54・新たな技、新たな武器
そろそろ第一章終わる予定
あの日。
夏休みを目前に控えていた、あの忘れようがない、運命の日。
暑い日だった。
その日を境に、俺は人間をやめた。
暑さや寒さを感じることに変わりはないが、それが健康や体調に影響を与えるようなことはほぼ無くなった。
暑さに汗をかくことも、寒さに震えることも、もうない。俺の環境適応力(だけに限った話ではないが)は凄いことになっていた。
こうして、ただの人間だった俺は、必殺のトラックアタックを経て、星空の彼方から降臨する神さまの入れ物として──復活したのだった。
いや、この場合、したのではなく、させられたと言うべきか?
気にはなる。
なるが、そこまで気にすることでもない。
どちらでもいいのだ。
おかしな偶然や誰かの陰謀や何らかの奇跡だったとしたって、驚きの真相には変わりないし、この身体を差し出すつもりもない。
たとえ自分が生贄に近い存在だったとしても、大人しく黙って捧げられるなんて全力でお断りする。抗うよ。相手が神でもね。
幸いなことに、俺はこの身体のポテンシャルを面白いくらい次から次へと引き出すことができる。
わざわざ代用品に乗り移ってまで俺のボディを欲しがってるところ悪いが、実体化が保てなくなるくらいボコボコにして、再びお空の向こうに追い返すとしよう。
『ゴガアアア……馬鹿な……馬鹿な…………』
羅喉神の動揺が、雷鳴のごとく頭の中に伝わってくる。
実にやかましい。
だが、訳がわからんとわめく理由もわかる。
この世で好き勝手やるために用意した乗り物に拒否されて、しかもその乗り物に思いっきりどつかれたら、そりゃ動揺もするわな。同情する気は毛先ほども無いが。身体寄越せなんて一方的に要求する奴なんかに情け容赦いらねーし。
「うわ、やり合ってる、アレとまともにやり合ってんぞあの兄ちゃんよぉ! キヒヒッすげえすげえ! やっぱやべーわ!」
「……み、見ればわかる。ぐううっ」
「その、不快なキンキン声をやめなさい。頭に響いて……いたたっ」
風船屋は俺の活躍を見て少しは緊張や恐怖もほぐれたのか、楽しそうに笑っている。
だが、間狩や八狩はそれどころではないようだ。いまだ神の声による頭痛に、絶えずさいなまれているらしい。風船屋は平気なのにな。
防御面が紙なのかね、こいつら。
もうさ、この打たれ弱さから察するに二人とも、先手必勝、やられる前にやれの精神でこれまでずっとやってきたんじゃないか。後手に回るとかほとんど経験してないのかもしれん。なまじ攻めに優れていて守りが薄いのが、ここにきて仇となったか。
(今後は受けも修練するんだな)
ま、もし俺がそう言ったところで超強力なバネみたいに反発してまともに聞かないだろうから、他の誰かがアドバイスしてやるか、自分らで防御も必要だと結論づけるしかないね。
特に八狩は霊力量はともかく技量はイマイチちゃんなんだから頑張んなさい。でないと、せっかくの薙刀も宝の持ち腐れだぞ。
『許されぬ……なんたる……大罪…………厳罰を……』
おお、激おこだ。
厳罰とか言い出してる。
弱音を吐いてない様子からして、触手の同時攻撃は、効いたことは効いたみたいだが……これは、まだまだ元気そうだな。
『魂消よ……!』
口を尖らせ、バースデーケーキに刺さってるロウソク消すときみたいに、俺のほうに強い息を吹きかけてきた。
「うおおっ!?」
骨の髄から凍りつくような冷たさが、心にまで届くような感覚。
眠気と寒さが同時に襲いかかってくる。
雪山で遭難したら、こんな風になるのかもしれない。いやまあ化け物になった今の俺なら夏服で平然と下山できるんだがね。これはあくまでも例え話だ。
そんな俺にでも効くのだから、この冷気をもし普通の人間が吹きかけられたら液体窒素浴びたみたいになるんじゃないか。
このままだと動きや意識が鈍ってわずらわしいので、背中の輪っかに光の力を集中して、出力を上げる。
「おっ、きたきた。はいこれこれ」
通常の光では足りなかったようなので、輪っかをより一層光り輝せて災いの冷気を体内からかき消し、身も心も暖めていく。
熱意ややる気を削り取られていくような、どんよりとした嫌な気分が、全て嘘だったかのように快晴になっていく。
なんとも爽快だ。
『罪の……報い……受け入れぬとは……おのれ……!』
「なにが罪だ。神ともあろう者が人の肉体をパクろうとしたくせによ。笑わせんなっつーの」
一瞬背後を見たが、三人娘には被害が及んでなかったようだ。
神の息は俺にしか効果なかったらしい。その効果もあっけなく霧散したが。
「いちいち攻守交代してられん。大技で仕留めてやる」
利き腕である右腕に光の力を集中させる。
十秒かからず、原因不明拳を放てるだけの力は溜まった。
「もっとだ……まだまだ……!」
触手乱れ打ちでも致命傷にならないなら、これを単発で当てても、羅喉神の息の根を止めるのは無理だろう。
限界まで溜めてやる。
新たな境地に踏み込めるか、新たな技に目覚めるかもしれないしな。
『こざかしい……』
また巨大な頭だけの神が口を尖らせる。
続けて二発目かよ。今は俺の番だろうに。
──ドバァアアンッッ!!
