7・華々しい幕切れ
刀持ちなうえに剣術の心得がある者と、素手でやり合う。
死の罰ゲームかな?
対処の仕方をどんなプロ格闘家や武道の先生に聞いても「逃げろ」としかアドバイスされないだろう。
それくらい無謀なハンデ戦のはずだ。
剣道三倍段だっけ。素手の側が三倍強くてようやく剣の側と渡り合えるとかそんなの。
受け売り知識だけど、あながち間違ってないと思うね。
それくらいでなきゃ武器のアドバンテージが低すぎる。
他にも漫画で見た話だと、人間が猫と本気で殺し合うなら日本刀持って互角らしいってのもあったな。
つまり猫は人間の三倍強いのか?
それとも人間が猫の三分の一の力しかないのか?
──つまらない連想はさておき、これから俺は死の罰ゲームを受ける立場、もしくは猫の立場にならなければならない。
生き残るには間狩の三倍は強くないといけないのだが、俺の力ってそんなにあるのかね。
まあ直にわかるんだが。
これから実際に試すからね。
「ふざけているのか? 何だその不恰好な構えは。言っておくが、素人を装って油断させるつもりなら無駄だぞ。この子たちを無手で打ち倒した者が構え一つ満足に取れないはずがないからな」
悪かったな。取れないんだよ。
俺がどんな慣れない姿勢を取っているかというと、こんな具合だ。
多少前傾になり、左腕を前に出して、右腕を後ろに引く。
左手は軽く開き、右手は軽く握る。
理想としては左で捌いて右で仕留めるという形になる。どうやって捌くのかについては聞かないでくれ。
利き腕をやられたらまずいから、違うほうの腕を肉盾にする悲惨なやり方に思えるだろうが、実はあることを企んでいる。
左で泣く泣く防ごうとすると見せかけ、さっきの詳細不明砲をお見舞いしてやるのだ。
間狩は、俺がどうやって二匹を倒したか見てはいないはず。つまり、この技だか術だかよくわからん攻撃が当たる確率は、そんなに低くないのではないか。
初見殺しなこの不意打ちで、どれだけ弱らせられるかが勝敗の鍵となる。
踏んでる場数がはるかに上の相手に様子見なんかしていられない。
勝負が延びれば延びるほど経験の差でこちらが不利になるにきまってる。
初っ端で大ダメージ与えねば。
頼むから、俺を軽んじてくれ、間狩。
「ごほっ……お、お気をつけ、下され……」
「……そやつは、手から、不可視の一撃を……」
あっ。
余計なこと言いやがってクソ狼ども。
こんなことなら、さっさとトドメ刺しとけばよかったか……。
ああ、上手くいくかと期待していたのに、これでオジャンだ。殺し損ねた奴らのせいで初見殺しが殺されちまった。
「そうか。よく教えてくれた。その忠言、ありがたく受け取るぞ」
もう駄目だ。
警戒心マックスで俺の手見てるよ間狩。
いつブッパされても充分に対処できるような体勢を取ってるんだろうな。
「鬼斬の姫巫女、間狩氷雨──参る!」
バレた奥の手をどうやって生かしていこうか悩んでいると……うわ一気に来た!
見えない攻撃を警戒すると見せかけて、まさかの速攻だ!
「おおっと!」
後ろにスウェーして喉への一撃を回避する。
ヤバかった今の。
一撃目から首切り狙いって殺意高過ぎるぞ。
「……ほう、今のを易々と避けるか。身のこなしや間合いの取り方は素人同然だが、反応やスピードは恐ろしいものがあるな。あの子らが勝てなかったわけだ」
「荒っぽいことは苦手なんだよ。少しは加減してくれ。情けくらいかけてもいいと思うぞ? 人間はやめたみたいだけどさ、一応クラスメートだったろ?」
「軽口を叩きながらこの攻めを凌ぎきっている化け物に加減だと? バカも休み休み言うのだな!」
「そうは言うが、こっちもしんどいんだって!」
会話の最中も、間狩の猛攻は続いていた。
手数で押しきろうというのか、威力より速さ優先らしい絶え間ない攻めを、どうにかこうにか回避する。
縦横無尽に襲いかかる刃をかわしながら俺はふと思った。
これは正直、好都合かもしれんと。
既に間狩は病院にひしめいていたゾンビを平らげ、屋上で献血モンスターを退治し、こうして俺と一戦交えている。
どれだけ普段から鍛練していようと、本番に次ぐ本番で、体力も精神力も削れてるはずだ。
一方で俺は全く疲れていない。
それどころかこいつの刃をかわしている内に、心も動きも研ぎ澄まされてきている。気がする。
攻撃の合間を縫って、見えない砲撃を撃つ素振りをするくらいの余裕さえ出てきた(本当に撃てるほどの隙はないが)
