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5・喋る狼ども

 階段を下りる。


 とにかく下りる。


 危うく地下まで下りかけたが踏みとどまった。また霊安室に逆戻りとか馬鹿すぎる。


「頼んだぞヨシモトさん。勝ってくれたら一番助かるが……駄目でも、できるだけ粘ってくれ」


 ムシのいい話だと我ながら思うが、俺にできることはこれくらいしかないのだ。



 そうしてさっきも来た正面ロビーにたどり着くと、ここまでの道のりと同様、動かぬ死体に逆戻りしたゾンビどもがそこらに転がっていた。


 が、いたのはそれだけではない。



「生存者かな、黒いの」


「いや待て、白いの。こやつの匂い、人のものではないぞ。かといって魔性の匂いでもないが……」


「確かに確かに。不可思議なことだ。しかも、それだけではない。血生臭い匂いも口からしておる。さては、屋上の片割れか」


「おそらくな」



 二匹の犬──いや、狼が俺のほうを見ながら会話していた。日本語だ。

 純白の狼と漆黒の狼。

 オウムじゃあるまいし狼が人の言葉を話すはずがない。きっとこう特別な生き物だ。

 魔獣とか式神とかそんなやつじゃないの。


「狩るか? 白いの」


「待て待て。黒いのよ、よくわからぬものを主の命なく独断で討ち取るのもまずかろう」


「ではどうする」


「逃げぬようならそれでよし。逃げたり手向かったりするなら……手足の一本くらいは覚悟してもらうか」


「それは名案だ」


「だろう?」


 どこがだ。

 生活の知恵みたいな軽い感じで、人の体を欠損させようとするんじゃねえ。

 おい間狩、こいつらの口振りから察するに、お前が飼い主なんだろ。普段どんな躾してんだよ。


 よその家庭のペット事情はひとまず置いとくとして、まずいなこれ。


 人が動物と鬼ごっこして逃げ切れるわけがない。

 ましてや相手は二匹もいるうえに知能も人間レベルだ。

 しかも普通の生き物じゃないときてる。

 モップは屋上に置き忘れてしまった。あったところで焼け石に水にもならないとは思うが。


 こんなのが最後の最後に控えていたとは予想すらしなかったが、思い返してみると、間狩がどれだけ超人的な力を持っていたとしても、病院内のゾンビをこの短時間で全滅させるのは無理がある話ではあった。

 しかも、がら空きとなった玄関から入れ違いで逃げられるかもしれないのに、一人で屋上へと向かったのも変である。


 その理由がこれだったのだ。


 一人と二匹でひとしきりゾンビを死体に戻してから、自分は上へと行き、取りこぼしの始末や入口の門番をこの二匹に任せたに違いない。

 だから間狩の奴はしつこく追いかけてこなかったのだ。

 逃がしてもペットに任せておけば大丈夫、そう判断したのだろう。


 どうする。


 何が正解なんだ。


 一か八か、多少噛まれるのは覚悟して突貫すべきか(多少で済むか?)。

 サイトウさんとかヤマダさんとかイノウエさんとか、ヨシモトさんに続く新たな手下が現れてくれることを祈るか。

 うまくこの二匹を言いくるめるか。


 いくつかの案や願望が浮かぶが、どれも酷い結果しか見えてこない。


 ビーフジャーキーとかで買収できないものか……いや、持ってないけどさ。

 今の俺にあるのは薄いシーツみたいな服一枚と解放されたパワーのみだもの。


 あ。

 そうだ、それがあったんだ。


 俺には得体の知れない力があった。

 長年お荷物だったから、役に立つなんて思ってもみなかった。奥の手や切り札というよりは不発弾に近い認識だったせいだ。


 今こそ俺のために働いてもらわねば困る。


 でも、何をどうしたらいいんだろう。

 わかんねえ。

 この切羽詰まった事態で、説明書も、教えてくれる人もないでは、手探りすらできない。


 ……何でもいい、やれるだけやるしかないか。

 漫画とかでありがちな、気とかオーラとか魔力とかを高める仕草をやることにした。

 どうしていいか全く見えない霧の中だが、やらなきゃ死ぬんだ。やるんだよ俺。


「むっ、何かしでかす気だな」


「みすみすやらせるわけにもいくまい。ほどほどに痛めつけるぞ、黒いの」


「おうよ、白いの」


 白黒が牙を剥いて襲いかかってきた。

 容赦なさすぎる……。

 せめて溜めの動作くらいは許してくれよ。右も左もわからない身の上なんだぞ?


「うわわっ!」


 恐怖心はそんな無くても、こんな迫力のある狼のコンビに飛びかかられたら、叫び声くらいは出てしまう。

 つい慌てて反射的に両腕をクロスさせて防ごうとしたが、好都合とばかりにそこを噛まれた。

 どこがほどほどだよ、クソ狼ども。

 重傷待った無しだろうが。


(ああ、ここまでか。今までありがとな)


 俺は内心で両腕に別れを告げた。


「グガッ!?」


「グルルッ!?」


 俺の腕にかじりついた二匹が驚きの唸り声を出している。


「おわわっ」


 何に驚いたのかわからない。

 わからないが、今はそんなことよりこいつらを引き剥がさねば。

 クロスしていた両腕を無茶苦茶に振り回して、クソ狼どもを振りほどこうと試みる。



ドゴォッ!



「ぎゃうっ!」「がぁうっ!」


 それなりの重さのものを叩きつける音と、二匹の悲鳴が、ほぼ同時に玄関ロビーに響いた。

 そんな全力で振ったわけではないのだが、白黒は呆気ないほどに壁へと飛んでいって……受け身を取る間もなく激突していた。


 腕は……なんともない。


 肉を食いちぎられたとか、もげそうだけどかろうじて繋がってるとかもなく、無事だ。

 牙が食い込んだ形跡すらない。


「これはもしかして」


 ふむ……こいつら、大したことないな?

 別段鍛えたりしてない俺の一振りで、たやすく吹き飛ぶくらいだ。さては威嚇や偵察しかできない見かけ倒しか。


 ……なんて、勘違い系主人公みたいな誤解はしない。

 高校生一人倒せない雑魚を足止め役にするはずがないからな。

 現に、俺の腕にかかった顎の力はかなりのもので、もしかしたらプロレスラーでも骨まで達する傷を負わされるだろう、そう思ったほどだ。


 なのにノーダメだった。

 実際この二匹がどれくらい強いのかはよくわからんけど、俺が凄く丈夫で、こいつらよりずっと強いのは確かなようだ。


「……ぐ、ぐぐっ。動けるか、白いの……」


「ああ……ま、まだまだやれるとも、黒いの」


 効いてる効いてる。

 先程までのこいつらの余裕綽々な雰囲気は綺麗に消え失せている。


 だが、まだやる気があるのか。


 なら丁度いい。

 俺がどこまでやれるか、何をできるか試すための実験台になってもらうか。

 手足ならぬ前足後足の一本くらいは覚悟してくれよな、ははっ。

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