『ぬううっ……! この……虫どもめが……!』
三日月のような青白い炎と、渦巻く青白い炎。
二種類の霊気の塊が、今にもまた冷気を吹きそうになっていた神の顔面に命中し、この大部屋に轟音を響かせた。
「……やはり、本調子ではないから、あまり効かんな……」
「そ、それでも……足止めならば、これで十分……」
どうやら、銀髪二人が、俺へのアシストのために根性見せたらしい。
ちょっと顔が焦げたくらいで、ダメージはさほどないが、あの骨身に染みる冷気の息はキャンセルさせたようだ。
「悪いな二人とも、助かった!」
「キヒヒ、思いっきりやっちまいな化け物兄さん! こっちは心配いらねぇぜ! オレがガチガチに守ってっからよぉ!」
「オッケー!」
そうか、風船屋のお墨付きか。
ならもうそちらを気にすることもないな。心置きなくもっと溜めてやる。
「こいこい、新境地か新技きやがれさっさときやがれ……………………ん!?」
なんかムズムズする。
手首の、いや手の甲辺りか?
こう……もうちょいで、出せるというか……。
殻を突き破って、この世に生まれてくるような。
鎖を引きちぎって、自由の身になるような。
壁をぶち壊して、広々とした外の空間に出るような。
それらの一歩手前みたいな感覚が、そして──
解放感と共に、長く太い、一本の両刃が生えてきた。
『……その宝具は……!!』
おお、神さまが驚いてる。
五つの目ん玉見開いてびっくりしてるぞ!
なんだよオイ、まさか、そんな凄いものなのかこれ。宝具とか言ってたが、つまり、神が認めた素晴らしいお宝ってことだったりするのか。
確かに惚れ惚れする見た目だけどさ。
剣の価値とか一切わからない俺でも美しいと思うもん。刃の光沢とか模様とか。
いやー、どれだけ切れ味や威力あるんだろうねコレ。
「よし! こいつが見かけ倒しか見た目通りなのか、いっちょ、やってみようじゃないの!」
ワクワクを抑えきれずに興奮しながら、俺は剣を構える。
構えるといっても手首から生えてるし、剣道とかやったことないからよくわからんが、それっぽく構えてみた。要は敵を斬れればいいんだ斬れれば。
『……ぬううんっ!』
星の神さまは、見開いていた五つの眼を今度はぎらぎらと輝かせだした。
その行為が何を意味するかだいたい予想はつく。本気の防御で防ぐ気なのだろう。
「面白い、この最高の一撃、防げるもんなら防いでみやがれ!!」
俺はその場から足を踏み出すことなく、
「──最上宝剣断!!」
できる限りカッコつけて、袈裟斬りとでもいうのか、斜めに叩き割るように前方へと剣を振るった。
動かずとも届く。
根拠はないが、そんな予感がしたのだ。
『……………………!!!』
神の、声にならぬ絶句した気配が、頭の中によぎる。
ずるり
屍楽天から生えている、鬼のような大きな顔面──羅喉神の上半分が、ずれた。
真横ではなく、角度のついた、斜めに。
少しずつ、少しずつ、ずれは大きくなっていき……やがて、鼻から上の部分が……床へと、転がり落ちた。




