59・新たな狩人
おかしいな第一章がぜんぜん終わらない
とっくに第二章に突入してるはずなのに……教授、これは一体!?
時代劇で見るようなお屋敷が目の前にドンと存在している。
本物だ。
ぐるりと壁に囲まれているため、二階や屋根の部分しか見えないが、それだけでも充分に年代物だとわかる。
しかし、タイムスリップして過去に飛んだのでもなければ、観光で訪れた江戸村でもない。ここは現代日本の奈良県なのだ。
このお屋敷こそ、俺が通う白夜高校の三大アイドルである三姫の一人、氷姫──間狩氷雨の実家である。
「歴史を感じる佇まいだな」
「そうか? 私はそう感じたことなど一度もないが」
「そりゃお前にとっては実家だからな。昔から慣れ親しんでる『おうち』なんだろうけど、初めて見た俺からすると文化財みたいなもんだよ」
「そんな大層なものではない。外見こそこれだが、中は現代に適応した改築がなされているし電化も進んでいる」
「現役の住居なんだから当然だろ」
そこまで昔のままなら不便すぎるしな。
「まあまあ、世間話はそのくらいにして、お邪魔しようじゃないっスか! のんびりしてたら日が暮れちゃいますからね!」
早く俺の実演が見たいのか、ちーちゃんが揉み手しながら急かしてきた。うさんくさい商人みてえ。
「日が暮れるもなにも、まだお昼前じゃん」
「細かいことは言いっこなしっスよ。いちいち気にしてたらハゲちゃうぞ?」
「そりゃ怖いね」
まだ十代半ばで頭髪とおさらばするのは本気で避けたい。髪は長い友達だと誰かも言ってたしな。
さっさと中に入るとしよう。
「ありゃ?」
門をくぐり、そこから屋敷まで歩く。
三十メートルくらいか。なかなか離れている。やっぱ庶民の一軒家とは違うな。
会話もなく(特に理由はないのだがなんとなく話が途切れてみんな黙るアレである)玄関まで進む。
すると、玄関前に知った顔がいた。
「……来ていたのか」
間狩が、ぼそりと言う。
「別に来なくてもよかったのに」とでも言いたげな声だった。
「ええ、来ましたよ。何をしでかすかわからないものが本家に行くともなれば、知らぬふりもできません」
知った顔がそう返した。
八狩だ。
八狩雷華。
間狩の分家筋に当たる人物であり、七星機関における三大派閥の一つ・過激派の中心人物として活動し、俺や間狩と同い年だったりする。
今日はお嬢様学校の制服ではなく、私服を着ている。銅色混じりの銀髪は昨日と変わらず巫女っぽい髪型のままだ。
式神である赤銅色の蛇が、実体化せず半透明の姿で、マフラーのように首周りにやんわり巻きついていた。
私服……そう、私服ではあるのだが……見覚えのある、物騒な──ある意味この屋敷の歴史ある雰囲気に似合ってそうな──ものが、その背中に乗っている。
「こんな時でも薙刀持ちかよ」
「どんな時でも油断は禁物ですからね。あなたのような不埒者と会うのに無手など危険極まりない話です」
「不埒者ね」
「自覚がないのですか?」
「自分で言うのもなんだが、俺ってむしろ、不埒者どころか女の子のピンチに黙っていられないお節介焼きじゃね?」
八狩の目が細まった。
明らかにムッとしている。顔に出やすい女だな。
親戚だけあって、そこんとこは間狩とよく似ている。
「ご不満のようだが、やらしい救助されたくないんなら、自分の身くらい自分で守るんだな」
痛いところを突かれたという顔をした八狩が、頬っぺたを赤くした。横にいる間狩も同じ顔をしてそうだな。
「それと、危険がどうこう言ってるけどさ、気にし過ぎだろ。こいつは武器なんか持ってないぞ」
横を見る。
「誰がこいつだ」
ギロリと間狩に睨まれたが気にせず話を続ける。
今日の俺はこの女に頼まれて足を運んでいる。車で運ばれたともいう。
頼み事をする相手を警戒して腰に刀ぶら下げるとか、それくらいやりそうだとも思ったが、流石の間狩もそんな失礼な真似はしなかった。
「私は氷雨さんほど勇敢でもないし、あなたを信用してもいませんから」
勇敢ね……白々しいな。
無謀って言いたかったんだろ?
