51・引いてだめなら吹いてみな
「やっぱ先に助けるか」
神さまと俺の交戦が周りに被害を与えるのは、初っ端の激突でわかっている。
わかってんのに胃の中身出してグロッキー状態な二人をそのまま放置しておくとどうなるか。
ふと気がついたら同い年の女の子達が紙吹雪みたいに吹き飛ばされていた──みたいなことになりかねない。幻想的ともいえる。言ってる場合ではないが。
で、もしそうなったらだが、俺が二人を見捨てたと根ノ宮さんにあっさり見透かされるだろう。
きっと言い訳しても無駄に終わる。
(本心はどうだかわからんが)こちらにわりと好意的なあの人を不機嫌にするのは、できるなら避けたい。
だから、やはり放置できない。
風船屋にずっと庇わせておくのもひとつの手だが、もし、そっちのおっさん達が立ち直ってちょっかいかけてくると、風船屋一人じゃあれもこれも庇いきれないかもしれない。やはり銀髪と銅混じりの銀髪は戦線復帰させておくべきだ。
その風船屋だが……さっきの神の叫びを、難なく凌いだのには驚いた。
驚いたが、しかしよく考えてみると、今思えば猫みたいな言動のこのプリン頭は初登場のときからピンで動いていた。
単独で動くなんてよほど度胸や実力がなければできないはずである。
間狩達でさえ(俺が担ぎ込まれた)病院に三姫勢揃いで来てたし、わざわざ日本くんだりまで遠出した何とか騎士団のシスターもコンビだった。そうそう、俺を狙撃したあの姉ちゃん達も三人組か。
もしかすると、いや、もしかしなくても、そこのおっさん共よりこのプリンネコのほうが手強いのかもしれない。
だからこそ、『ボス』と呼ばれている、恐らく安愚羅会のトップであろう人物も、風船屋が一人で動くのを許しているに違いない。ヘラヘラした見た目にそぐわない強豪だ。
もしも敵対することになった時のため、対策を少しは練っておくべきかもな。練るもなにも力押ししかないんだけどね。
ま、風船屋への対策は後回しにするとして。
まずは救助救助。
ぐんなりしてる二人のそばに近づく。
更なる追撃がくるかと警戒していたが、神さまも俺から受けたダメージがでかかったのか、じっとして動かない。チャンスだ。
八狩のほうが近かったので、まずこっちから手をつけた。
両膝ついてだるそうな八狩のそばに近寄ると、何をする気だ貴様とばかりに、刃を頭から生やした赤銅色の大蛇──アガナギが鎌首もたげる。だが無視。
(お前なんぞ相手する暇はない。今は時間が惜しいんだ。威嚇する元気あるなら俺じゃなく神さまのほうにやれっつーのバカ蛇)
と思いはしたが言わない。
ペットは飼い主に似るというしな。
嫌みや軽口叩いたらすぐさまカチンときて襲いかかってきそうなのでやめておこう。式神をペットと同一視するのもあれだが似たようなもんだろ。
(さて、それでここからどうやればいいのか)
口から悪いものを吸い出す──地の果てまで追い回されそうだからやめておこう。
逆に俺の気を吹き込む──どっちにしても同じことだ。
背中をさする──車酔いじゃあるまいし。
先に原因を見極めよう。
八狩を、じっと見つめる。
「……………………なんですか」
俺がどうしてガン見してるのかわからないらしく、胡散臭そうな目を向けてきている。
「おっ、見えた」
鬼の顔みたいなのが、背中というか腰というべきなのか、そこに生えている巨大なダニが、八狩の腹部に食いついていた。
これがさっきの叫びでばら蒔かれた呪いのようだ。しっかり見ないとわからないあたり、やはり並大抵の呪いではないようである。
床に座り込み、ダニに手を伸ばす。
「よっと」
「痛……っ」
「あっ、まずいな」
八狩が顔を歪めた。
手を離す。
大蛇が「シャーッ」と威嚇する音を喉から鳴らす。うるせえな。
よく見たらこいつの背中にもダニついてんな。
「すまん。つい力ずくで祓おうとした」
「さ、先に一言、言ってください」
やはりダニっぽい見た目だけあって、無理やり取ろうとするとがっちり食いついて離れないようだ。
そのまま引っ張れば取れないこともないが、八狩へのダメージとか、呪いが全て取りきれずに残るとか、困った副作用が考えられる。
なら、どうするかだが。
これは簡単だ。
こいつのほうから嫌がって離れるように、居心地の悪い状況にしてやればいい。その方法も思いついた。
そうと決まれば話は早い。
八狩に触手を絡みつかせて丁寧に引っ張り上げると、手で制服をまくり、お腹を露出させる。
贅肉などまるでない、健康管理のきちんとした腹部が、俺の顔前に姿を見せた。うまそう。
「ちょ、ちょっと……待ちなさい! いったい何をっ……!?」
八狩が慌てふためく。
いきなり触手で引き上げられただけでなくお腹まで見られて心底驚いたらしく、弱っていたにも関わらず大声を出してもがきだした。恥ずかしさで顔は真っ赤である。
しかし無駄なことだ。
仮に体調が万全だったとしても、モンスターな俺の力に太刀打ちできるはずがない。
「やめなさい!」
大人の女性の声。
その声の発生元は、なんと大蛇だった。喋った……ってまあ式神だしな。
具合が悪いながらも、主人が怪しげな治療をされるのは我慢の限界だったらしく、とうとう俺に飛びかかってきたのだ。
「はいはい」
しかしダニがついて弱ってるからあっさり捕らえられた。残念。
「わ、我があるじへの猥褻な真似など……断じて許しませんよ! 離しなさい、こ、この変質者……!」
「いいからどっちもじっとしてろ。すぐ終わるから」
もがく一人と一匹に構わず、目の前にあるへそに口を付ける。
思わず、牙を突き立てて血を吸いたい欲求にかられるが、じっと耐える。
あー、食いてえな……。
「あっ……んっ!」
やらしい声を出したようだが今は触れないことにする。後でからかおう。
悪しきものを打ち払う力を八狩の体内に送り込んでいくイメージをしながら、息をゆっくり吹き込む。
「んあっ、あっ、あんっ……!」
「ら、雷華さま! そのようなはしたない声など上げては!」
気持ちいいのか、八狩の口から断続的に喘ぎが漏れる。
もしかしたら息を送り込んでるせいもあるのかもな。床屋の熱いおしぼりとか蒸し風呂とかと同種の気持ちよさなのかも知れない。
そうしていると効果はすぐに出た。
鬼面ダニが苦し気にもがきだし、のけぞって──八狩の腹から剥がれたのだ。
「ほい」
そうなればもうこっちのものだ。
触手を一本軽く振るう。
俺にだけ見える呪いの具現は、腐った果実をバットで叩いたみたいに弾けて散った。
呪い退治これにて完了……ではないな。もう一人いる。
その、もう一人のほうに向き直る。
「……く、くるな」
一部始終を見ていた間狩が身構えている。二匹の狼も、牙を剥いて主人を護ろうとしていた。
──結論から先にいうと、間狩と白黒狼は、八狩と刃大蛇の二の舞を演じた。
やった治療内容も言われた罵倒も大差ないので語るに値しない。
あと式神どもについていたダニは力で剥がした。そんなに強固に食い込んではいなかったのでね。それでも剥がすときに苦痛で叫んでたが。
さあ、次はいよいよ、この騒動の幕引きといくか。
覚悟しろ星空の神さま。




