62・眠れる屋敷の美女
色々と反対されたり歯向かわれたりしたが全員黙らせた。
静寂が一室を支配している。
今度余計なことをやる奴がいたら嫁に行けない格好させるぞという脅しは予想以上に効いたらしい。させるぞというか現在進行形でさせられてる者が一体いるが、そいつは人間ではなく式神で、そして式神に婚姻なんてものはないだろうからどれだけ恥をかかせても構わない。
だから今、こうしてその式神には、河原のさらし首ならぬ頭上の恥さらしとなってもらっている。
完璧な理屈だ。
この件が広まって、俺に無謀な突撃をする輩がいなくなってくれることを願う。
それと引き替えに妖魔呼ばわりが淫魔呼ばわりになるかもという不安があるが、どっちみち人外扱いされることに変わりはないので大差ない。今後、俺と会う時、こいつらが武器だけでなく貞操帯も持ち合わせるようになるかもしれないが。
つまらない揉め事はさておき、これでやっと当初の予定をこなすことができるってもんだ。
もう帰ろうかな……って何度か思ったが、ここまで来て何もせず帰るのもなかなかの無駄骨だからと思い止まったのが、果たして吉と出るか凶と出るか。
情けは人の為ならずっていうし、うまく吉となってほしいものである。そうじゃないと悪口言われるためだけに奈良まで来たことになるからな。
「まず診察するか」
なんて医者ぶりながら、薄いかけ布団をめくり上げ、患者の全身を見る。
長い銀髪の美人だ。
これは布団をめくるまでもなくわかっていた。
母娘だけあって、間狩にとてもよく似ている。穏やかに眠ってはいるが、こちらのほうが娘より気が強そうな顔つきだ。名家の女主人って感じが凄い。
白い寝間着越しに、下着が透けていた。赤だった。
これは布団をめくってからわかった。
体格は、しなやかでありながら豊満。けしからんボディってやつだ。血は争えないというし、間狩もいずれはこんな感じに出来上がるのだろうか。
しかも、なんか若い。
いや、若いというか……。
(……若すぎないか?)
まじまじと、その眠れる美貌を見つめる。
おかしい。
三十代……いいや、どれだけ逆サバ読んでも二十代の中盤にしか思えない。
そんなに女性の容姿やアンチエイジング等に詳しいわけでは──いや全く詳しくないんだが、でも、高校生の娘がいるにしては見た目が若すぎる気がするぞ。
「あのさ、解呪には特に関係ない話なんだが、気になってしまって聞きたいんだけど…………その、お袋さん、いくつなんだ?」
「母様か? そうだな、母様は今年で四十になる。……あの日から、六年前からこのままだ。年に数度、目覚めることもあるのだが……」
数日経たずにまた眠りにつくのだという。
まあ、それはどうでもいい。
聞いて驚きなのはその実年齢だ。
「これで四十かよ。これで」
マジおったまげだ。
「間狩に伝わる呼吸法だ。肉体を活性化させて若さを保ち、そうすることで現役時代を長くする。その応用で、逆に冬眠に近い状態になることで、こうして呪いの進行を緩やかにしているのだ。本来は致命傷を負ったときに、治療が間に合うまでの一時しのぎに使うのだが……」
「お前も使えるのか?」
「使えることは、使えるが……このように長く安定した呼吸はできない。間狩の歴史でも、母様を含めて一握りの者しかできないという、いわば秘技だ」
「なるほどなるほど、話には聞いてたっスけど、実際に使用してるのを見るのは初めてっスね! はぁー、呼吸の回数だけでなく、心拍数も少ない少ない! 深く長く息をするだけでここまでやれるとかお見事っスよ!」
どうやって確かめてるのかわからないが、ちーちゃんにはわかるらしい。多分そのバイザーの機能なんだろうが。
疑問も解けたし診察を続けよう。
ジロリと眺めて呪いを探る。
これにも慣れてきたもので、いちいち集中しなくとも「んじゃ見極めるか」という具合に軽くやる気出すだけで、正体不明で曖昧なものがすぐさまはっきり見えるようになった。
背中の輪っかや触手もスムーズに出せるようになったし、いずれは他の能力も無理なく無駄なくサッと使いこなせるようになるんじゃないかな。ラジオ体操代わりに毎朝練習しとこう。
「…………お、見えてきた見えてきた」
死んだように眠り、微動だにしない間狩の母親。
思わず噛みたくなるムチムチした魅惑ボディの至るところに生えている、枝のような……。
……いや、違う。そうではない。
木の枝が生えているのでは、なく。
石の杭が刺さっているのだ。
杭は、小さいものなら鉛筆くらい、大きいものなら杖くらいの太さと長さがあり、その表面には昔の日本語みたいな文字が記されていた。どの杭も、呪い特有の不快な霊気を放っている。
ちなみに、本当に物体が刺さっているのではなく、俺にそう見えてるだけだ。じゃなかったら死んでる。
「どうだ? 何が見えた?」
不安そうに間狩が聞いてくる。
「あのさ、全身に杭が刺さってるように見えるよ。言わなくてもわかるだろうが、それら全てが呪いだ。たぶん、全部抜かないと駄目なんだろうな。ただ……」
「ただ?」
「大丈夫なのかね」
「どういうことだ?」
「いや、意識のない寝たきりの人から、呪いなんて危険なものを乱暴に引っこ抜いたりして、体が耐えられるのか?」
「……そうか。そうだな、うん。その懸念は正しいだろう。いい気配りだ。ならば──」
間狩は、なぜか八狩のほうを見た。
その理由がわからず俺の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
だが、疑問はすぐに解けた。
「雷華。すまないが、頼んでいいか?」
「ええ、構いませんよ。本家に貸しを作れるのは悪くない話ですし……何より、人を蝕む魔を打ち払うことこそ我らの使命。断る選択などあり得ません」
八狩が、首回りに巻き付いて乗っかってる蛇型の式神──アガナギに、目くばせで何かを指示する。
「承知しました」
主の意図を理解したのか、赤銅色の蛇が下に降り、みるみるうちに刃を頭から生やした大蛇になると、こちらに這い寄りながら、その長い胴体で俺と間狩母をぐるりと囲んでいく。
「どうするつもりだ?」
「すぐわかります。静かに見ていなさい」
子供に言い聞かせるように八狩が言った。
「あー、あれか。便利だよな」
加狩も知っているようだ。どうせ亜狩も知ってそうだし、何も知らないのは俺とちーちゃんくらいだろう。
「ふーん」
ならお手並み拝見だ。
「──ここは生の領域、清らかなる領域。苦しみは及ばず、傷は及ばず、不浄は及ばず、死は遠ざかる──」
何かの呪文めいたものを、大蛇が唱える。
すると、赤銅色のサークル内が、ぼんやりとした赤みのある、セピア色の空間へと変わっていく。
ま、今使うんだから、どんな効果があるかはだいたい予想はつく。
「我が式神が作りし霊円──『命脈界』の中にいる間は、活力や霊的な抵抗力が増し、大地から生命力が流れ込んできます」
「抵抗力を上げることで、解呪をやりやすくする。体への負担だったりとかは、その、生命力を流れ込ませる効果で補うわけか」
「万能な抗生物質とふんだんな輸血のコンボで、危険なオペの成功率を跳ね上げようって寸法っスね!」
「そうですね、その解釈で妥当かと」
八狩が静かに頷いた。
こうして、八狩の使役する式神の援護もあり、準備万全整った。
あとは、俺がひたすら引っこ抜くのみ。
「よっしゃ、いっちょやりますか」
両袖をまくりあげ、いざ、オペ開始だ。




