7・ノート・チートモンスター
高速道路に巣くう悪夢は終わった。
俺と天原さんのカップルもといタッグによる害虫駆除デートで終わらせたのだ。
バリケードをどかしてまで侵入した暴走族は、『害崇斗』という喧嘩上等のグループで、地滑りで作業員が亡くなった(ことになってる)現場へ暇つぶしの肝試しに来たらしい。
まあ、死ぬほど肝は冷えただろう。
七星機関の手際はやはり早かった。
現場に残された車両の残骸は数日かけて処理された。
暴走族の遺体はほとんど平らげられていたので、そのまま行方不明扱いにされたという。
周囲に迷惑かけるしか能のないろくでなしばかりだったようで、保護者からの捜索願いもほとんど出されていないとのこと。
むしろ厄介払いできたと胸を撫で下ろしてるのかもしれない。
哀れだが自業自得ってやつだな。
では。
生き残りはどうなったのか、だが。
なんと、ちーちゃんの発明品である記憶操作マシーンで、今回の件についての記憶を改竄されることとなった。なんちゅうもん作ってやがるんだあの姉ちゃん。人権侵害装置過ぎる。
霊的な力や、何らかの異能の持ち主には効きにくいそうだが、あの暴走族連中にそんな力があるはずもない。
簡単に上書きできたってさ。
鋼の蟲どもの正体。
それは、大百足とその眷属だと、天原さんから聞かされた。
大百足。
恐るべき凶悪な妖怪。
現在、中越道が通っている地域の一部。そこをかつて縄張りにしていた一匹が、放棄されたスクラップ置き場のトラックを媒介に復活したそうだ。
なんと、山中に大百足の霊を封じていたとみられる社があって、あの地震でそれが潰れてしまったらしい。
全てただの偶然なのか。
もしくは何者かの仕業か。
詳しい調査はこれから進めるらしいが、まずは霊的に汚れた土地を鎮める儀式が先なのだとか。
地鎮とか調査とかやること多くて大変だな。
俺としては、因縁のある乗り物に人間だった頃のリベンジできたから、申し分なしだが。
「江戸の敵を長崎で討つって言葉知ってるかい?」と天原さんに聞かれたが何の事やらさっぱりですと返しておいた。
これでもう何事もなければ、中越道の復旧作業も再開するらしい。
しかし、ないとは思われるが、また類似した事件が起きない……とも限らない。
転ばぬ先の杖は必要だろう。
よって、機関に属する退魔師(つまり俺や間狩達だ)が日替わりで、夜間護衛として現場にいることになったのだ。一応の保険としてね。
俺も一回やった。
ただプレハブの中で控えていればいいだけなんで、かなり割のいい仕事だったよ。
やることないからスマホいじったり宿題持ち込んで消化してた。
あー、こんな仕事ばかりあればいいのに。何もしなくても、ただそこにいるだけで金が入るとか最高じゃん。
やりがい?
知るかそんなもん。
楽して稼げるならそれでいいだろ。
ただでさえ殺伐とした業界にいるんだからな。わざわざ余計な苦労したくねーよ。
それと夜間護衛の仕事だが、部外者であるはずのあのシスター二人組もちょくちょくやってるそうだ。
そんなにバチカンから賃金も出てないらしいので、喜んで引き受けているという。渋いなぁカトリックの総本山。
住居は隣町にある教会に住み込んでるから問題ないみたいだ。
普段は雑用してるらしい。
まあ、俺が何かやらかさない限り、ずっと無駄飯食らいだからねあいつら。任務とはいえ肩身が狭いのかもな。
ちなみに教会があるその隣町ってのは、グロリア先輩の家があるところだったりする。
仕事は二人のほうからこちらに頼み込んだのではなく、根ノ宮さんが回してあげたんだとさ。
あいつらが変な気起こしてまた俺にちょっかいかけないよう、利益で懐柔する気なのかもしれん。
ささやかな不安は、まだ残っているものの。
今回の事件はだいたい決着をみたと言っていい。ほぼ解決だ。
事件そのものとは関連のない、ある一点を除いて。
「そうじゃない。そこの式は──」
細い指が、間違いを指摘する。
「ああ、なるほど。こうか」
俺の指が消しゴムで間違いを消去する。
「そうだ。もうわかっただろう? あとは難しくもなんともないぞ」
「うんうん、そうかこうなるのか」
厳しめだが、分かりやすい指導。
俺は、間狩の家で残りの宿題を手伝ってもらっていた。
宿題。
これが最後に残っていた一点である。
家といっても、こないだ連行された奈良の実家ではない。間狩が一人暮らししているマンションの一室だ。
そこに俺達が行って、こうしてアドバイスを受けているのだ。
安易に助け船を出すのではなく、助かる方法を適切に教えてくれるそのやり方はそこらの教師顔負けである。
「将来は塾の講師になれそうだな」
「茶化すな」
「別に茶化したわけじゃないんだけどな。ものを教えるのが絶妙に上手いって、褒めてんだよ」
「……そ、そうか」
やはり根が純粋なのだろうか。
間狩は俺に持ち上げられ、ちょっと自慢そうな顔をして喜んでいる。
高速道路の夜勤も終わって数日後。
暇にまかせて街中をぶらぶらしていた俺は、たまたまショッピングの最中だった間狩に遭遇した。
最近の間狩は、母親のこともあって、まあまあ態度を軟化させてきている。ジュース飲みながら世間話をするくらいには。
それでも俺が化け物らしく振る舞えば、すぐにでも霊刀構えて断罪モードになると思うけどね。
そばでふよふよ浮いてる白黒二匹の式神。
こいつらは、あまり変わらない。
いまだ俺への警戒心は強めのままだ。
牙を剥いたり威嚇したりまではしてないが、気は許さないぞという意思を感じる。
で、世間話の中で、宿題などとっくの昔に全て終えたという間狩に「俺はまだ面倒なのだけ残ってる」と言うと、
「……そうか。なら私がサポートしてやろう。遠慮するな」
ということになったのだ。
それで俺達は間狩のサポートの下、順調に宿題を減らして──
「あぁ~~、まだこんなにありやがる」
前言撤回。
順調に宿題を減らしていたのは俺だけで、玉鎮のほうはそうでもなかった。
デパートの休憩スペースで、俺と間狩が宿題の話をしていたとき。
偶然そのタイミングで通りがかったのが、玉鎮だった。
まだいっぱい宿題残っているんだよなとボヤく玉鎮に、ならお前もついでに来いと間狩が誘い、こうして男一女二のめくるめく勉強会が開催されたのであります。
学校のアイドルである三姫。
そのうち二姫と、一緒に同じ部屋にいる。
この贅沢な状況をもし学校内のファンに知られたら、裁判をすっ飛ばしてすぐ火刑になりそうだ。
なんて冗談を頭によぎらせつつ、俺は、敏腕教師である間狩の指導を受けながらノルマを減らしていく。
高速道路ではなく安いノートの上で、二輪ではなくシャーペンを黙々と走らせる。
そして、手付かずだった残りの宿題の量に頭を抱える玉鎮を見て『やるべきことはやっとかないとこうなるんだな……』と、反面教師にするのだった。




