないほどにいやらしい。
男女を問わず、こう、心の奥底にある野獣めいた感情を焚きつける──魔性の炎のような笑み。
性とかに淡白な部類の俺ですら、くらっとよろめいてしまいそうな、誘いの笑み。
しかもそれを、桁外れの美貌でやりやがるのだ。
こんなのまともに見たら、いつお迎えがきてもおかしくない死にかけの老人でも臨戦態勢になるんじゃないだろうか。なったらなったで心臓に負担かかりすぎてお陀仏になりそうだけどさ。
今でこれなら大人になったらどうなるのか。
末恐ろしい少女である。
「そうだ」
ナユタが、手と手をパンと叩いて合わせた。
いや、実際には萌え袖同士をくっつけただけなのでパンという乾いた音もしなかったのだが、とにかく仕草そのものは同じだ。
何か閃いた時にありがちな仕草。
「ユートさん、何か、おごって」
「なんでまた」
「代価」
「代価?」
「そう。私の、お尻を只で見た、その代価」
おいおい。
ソフトな援交みたいなこといきなり言い出したな。
この子、俺を相手にして、男を手玉に取る練習でもやる気か?
「いいけどさ、バカ高いものとか御免だぞ」
まだ退魔仕事のギャラが振り込まれてないからな。
「心配無用。そのくらいは、私も、わかってる」
すたすたとナユタが歩いていく。
どこに向かっているのかわからないが、そう無茶な要求もしてこないだろ。
下はパンツしか穿いてない子に常識とか遠慮とかあるのか怪しいが……この場は信じてみよう。
俺は先を行く美少女の後をついていくことにした。
「ちょっと聞いていいか」
数歩先のナユタに声をかける。
後ろ姿も可愛らしい。
本当の美少女というのはどの方向から見ても美少女なんだな。
「答えてもいい、範囲、なら」
「そうか。なら聞くけどさ。確信はないんだが……なんか、世間に注目されない術みたいなの、もしかして使ってる?」
ナユタの足が止まった。
「どうして、そう、思うのかな?」
そう言うと、ナユタはまた歩く。
俺もまた、ナユタの後ろを付いていった。
「ほら、さっきマンホールの上で踊ってたときも、今もずっと、行き交う人が誰もキミに目を奪われてない」
「まあ、確かに」
「昨日の夜だって、おかしなことを言ってたろ。自分のことが見えてるのかって」
「覚えて、いたんだ」
「なんか頭に引っかかっててね。それで、どうなのかな? 正解?」
「…………隠すことも、ないか。あなたも、似たり寄ったりなんだろうし」
「………………」
「………………」
沈黙が生まれた。
その沈黙が、俺の答えであり、ナユタからの返答に等しいものに思えた。たぶんナユタも同じ思いだろう。
俺もナユタも、お喋りをやめて、ただ歩いている。
「だとしたら、どうする?」
黙ってから一分ほど歩き続けただろうか。
ふいに、ナユタが言った。
「どうもしない。聞いてみただけだよ。ただの好奇心さ。一度気になるとモヤモヤがしこりになって残るからね。だから聞いた。それだけだよ」
「ユートさんは、悪者? それとも正義の味方?」
「さあね。どっちでもないとは思うけど、立場は微妙かな。警戒はされてる。困ったもんだよ」
全く、人を喰うのがそんなに悪いことなのかね。
正義感や信仰に染まってる奴らは融通が利かなくて困るぜ。
人は誰でも死んだらそこで終わりなんだから、終わってしまったものをムシャムシャしたって別にいいだろうに。墓の下に納まるのも俺の腹に収まるのも大差ないだろ。頭が固いよなぁ。
「はぐれ者なんだ」
「中立って言ってほしいね」
「じゃあ、あの人は?」
ナユタが立ち止まる。
俺も止まった。
ナユタが、ゆっくりと右側に顔を向けてから、俺もそちらに目線を向ける。
車道を挟んで反対側の歩道に、男がいた。
一人だ。
こちらを見ている。
それも、俺ではなく、ナユタのほうを。
つまりそれは、ナユタのことが見えていて、気にしていることに他ならない。
服装は、夏だというのにコート姿。その下に着ているのはセーターだろうか。
下半身はズボンに長靴。
顔はヒゲもじゃ。年齢はわからないが中年っぽい。ニット帽で隠しきれないボサボサの長髪をだらしなく伸ばしている。
身長はまあまあ高い。
体格は小太り。
全体的に小汚ない。臭いも酷そうだ。
だからなのか、すれ違う人や後ろから来る人は、誰しもが距離を置いている。
どこからどう見てもベテランの宿無しだ。
そんな行き詰まった大人が、先行き明るい絶世の美少女をじっと見ている。
なんだろうこの気分。
あのおっさんは別に悪いことしてないのに、罪に問われても仕方ない不快な行為をやってるように思えてきた。やはり人は見た目が十割なのか。
「知り合いか?」
「いや、知らない。見たことも、ない」
「だろうね。だけどさ、キミを見てるぞ。目を離さずがっつりと」
もうその時点で普通のホームレスじゃないんだよなぁ……。
「また、私が見える人が、現れた。不思議だね。ユートさんといい、あの人といい…………珍しい出会いってもしかして、連鎖、するのかな」
「もし襲いかかってきたら、俺がひねってやるから安心していいぞ」
力比べならそうそう負けないからな。
「それで、貸し借りなし……って、こと?」
「どうするかはキミに任せるよ。それにまだ、あちらの方と一戦交えると決まったわけじゃない」
とは言ったものの。
……まあ、どうせやるんだろうな……。




