53・真の器
スクラップ一歩手前の仏像から、五つ目の鬼の頭がコンニチワしている。簡潔に言うとそんな見た目。
なんともシュールだ。
でもこの迫力や威圧感は強烈なものがある。シュールなんて言葉だけで片付けられるもんじゃない。現に俺以外は皆ビビり散らかしてるからな。出会った時からずっとおちゃらけた言動しかしてない風船屋ですら怖がっている。
「お前らは自分の身を守ることだけ考えてろ。俺だけでやる」
「……し、正気か? たった一人で、神に挑むなどと……」
間狩の声にいつものトゲや張りがない。
ついさっき、その神の入れ物である屍楽天に遠距離攻撃かまそうとしてたときの威勢は、どこへ行ったのやら。
ま、人間だから仕方ないのだろう。
カエルがヘビ見て怖くて固まるように、神そのものを前にした人間は本能的に怖がるようにできているに違いない。どれだけオカルティックな力を持とうと人は人なようだ。
「そうだ。正気だし冷静だ。お前ら、その様じゃ戦力にならんだろ。いいから大人しく控えてろ」
すたすたと前に進む。
触手のリーチ考えたら距離詰める必要もないんだけど、このままだと、あちらの攻撃がきたら間狩たちがとばっちり食らうかもしれないからな。だから進んだのだ。優しいな俺。
星の神さまはというと、俺から目を離さない。
(いい傾向だな)
と、俺は思った。
ライオンのそばに猫が寄ってきても、興味こそ持っても警戒はしないだろう。すぐに興味を失って昼寝でも始めるんじゃないかな。
……だがそれが、キリンやカバ、象ならどうか?
そいつら相手なら、ライオンだって警戒するだろう。よそ見などするはずがない。
そいつらにはライオン自身を脅かすだけの力があるからだ。
──つまり。
目玉を総動員してずっと俺を睨み続けているこの神さまは、俺を危険な存在と見なしているのだ。
自分の敵になるだけの実力があると、暗に認めてくれているのだ。
神の喉元に刃が届くと、そう判断しているのだ。
それはつまり、神ですら油断しないくらい俺が強くて厄介だと、俺にも勝ち目があるぞと太鼓判を押してくれたに等しい。なんか嬉しいもんだな。
……ひょっとしたら、この神さまが実体化したのも、俺を直接仕留めようとしているのかもしれない。入れ物を動かしてるだけでは手に余ると思ったのかもな……ふふっ。
なんていい気になりながら、歩みを進める。
羅喉という名の神は、まだ何もしてこない。
足を止める。
屍楽天の長い手が届くくらいの場所にまで、俺は近づいた。
それでもこの頭でっかちな神は沈黙したままだった。
(うん? なにか企んでるのか?)
ここまできて、心に不安の種が芽吹く。
だとしても、もう後には引けない。話し合いも到底無理だ。そもそも言葉が通じるのかどうかさえ怪しい。
いくらチートじみた怪物に生まれ変わった俺の身体でも、翻訳機能まであるとは思えないぞ。無いとも言いきれんが。
『……何故だ』
鼓膜ではなく、頭に、声が響いた。
地獄の底から聞こえてきたかのような、唸り声が。
「ぐうっ!?」
「きゃあっ!」
「ぬがっ!」
複数の悲鳴と呻き。
それらの方向に顔を向けると、間狩と八狩、眼帯おっさんが、頭に手を当て痛そうに眉を寄せていた。おそらく今の声を聞いたせいだろう。
一人、風船屋だけは平然としていた。やはりただ者じゃねえな。
『我が……器よ…………なにゆえ……牙を……剥く……』
「え?」
おいおい、おかしなことを言い出しやがったな。
『このような……粗末な……依代…………やむ無きとはいえ……相応しきは……汝こそ…………しかし……その魂……不要なり……』
ダラダラ続くたどたどしい喋りだが、まあ、言いたいことはなんとなくわかる。
内容が日本語なのは、わざわざ向こうが俺でもわかる言葉を用いてるのか、それとも本当に俺のオツムが翻訳してるのか。どうなんだろうそこんとこ。日本語吹き替えしてない映画で後から検証するかな。
「つまりだ……この俺が、神さまであるあんたが宿るための御神体だって、そう言いたいのかよ?」
『…………然り』
うわあ。
そうきたか。
頭の中で、様々なこれまでの経緯が巡り、辻褄が合わさっていく。
俺が甦ったのも。
チートじみた凄い存在としてこの世に復活したのも。
あの病院の地下に眠っていた屍楽天が起動したのも。
そういうことなのか。
ヨシモトさんが病院内の人間から搾り取った血を俺に与え、復活を早めたのも、さっさと俺を器として完全なものにしたかったからなのか。
……いや、ヨシモトさんはそこまで理解してなかったようだった。自我はそこそこあるが、どこか操り人形めいたものがあった。
……もしかして、この件について裏で糸を引いてる奴が、他にいるのかもな……。
そうだとしたら、俺がこの身体を使いこなしているのは計算外なんじゃないか。
(──それで、なのか?)
