61・白銀の乙女
なろうで書いてて初めて総合ポイント5桁いきました。感無量。
途切れることなく現れる、間狩の分家。
八狩、加狩、そして亜狩ときた。名前に狩って付けないといけない縛りでもあるのだろうか。
お次は何狩がくるのかな?
「……本家の意向に弓引くつもりか、亜狩は」
「ものは言い様ね。本家というより、あなた本人の意向ではないのかしら?」
「同じことだ」
「そこまできっぱり言われると、逆に清々しいわね。とはいえ……だからといって、同意したりはしないけど」
亜狩はそこで会話に一区切りつけると、俺を見た。
見たっつーかガンつけてきた。
刺々しい視線。
怒りや恨みに燃え盛る瞳ではなく、倒すべき敵を冷静に見ている瞳でもない。嫌悪感とか殺意にまみれた、茨の瞳だ。
その瞳から、矢印が一直線に俺の首へと行列を作っている。
頭を切り落とす処刑人スタイルなのかな、この女。
間狩の母ちゃんのそばに座る、セーラー服の銀髪女は、少し黙ってから、
「おぞましい」
と、心底嫌そうに言った。
言うまでもなく、俺に対してである。
第一声がこれとか失礼なんてもんじゃないぞ。なんなんだろうねこの一族。
化け物とか怪物とか妖魔とか悪鬼羅刹とか言いたい放題じゃん。生き返っただけで人権剥奪されるのかよ。なんて国だ。日本もいよいよおしまいか?
だいたいさ、人の肉をモリモリ喰らったり血を浴びるように飲んだりするのがそんなに悪いってのか。
どうなんだよ。
誰が決めたんだよ。
ほら言ってみろよオラ。
そんなことくらいで聞いてるだけで眠くなる道徳の授業みたいに命の大切さがどうだとか良識人ぶってゴチャゴチャ抜かすなっつーの。人間なんか腐るほどいるじゃねーか。少しくらい食べたから何だってんだ。増えすぎたお前らを減らしてやってんだからむしろ感謝しろよ。
(……なんて言ったりはしないけどな)
病院の屋上で、間狩相手にあれこれ言ってキレられたのはまだ記憶に新しい。
ここでその時と同様、不満を隠さず「食い物の分際で偉そうにほざくな」と本音をぶちまけたりしたら、こいつら全員を敵に回しかねない。
静観しているプロフェッサーちーちゃんはそれでも中立の立場を保ってくれるかもしれない。しれないが……俺への印象はだいぶ悪くなるはずだ。
なので本音を抑えて我慢する。
「初対面の相手におぞましいはないだろクソ女」
このくらいで妥協した。
俺も少しは大人になったな。まだ十六だけど。
「……………………クソ、女?」
亜狩は、何を言われたのかわからないという風にキョトンとしている。
ひょっとしたら、これまでの人生で、口汚く罵倒された経験が一度もないのかもしれない。
間狩や八狩は当然として、加狩だってお嬢様だからな。こいつらと口論になっても、下品で乱暴な物言いでやり合ったりはしてないのだろう。
「なんだ、不服か? もしかして、クソ女よりバカ女のほうが良かったか? いや、なんなら両方足してクソバカ女にしとくか? お得だろ?」
「な、な、な……」
ようやく理解できてきたのか、しかし言葉を紡ぐことができないらしく……唇をアワアワさせている。ウケる。
『…………なんたる唾棄すべき言動の数々。許すまじ』
「ん? なんだ?」
合成音じみた、女性の声。
人間のものではない。
しかし、その無機質な声には、明らかに感情が乗っていた。
怒りの感情が。
『弁解は不要。死をもって謝罪とせよ』
誰が言ってるのかというと、当然だが、亜狩ではない。
この女は軽めのパニックに陥っているし、そもそもこんな不思議な声してない。
声はその隣、半透明のメカっぽい頭部だけの式神から聞こえているのだ。
亜狩のそばに浮いていたそいつが、ギラリと双眸を輝かせる。
すると、式神は瞬時に実体化して──白銀に輝く女性らしき形状へと変貌した。
「ま、待ちなさいアルゲンティア!」
自分の式神が独断で何をやろうとしているのか亜狩も察したのだろう。
この場で一勝負やらかそうとするのを止めようとしたが、
『覚悟せよ!』
止まらない。
当の式神はもはや聞く耳を持っていなかった。