「私だってこんな化け物なんか信用……」
間狩の言葉が、尻切れトンボになる。
俺が機嫌悪くして帰ったりしたら困るから、あまりズケズケとものを言うのをやめたのだ。
そこまで言っちまったらもう手遅れなんだけどさ。信用がどうこうの前に化け物とか言うとるし。
でも俺は寛大だから、そのくらいじゃ目くじら立てたりしないけどね。言われ慣れてるから。
「……ところで、先に到着したのは私だけではありませんよ。加狩も既に来ています」
「奴もか」
嫌そうに間狩が言う。
間狩だけではない。八狩も、その名を出したときに、嫌そうな顔していた。
つまり鼻つまみ者なんだろうな。もしくはこの二人と正反対、水と油みたいな性格か。
「本家の者だろうが誰だろうか、わざわざ出迎えなんかしたくないと、中でずっとソファーに座ってスマホいじってますよ」
「別に構わない。偉そうに本家風を吹かせるつもりなど、こちらも毛頭ないから」
「出迎えはともかくとして、まず、ここにまで来たのが驚きですけどね」
「私もだよ、雷華」
「彼女のあの自堕落な性格からして、伝えたところでどうせナシのつぶてだとばかり」
「今回は好奇心が勝ったのだろうさ。怠け者のくせに興味のあることには我先に飛びつく奴だからな。両極端すぎる」
なるほどなるほど。
このやり取りだけで何となく掴めてきた。
その『かがり』とやらは面倒臭がりで気分屋のようだ。やりたいことには非常に熱心だが、やりたくないと根気が続かないタチなのだろう。
彼女というからには女性とみていい。二人の反応からすると、同年代か、少し年下って感じがする。年上とは思えない。
分家なんだからやっぱその子も銀髪なのかな。まあそれはさして重要ではないし、会えばわかる。考えるまでもない。
──で、そのお嬢様は、居間辺りでダラダラとソシャゲでもやりながら、俺達が来るのを待ってると。
「ま、ここで立ち話もなんだし、行こうぜ」
靴を脱ぎ、用意されていたスリッパに履き替え、先導してくれる八狩の後に続く。
入口ホールは住宅というより旅館みたいな広さだった。中学の修学旅行を思い出す。
そこからパタパタと板張りの床をスリッパ踏み鳴らしながら洋間へ。
歩きながら、『かがり』は『加狩』と書くのだと間狩に教えてもらった。ついでに下の名前も。
「入りますよ」
義理で一応言ってやった、そんな冷めた淡白な発音で八狩が一声かけ、扉を開いて中へ入る。
続いて間狩、俺、ちーちゃんの順に入っていく。
順番に特に意味はない。たまたまだ。
部屋の先客らしき誰かが声をかけてきたのは、間狩が入った直後だった。
「遅せーな。待ちくたびれちまったよ」
自宅にいるようなくつろぎ具合でソファーに仰向けになってた女の子が、むくりと起き上がり、スマホを無造作にテーブルに置く。
テーブルの上には先客がいた。
きっと彼女の式神なのだろう。半透明な、デフォルメされた青いカブトムシみたいなものがいる。サイズは猫くらい。いくらデフォルメされてても虫が苦手な人が見たら悲鳴をあげてのけぞる大きさである。
女の子の顔つきだが、やはり間狩や八狩に似ている。つまり美少女だ。
だが目が鋭い。
気の強さや融通の利かなさが間狩以上なのが目に現れている八狩を凌ぐ程に……いや、こっちは単純に目付きが悪いんだな。怖がられるタイプの美形だ。
髪の色は、黒混じりの銀髪。
切り揃えられることもなく、胸元や肩甲骨くらいまで適当に伸びてる髪型は、目付きと相まって、不機嫌そうな感じに拍車をかけていた。
人相悪めの美少女(見た感じ同い年に思える)はそのまま立ち上がるかと思いきゃ、座り直し、足を組んだ。
ホットパンツを穿いているため、脛どころか太ももまで剥き出しになっている。しなやかな足だ。つい食いつきたくなる。比喩ではなくそのままの意味で。
組んだ足の、上になっているほうの膝に肘を置き、右腕を立てる。
その右腕の先にある拳に顎を乗せ、俺を見た。
しっかりと。
他の者など眼中にないとばかりに、真っ直ぐに。
「…………あー、うん。ヤベエな。本家の朴念仁が化け物連れ帰ってくるっていうから、どんなのか一発見たかったんだが、こりゃ駄目だ。エグすぎる」
右目はそのままに、左目だけをキラキラと黄金のように輝かせ、
「もう聞いてるかもしれないがよ、んでも一応、自己紹介しとくか。よう化け物野郎、私はさ、加狩、加狩霧香ってんだ。霧雨の霧に……香水の香で……」
左手で宙に文字を書いてわかりやすく伝えようとしたかったようだが、最初の文字が画数多かったせいで手間取ってしまい、次の文字に取りかかる前に説明が終わってしまった。チャレンジ失敗である。
まあ、成功しようが失敗しようが、さっき聞いて知ってるからいいんだが。
「んーと……まあそんな感じだ。わかんなかったか? わかんないならそれでもいいさ。私は困らねえからな。以上だ」
彼女は──加狩霧香は、左手をピラピラ振りながら、ぞんざいな挨拶を一方的にしてきたのだった。