だから、あの三人組は俺を殺そうとしたのか?
糸を引いてる誰かの指示で、俺を、死んで魂があの世に飛んでった空っぽの器にするために。
「嫌な結論だな……」
『さあ……器よ…………我を受け入れ…………この地を……いや……この世……全て……我らアスラのものに……』
「勝手に話を進めるなよ、星の神さま。悪いがそんなのお断りだ」
俺は俺だ。
俺は天外優人、どこにでもいるような男子高校生十六歳だ。
縁もゆかりも信心もないどこぞの神さまなんかに、この身体をハイそうですかと素直に明け渡してたまるか。寝言は寝て言え。
『神を……拒み……あまつさえ……仇為さんとする…………愚かな……なんと……愚かな…………』
「ハッ、愚かで結構っすよ」
『……不遜……なんたる不遜……』
おお、怒ってる怒ってる。
ついに神話バトルの開幕か。
『その魂……我が……怒りに……打たれよ……』
口振りから、ついに攻撃がくると身構える──暇がなかった。
五つの瞳がきらめいた刹那。
「うおおおおおっ!!?」
体の内側から発生したかのような、激しい電撃が、神の雷とでも言うべきものが、俺の全身をくまなく焼いていく──!
それは、わずか数秒ほどの間ではあったが、かなりの威力だった。
長時間正座した後の足みたいに、五体が痺れている。
頭を触る。髪の毛がチリチリになってたらどうしようと心配したのだ。
大丈夫だった。
「ごほっ、ごほおっ! ごほほほぉ!」
安心したのもつかの間、肺に充満した煙を、むせ返りながら吐き出す。まだ一度もタバコ吸ったことないが、吸うとこんな感じなのだろうか。
ひたすら煙い。
年季の入った焼肉屋の換気扇にでもなった気分だ。
「あー、腹の中まで燻されたみたいだ。嫌んなるぜ全くよぉ」
手足や頭、胴体や触手を揺さぶって痺れを取る。
取れた。つくづく便利な身体だ。
「今度はこちらのターンでいいよな?」
無論、俺は返答など待ちはしない。
力を蓄えていた触手だったが、今の電撃で半分くらい光が散ってしまった。
「ぬんっ!」
じっくり溜め込む暇などない。
気合いを入れて触手に一気に光を滾らせていく。
手早く同時にやるせいでムラがあるが仕方ない。多少の手落ちは見ないフリだ。
触手のほとんどに謎の光パワーを満タンにすると、すぐさま、その巨大な頭部へとブチ込んでやった。
『ゴアアアアッ……!』
羅喉神は瞳を光らせ、光の溜め込みが甘かった何本かを弾き返したが、しかし残りは無理だったらしい。苦痛と困惑の入り交じった神の叫びが、脳内にこだました。
神そのものにも効くんだな、俺の触手。