スタミナ切れ待ちといくか。
格上相手に持久戦はまずいとさっきまで思ってたが、単純な速さや反射神経はこちらが上みたいだし、よけ続けるだけなら問題ないだろう。
向こうは俺がまだ隠し球を持ってるかもと疑ってるのか、慎重な姿勢を崩さないのがさらに状況を後押ししてくれている。
俺の動きを読み切られようとも、その頃には、残り体力の差は決定的になってるに違いない。
それからも一方的な攻防が続いた。
あっち、攻め攻めとにかく攻め。こっち、避け避けひたすら避け。
──が、しかし、いつまでも続くわけもなく。
何事にも終わりがあるもので、それは間狩も例外ではなかった。
静かで涼しげだった息は熱く荒くなり、氷像のような容姿は連戦の疲労によって溶け始め、汗のしずくが額や頬を伝っている。
誰の目から見ても、この女の体力が残り少ないのは明白だ。
決闘の舞台は玄関ロビーから院内中央の吹き抜けの庭に移っている。
あえて逃げそうなふりをして、そちらに移動したのを間狩が追ってきた形だ。
こうやっておけば、間狩は「俺を逃がさない」ことにも意識を割かねばならなくなる。
事実、間狩は俺を吹き抜けから別のエリアに行かせないようにと、通路から引き離すような攻め方をやり出した。
そうした知恵や小細工も功を奏し、鋭すぎる太刀筋も鋭さや速さが衰え、調子に乗らなければ避けるのもそう危うげなくなっていたが、二回ほど調子に乗ってヤバかった。反省。
「そろそろガス欠か?」
「黙れ、まだまだこのくらいで止まる私ではない。ここからが本番だ……!」
「余力はまだ残ってるんだろうけど、このジリ貧な状況を覆すのは無理だろ。もうやめとけって。今ならそこの駄犬ともども見逃してやるからさ」
「誰が、人食いの悪鬼の情けなど……」
「容赦ないお前さんと違って俺は優しいんだよ。泣いて喜んでほしいね。ほら、ごめんなさいしろよ」
「……舐めるなぁ!!」
氷姫が、吹き抜けの空気をビリビリと震えさせるほど吠えた。
普段のクールさをどっかにかなぐり捨てて怒りを露にしている。
持ち主の怒りに共鳴したのか、間狩の持つ日本刀が丸ごと青白い炎っぽいものに包まれ、それはやがて間狩自身にも燃え移っていく。
(よしよし)
俺は内心でほくそ笑んだ。
短いやり取りではあったが、屋上での会話で、この女は意外と激情家だなと勘づいていた。
だからこうやって、プライドを逆撫でして揺さぶることで、キレさせて虎の子を出させようとしたのだ。
このまま弱らせていくと、途中で変に開き直って冷静になりそうだったしな。
そうなるとヤバいタイミングで逆転の一手をぶつけてきそうな気がしたわけよ。
でもこれでその危険もなくなった。
雰囲気的にきっと最後の一踏ん張りだろうし、これを押さえれば俺に勝ちが転がり込むって寸法だ。
「せめてもの情けで、遺体はできるだけ綺麗なまま残してやろうと思っていたが……もはや許しはせん! 一握りの灰すら残さず地獄に落ちろ!」
刃部分の炎が一際激しく燃え上がる。
切った啖呵の内容からして本当に炎系のようだ。
「妖怪退治の専門家かと思ったが、どうやら火葬屋だったらしいな」
「黙れ! その減らず口もろとも燃え尽きろ!」
それまでの優雅さとはかけ離れた、両手持ちからの力任せな大上段振り下ろし。
それによって、三日月のような形の巨大な青白い炎が俺めがけて発射された。
「嘘っ」
予想より大きすぎて速すぎた。
上や左右に飛び退くのは間に合わない。前や後ろになら飛べるが意味が無さすぎる。
もっと距離をおけばよかったが、ンなもん後の祭りだ。
もはややれる事は一つしかない!
「だったらこちらもゴリ押しだ!」
両手を同時に突き出し、謎原理の大砲を撃ち出してやる。
両手持ちならぬ両手撃ちだ。
最低でも片手で出す時の倍くらいの威力にはなるだろ、と思いたい。
押し返せとまでは言わないが……相殺くらいはしてくれ!
「せぇいっ!」
出たのか出てないのか手応えのない何かを放つ。
両手でやっても、やはり不安になるくらい反動が何もない。
シュンッ……
一瞬、空気の抜けたような音が、本当にほんの一瞬だけ、聞こえたような気がした。
それは、俺の衝撃と間狩の炎がぶつかった時の衝突音だったのか。
そんな疑問に悩む間もなく、
カッ
俺と間狩のだいたい中間辺りで大爆発が起き、吹き抜け全域を飲み込んで──
爆発オチなんて最低!