全身鎧の女騎士風ロボみたいな姿になった式神は、主の制止を振り切って西洋の槍(馬に乗った騎士が持ってるような、あのランスとかいうやつ)で俺を突き刺すべく襲いかかり──
「やらせるかよ」
胸に刺さりそうなところで、すかさず右腕を動かし、がしりと、ランスを掴んだ。
(思ったより軽いな)
速さはなかなかのものがあったんだけど、止めたときの手応えには、そこまでの重みは感じられなかった。
この威力なら、もし掴まなくても身体に刺さりはしなかったと思う。固いからね俺の身体。
あくまでも俺からしたらそうだというだけで、他の者からしてみれば、防ぎようのない必殺の一撃かもしれないがね。
などと分析していると、ランスに加わっている重みが増してきた。このまま押し込んで強引に無理やり貫こうということらしい。
「お次は力比べか」
『ぬうっ……!』
白銀の女騎士はどうにか俺をくし刺しにしたいようだが、俺の腕力は決してそれを許しはしない。
式神だけあって、人間では太刀打ち出来そうにないパワーで押してくるが、人間ではない俺にはどうってこともない程度の圧だ。
片手で問題なく止めていられる。
『ぐぐぐっ……!』
アルゲンティアと呼ばれたこの式神は、それでもお構い無しに、宙に浮いている体勢からランスを押してきている。
足腰の力を使っていない。
つまり、体のどこか、もしくは全身そのものがブースターとなって推進力を出しているのだろう。細かい理屈はともかく、こいつは本気で押し込んでいるようだ。
まあ俺はビクともしないんだが。
「ありゃりゃ、大変なことになったっスね」
ちーちゃんがそう言うが、その割には声に焦りがない。
俺があのストーンゴーレムみたいな操り人形を苦もなく片付けたのを直に見たことがあるからな。
『……大した馬鹿力だが、その余裕もここまでだ』
「なんだ、奥の手か?」
『その通りだ。今更手を離してももう遅い。砕け散れ、外道……!』
ランスから、ドライアイスの煙みたいなものが漂い始める。すると手の内にあるランスが、なんだかひんやりしてきた。
ここから導き出される結論、それは一つしかない。
凍らせて、割る、だ。
そういうわけなんで背中に輪っか出して凍結キャンセルした。
どうせ、砕け散るどころか多少氷に覆われて動きづらくなるくらいだったと思うが、それはそれで面倒だからね。
『は、離せ、この変態め! 敗者にする仕打ちにも限度というものがあるぞ! 聞いているのか!』
奥の手を秒で潰された式神アルゲンティアには、もはや俺の触手に抵抗する術はなかった。
「見せしめに丁度いい。しばらくそうしてろ」
俺の頭上で身動きとれなくなっている、白銀の女騎士。
両腕は頭の後ろで縛られ、両足はクワガタの顎のようにガニ股で固定している。絵に描いたような生き恥ポーズだ。
「さてと」
俺は狼狽えている亜狩の顔をじっと見て、こう言った。
「俺もやることやって帰りたいんだよ。邪魔するってんなら、次はあんたがもっと酷い目に合うんだが……どうする?」
ペチペチ
『や、やめろっ』
暇な触手で、縛られた女騎士式神の尻を叩きながら聞いてみる。
意外と弾力があった。
そういえば、縛っている触手からも、あまり固そうな感触がない。
いや、固いことは固いのだが、柔らかさも兼ね備えているというか……説明しづらいが、とにかくそうなんだ。
「……………………」
亜狩からの返答はない。
今の攻防で、亜狩は俺の強さと底知れなさを把握したようだ。
だが、それでもなお、化け物の脅しに屈して首を縦に振ることは、退魔師としてのプライドが許さなかったのだろう。
亜狩はただ、唇を噛んで黙っていた。
それはつまり、認めはしないが邪魔もしない。そういうことだ。
「……そっか、素直に諦めてくれたか。正直助かるよ。あんたとやり合うのは骨が折れそうだったからね」
本心からの言葉じゃあない。
リップサービスだ。
少しは華を持たせて褒めてやらないと、恨みが積もる一方だからな。
「それじゃ、異議無しなようだから、始めるとしよう。できるかどうかわからんけどさ」
宙に浮かぶあられもない緊縛オブジェを引き連れ、俺は間狩の母親のそばに座ったのだった──
次は総合2万ポイント目指します




