49・化物の本気
いよいよ背中にある秘密兵器のぶっつけ本番だ。
輪っかについてはわかっている。
デバフ無効というか状態異常無効というか、そんな感じの光が出せる。
その護りが光の効果なのか、点灯ランプみたいに効果中は光るだけなのか、そこまではわからない。
無効ではなく、強引に光の力で打ち消しているのかもしれない。
あれもこれもわからない。
理屈が不明な力に頼るのも不安があるが、四の五の言ってられないので気にしないことにする。今はとにかく便利な効果があるってことが重要なんだ。
それに、自分の力について謎なのは、今に始まったことじゃない。なんで生き返ったのかすらわからないんだから。
悩むのは後でいい。
無駄な思考を遮断する。
無効(仮)の効果がいきなり必要になるかもしれないので、あらかじめ輪っかを光らせておく。呪いとかかけられて後手に回りたくないからな。
……わからないといえば、この触手八本セットもそうだ。
俺は勝手に攻撃手段だと思っているが、どうなんだろう。
一応、どれも自分の腕と同じ感覚で動かせるのだけは判明している。それしかわからないともいう。
こんなギリギリ手前で覚醒したせいで、試行錯誤する暇もなく大ボス戦で投入することになった。
土壇場で閃いた、これらの新能力。
いかにも一転攻勢の鍵となりそうな要素だが、どうなるのか。練習が必要な能力だったら悲しいのだが果たして。
「あれこれ悩むのは後回しだ」
前にゆっくり踏み出しながら、触手を宙に揺らめかせる。
力を込め、ねじり、ギュッとたわめる。
なにせ相手は神だ。
手加減などできる相手じゃない。
光の力も触手に込める。思いっきり込める。どれだけの威力が出るのかもわからないのだから、あるものを込めるだけ込めるのだ。
神をブン殴ろうっていうんだ。どれだけ込めても込めすぎにはならないだろうからな。
だが、あまりチンタラしてもいられない。
もうこのくらいで充分だ。
「いくぜ星の神様。粗削りで悪いけどさ、化け物の本気──たっぷり受けてみろや!」
俺は、八本も増えた新たな腕を、悪趣味な仏像へと──
──解き放った。
大変なことになった。
この大部屋の中で、うかつにも打ち上げ花火に火をつけ、暴発させたのかと思ってしまうほど。
それくらいの爆発と衝撃と閃光が同時にやってきた。
……つまり、一体何が起きたのかというと。
俺の背中から生えている触手が、反発したように瞬時に伸び、神入りの仏へと殺到する。伸縮自在だったようだ。
その行く手を阻む、いくつもの黒い壁。
触手の半分はその壁に相殺され、はね除けられたが……残り半分は無事に激突した。
けたたましい複数同時の爆発音。
車に正面衝突したかと錯覚するほどの衝撃。
一斉にフラッシュをたかれたかのような光。
激突した瞬間、それらが屍楽天を中心に炸裂したのだ。
「ぬわーっ!」
思わずカッコ悪い叫びが喉から飛び出て、後方に弾き飛ばされた。まさかこんなことになるとは。
ぶっ倒れて無防備にならないよう、グッと片膝ついてこらえる。
もし俺が平凡な高校男子のままだったら、こらえるどころか錐揉みしながら吹き飛ばされてたに違いない。
いやー、化物で良かった。
ダメージを受けたのは建物も同様だ。
地震でも起きたみたいに震え、そこかしこに亀裂が走り、天井の破片だのホコリだの割れた照明だのがバラバラと降り注ぐ。この建物の寿命、だいぶ縮まったな。
……いやそんなこと気にしてる場合じゃない。
屍楽天は、神さまの入れ物はどうなった?
あの、鳳とかいう眼帯おっさんどもは? 俺の後方にいた間狩たちは?
強い光にやられたのか、目がぼやけてシバシバする。
「んっ」
ドラマとかに出てくる仕事疲れのサラリーマンみたいに目頭を指で摘まむ。
治れ、と願う。
……なんかスッとした。
治ったらしい。目薬いらずだな。
立ち上がり、十二時間くらい寝た後みたいな、すっかり元気になった瞳で周りを見渡した。
まず三人娘の安否確認。
「あのよぉ、やべーことするなら事前に言ってくれよ兄さん!」
様々な色をパレットで適当に混ぜ合わせたもので染められたような、巨大なモコモコの塊。
風船屋の声はその向こう側から聞こえてくる。
と、そのデカモコモコが、ポンと軽い音を立て、無数の小さなモコモコに分裂する。
そうして遮るものが無くなり、無事な三人の姿が見えた。
「……まあ、一応礼は言っておく」
「助かりました……とは言いませんよ。自力で防げましたからね。それでも、守ってもらったことは事実ですが」
その口ぶりから察するに、風船屋が式神使って、自分だけでなく二人もまとめて守ったのだろう。
恩を売るためか、たまたまか。
「ぐ、ぐはっ」
真っ赤な髪の毛をへなへなにして、井上裏切り野郎が、だいぶ離れたところで崩れ落ちていた。
衝撃をもろに食らって飛ばされたんだな。あれじゃもう、戦うどころか、動くのもままならないだろう。内臓までやられたかもな。
一人脱落だ。
「ちっ。未熟者が」
「しょせん、目先の欲と私情で動くだけの、つまらぬ三下ですからな」
眼帯つけてない左目でチラッと死にかけを見て、鳳が吐き捨てるように言い、続けて、神主みたいなおっさんが嘲笑った。
鳳の手には、短い棒みたいなものを、屍楽天のほうに手首を見せる持ち方で握っていた。
あれで衝撃を防いだのかな。
棒の両端は、幾つもの尖った爪が生えてる感じだ。うろ覚えだが、仏像とか、鬼神像とかが握ってるあれっぽい。呼び方知らん。
神主おっさんもノーダメぽい。
身の回りに鮮やかな紫色の蝶が飛び交っている。
普通の蝶とはどこか雰囲気が違う。
しかも大きい。
どのくらいの大きさかというとカラスくらいのサイズがある。
きっと式神だ。
わざわざ出したところを見るに、あれで凌いだんだろう。どうやったかはわからん。わからんことだらけで嫌になるな。
そして神さま入りの仏さまだが。
煙ともまた違う、真っ黒な湯気みたいなものに全身覆われていて、なんも見えない。
仕方ない。
湯気が薄まるまでちょっと自分の状態チェックしよう。
手足も頭も胴体もケガなし。
背中の輪っかも大丈夫。
触手は……
「何本かイカれてるな」
黒い壁と相殺された触手は無事だったが、本体をしばいた触手は耐えきれなかったのか消し飛んだらしく、どれも半分の長さになっていた。
わかっていたがやはり痛みはない。
痛みがないのはまあいいが、このままだと残り半分しか使いものにならない。それは困る。
だからこうする。
(こんな時のために溜めていたのだ)
腹部に溜め込んでいた血液を、悲しいことになった触手へ流し込んでいく……そんなイメージをする。
すぐ、消し飛んだ断面がくすぐったくなってきた。
やがて断面が脈打ち、泡立つように肉が盛り上がり、みるみるうちに元の形を取り戻していく。
十秒ほどで全ての触手が元通りとなった。
そこからさらに二分ほど待つ。
黒い湯気が晴れ、あらわになった屍楽天は──半壊としか言い様のない、無惨な姿だった。触手すげー効いてた。




