10・私はナユタ
私は、他人を拒まない。
私は、他人を引き寄せる。
生まれついでの──家族の誰とも似つかない──飛び抜けた美貌と、人の心を解きほぐし安堵させる、麻酔のような雰囲気によって。
花から漂う、香り。
かぐわしい、蜜の香り。
それにつられる蝶のように、引き寄せられてくる、人。
にこやかに微笑みながら、
うっとりしながら、
羨ましがりながら、
友好的な顔で私に近づく人々は……その多くが、不幸なことになった。
ならなかった人や、ちょっとだけ損をしたくらいの人も、いる。
それは偶然なのか。はたまた、何かしらの理由が、あったのか……。
私にはわからない。
そのことへの興味も、罪悪感も、これといって──皆無。
私が物心ついたくらいから、私の家族は、体調がよろしくなかった。
私は、幼さに不釣り合いな知能で、推測した。
これは私のせいだ。
きっと、家族の身に起きている、これは、私の魅力と禍々しさが開花した時から、なのではないか、と。
家族にとって、幸いだったのは、それが……死に至るほどの不調では、なかったことだ。
血縁だったから、なのかもしれない。
しかし、ペットは違う。
飼っていた猫は早死にした。
それから、我が家では、生き物を飼っていない。
犬猫も、小鳥も、金魚も、昆虫も。
顔を合わせると、いつも私の頭を撫でていた、近所のおばさんがいた。
やはり、触りすぎたのだろう。
原因のわからぬ、筋肉や神経が衰える病で、片腕がまともに動かなくなった、そうだ。
それが、私を撫でていたほうの腕なのかは……言うまでも、ない。
通っていた、幼稚園。
私のもたらす、目に見えない災いにとっては、そこは……無防備で、無邪気な、獲物に溢れていたに、違いあるまい。
私に触れ合う者は、次々と、具合が悪くなっていった。
けれど、私を疑う者など、いない。
代わりに、食中毒や感染症を疑われた。
消毒などを徹底したが、無駄なこと。
結局。
その幼稚園は、私が、卒園するまで……不本意な、不吉な噂を払拭できなかった。
小学生になってからも、私に吸い寄せられる、人の波は、途切れない。
その波をむしばむ、見えざる呪いも。
私の、隣の席になった者は、例外もあったが、だいたいが、心身を劣化させていく。
四人が、病院から出られなくなったり、不登校になったりした。
当の本人達や、その家族知人には理不尽な悲劇だが、私には、ささいなこと。
面白味は、ない。
そんな頃。
興味深い者がいた。
隣のクラスの生徒で、私のそばに近づかない者が、一人いた。
女子だった。
何という名前だったかまでは、記憶に残って、いない。そもそも、覚えていたのかも怪しい。
その女子が、友人達と話をしながら、廊下で私とすれ違った、その時だ。
キヒヒという、あまり聞かない、独特な笑い声の女子。
彼女は、私のことを見るなり……。
……しかめっ面をした。
これには、驚いた。
顔には出さなかったが、心の機微というものが、著しく、鈍っている私が、驚かされた。
後にも、先にも、初対面の人間にあんな顔をされたのは、あの、一度きりである。
それから。
その女子生徒は、私を、あきらかに避けるようになった。
こちらのクラスには、絶対に来ない。
たまに、廊下で会うことがあると、私に対して、薄気味悪いものを見る目を、した。新鮮な視線だった。
全く姿を見せなくなったのは、確か、それから一ヶ月後くらいだったと、思う。
家庭に、大きな問題があったようだ。
あの子の両親は、不仲で、とうとう離婚したのだとか、浮気がバレたのだとか、そんな不確かな話をクラスの女子が、噂して、いた。
それが原因なのか、
私を恐れるあまりなのか、
彼女は、ある日を境に、学校に来なくなった。
あの子には、私がどう見えていたのか。
私に、何を観ていたのか。
何故、あの子だけ、わかったのか。
こんなことになるのなら、もう会うこともかなわないのなら、聞いておけば、よかった。
とても、悔やまれた。
しかし。
そのような後悔も、いつしか、薄れ、
周りの悲劇も、そよ風のように、私の心から消え去り、
変わることなく、私は、静かに咲き続けた。
しかし、他人の目と関心が、常に私へ向いていることに、いささか、わずらわしくもなってきた。
気に留めるのを、少しはやめてほしいものだと。
注目を、そらせないものかと。
そう、思っていた。
私の、初めての、悩みと呼べるもの。
その悩みへの解決は……意外に早く、私の下に訪れた。
朝、目を覚ます。
仕度をととのえ、学校へ行く。
今日くらいは、穏やかな一日にならないものかと、そう、思っていると。
誰にも、声を、かけられることなく、教室まで着いた。
いや、声をかけられたりもしたのだが……その後、何事もないように、その人達は、私から離れたのだ。いつもの事だから、気にすることなど、ないとばかりに。
これには、困惑した。
しかし、慣れるにつれ、私は様々なことを、理解できるように、なった。
空気のように、自らの存在を、他者に、意識させない。
そんな魔法めいた事が、己の意思で、できるようになった。
これが。
これこそが。
私が、異能とでも呼ぶべき、常識や物理をねじ曲げる力に、目覚めた、その始まりだった。
周りを、無差別に苦しめる呪いを、抑えることはどうにも無理だったが……まあ、これはもう、仕方がないもの、なのだろう。
別に、どうでもいい。
それから。
中学に入って、少し経った頃。
父の仕事の都合で、転校することになった。正確には、両親に付いていって転校するか、残って祖父母と暮らし転校しないか、という、選択。
私は、両親に付いていくことにした。
昔から知っている、地元の景色や環境に、飽きていたのも、ある。
が、やはり両親よりも、祖父母のほうを、私から引き離したほうがいいと、思ったからだ。
私にも、少しくらいの情は、あるのだ。
一学期の終業式。
その後に、クラスメートへお別れの挨拶をした。
夏休みを挟み、二学期からは、新たな学舎に登校することとなる。クラスメートも一新される。
引っ越しも滞りなく終わった。
あとは夏休みが終わるのを待つのみという、ある日の夜。
つい、気が向いて、外に出た。
中のほうが、クーラーが効いていて、圧倒的に涼しいのだが……何故か、出たくなった。
「ちょっと、外の風を、浴びてくる」
「そう。気をつけなさい」
母は止めなかった。
まだ、中学生である私が、こんな夜中に外出するのを、心配もしない。
男女の、ドロドロとした恋物語を流している、テレビから、目を離さない。
私の力に、よるものだ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい、那裕太」




