2・鉄人もこちらの都合など考えず唐突にやって来る
天原みこと。
七星機関における三大派閥、そのうち自由派の中心人物。
『鉄人』と呼ばれるだけあって、その肉体強度とエネルギッシュさは凄まじいものがあるという。
あるというか……実際、その一端を見たからね。
俺が乗っていた車との距離を猛ダッシュで詰めていく、スーツ姿でサングラスの天原さんを。
あんな芸当、長距離走の金メダル選手に死ぬほどドーピングしまくっても無理だよ。早送りみたいな手足の動きだったもん。
性格は、おっぱいでかい男装の麗人といった見た目に相応しく、サバサバした気っ風の良さがある。
しっとりした根ノ宮さんやピリピリしてる八狩とはあまりウマが合わないご様子だ。
そんな彼女が、前触れもなくデートに誘ってくる。
だけど、俺とこの人との間に、色っぽい要素も甘酸っぱい要素もない。
経験豊富な先輩と将来有望な新人くらいの関係だ。
なのにデートに誘う。
考えるまでもなく、これは揉め事に巻き込むつもりの電話だ。
馬鹿でもわかる。
一人では手に余るから……いや、声の明るさからすると、断られてもそれはそれで別にいいやってくらいのものに思える。俺がいたら事態がスムーズに進むから来てほしいとか、それくらいの軽い気持ちなんじゃないかな。
まあ聞いてみればわかる。
そうしよう。
「──中越道って聞いたことないかな。ないわけはないと思うが、一応ね」
「そりゃね、一応は知ってますよ。ニュースでちょくちょくやってますから。俺の生活には関係ない話題なんで聞き流してましたけど」
「正式名称は、中部越境自動車道。関東と関西を繋ぐ大動脈のひとつだ。復旧のための工事が着手されたのが半年前になる」
「あれですよね、去年のあの地震でオシャカになった高速」
「ああ、その通りだよ。で、この復旧工事なんだが……現時点では作業が止まっていることも知っているね?」
「らしいですね。地盤が不安定になってるとか地滑りが起きて死人が出たとか……よくわからないけど、そんな感じのことをニュースで言ってたような……」
「表向きはそうなってる」
さらりと天原さんは言ってのけた。
(あー、そういうことね。はいはい)
これまでの会話や、自分たちの立場と能力。
それを踏まえると、この後の話の流れは容易に想像がつく。
「いらぬ邪魔が入ってね。言うまでもないが、人間の悪事ではないし野生動物の仕業でもない」
「つまり、俺達が出向くような案件」
「ああ」
「何人くらい死んでるんです?」
「夜間の作業員が十一名」
「あらら」
そんなに死んでるのかよ。
「通報を受け出動したレスキューや警察も消息を絶った。パトカーからの通話記録によると、最後の言葉は『車に喰われる』だったとか」
「……パニックに陥ってわけわからなくなったんじゃなくて、それ、きっとマジなんでしょうね」
「うむ」
「で、その事実を公開できないから、表向きは自然のせいにしたと」
「早朝から捜索が始まったが、残されていたのは大量の血痕とわずかな肉片のみ。それと、現場から山肌の斜面、そして山中へと続く大小いくつものタイヤ痕。ただならぬ事態に警視庁も動いた。現場は完全に立入禁止。犠牲者は全員、別の場所で急な地滑りに呑まれたことになっている。事実を遺族やマスコミにそのまま伝えるわけにいかないからね。伝えても無意味だっていうのもあるが」
「でしょうね」
隠すことなく全て言ったところで胸ぐら掴まれて「ふざけるな!」って反応にしかならないだろう。真実なのに。
「説得力や裏付けのない事実は嘘と大差ない。本当かどうかより、納得できるかどうかが肝心なのさ」
「そこまではわかりましたけど、なぜ俺に? 手下のギャル達は?」
「あの子らには向いてない。今回必要なのは機動力や持久力のある人材なんだよ。相手が相手だけに」
「……なるほど」
車の化け物っぽいからな、今回の駆除対象。
タフで素早い奴じゃなきゃ務まらないか。
「その点なら君は文句無しの合格点、二重丸の花丸だ」
「そう言われると悪い気はしませんね」
「そうか。乗り気になってくれて私も嬉しいよ」
「別に乗り気にはなってないんですが……まあ、引き受けてもいいですよ、そのお誘い」
「そうか。なら行こう」
そう天原さんが言った、次の瞬間。
スマホと外から同時にクラクションの音が聞こえた。
まさか。
窓を開け、家の外を見る。
暗くなってきた道端に、バイクに跨がり、脇にヘルメットを抱えたライダースーツの美人がいた。うわ。
こちらと目と目が合うなり、スマホらしきものを持ってる手を振って自分の存在をアピールし始めた。
あれは間違いない。
天原さんだ。
衣服こそ違うが、いつものサングラスかけてるし、おっぱいもいつもの大きさだ。
「……今からパパッと用意しますんで、待っててもらえますか。クラクションはもう鳴らさないで下さい。近所迷惑なんで」
「クラクションじゃなく、ホーンと言ってほしいね。その呼び方は好きじゃない。雰囲気が壊れる」
「どっちでもいいんでとにかく鳴らさないで下さいよ、いいですね。切りますよ」
そこまで言って通話を切る。
急いで支度を整えることにした。
家族には「友達の家に遊びに行く。朝帰りになる」とだけ伝えておく。
特に疑問に思われることもなく納得してくれた。夏休みだしな。
「トラックに気をつけなさいよー」
「わーってるよ」
靴を履きながら母さんに返事をして、玄関を出る。
「フフ、待ちかねたよ」
「電話かけてきた時からずっといたんすか」
「オーケーが出たらすぐに連れ去ろうと思ってたんでね。スタンバってたのさ。袖にされたら単独で挑むつもりだったが、いや、嬉しいよ」
今回はこの人とタッグか……間狩達みたいに、俺がカバーしなくてもよさそうなのは楽でいいな。
自分のやるべきことだけに集中できそうだ。
「さ、後ろに乗りたまえ。早くしないと夜が明けてしまう。時間は貴重だよ」




