47・神の器
「いよいよ大ボス戦だ」
どんなのが待ち受けているのか。
どんな黒幕がいるのか。
腕が鳴るぜ。
「……んー、でもな」
足が止まる。
「……このまま本当に俺一人だけで最後までやっちまっていいのか? どうなんだ……?」
単独で解決したらしたで、お前らなんか最初からいらなかったよってドヤ顔で言うに等しい、調子こいた行為の気がする。
強さがかなり物を言いそうな業界なんだから、絶対に面子を重んじるよな。反社並みに舐められたら終わりみたいなところはあると思う。
先輩や他団体差し置いて活躍し過ぎる新人とか、後から色々と言われそうだ。
「変な恨みとか買いたくないしな……」
ただでさえ既に恨まれているんだからな。
悩ましい話だ。
なら、ここで誰か来るの待ってもいいんだが、待ってたせいで神がお空から降りてくるまでの猶予与えることになったら、それもまた最悪だよな……。
──なんてまごまごしていたら。
「…………ふん、やはり無事だったか」
「キヒヒ、そりゃそーよ。この兄さんが、あっさりくたばるはずねえからな」
「しぶとさだけは大したものらしいですね。そこは褒めてあげましょう、妖魔よ」
間狩氷雨。
風船屋(名前わからん)。
八狩雷華。
銀髪と、頭頂辺りの部分が黒い金髪と、銅色混じりの銀髪。なんとも豪華な髪色の三人が現れ、こちらに駆け寄ってきた。
三人とも、これといって手傷は負ってないようだ。
「よくここまで来れたな」
「待ち構えていた連中は他の者に任せ、機動力のある我々だけが、先に向かったのだ」
手傷もなにも、戦闘自体してないらしい。
白と黒、二匹の狼めいた式神をそばに引き連れて、間狩がそう言った。
あれ、なんて名前だったかな、この狼ども……………………うん、忘れた。
思い出せない。そもそもまず覚えていたかも怪しい。丸が最後についてたような、ついてないような……。
「この四人で神殺しってか。無茶なもんだぜ全くよぉ。ヒヒッ、キヒヒヒヒヒッ!」
カラフルなフワフワモコモコを身の回りに漂わせ、楽しそうに笑う風船屋。
こいつの名前はマジで知らん。誰もこいつを異名でしか呼ばないからだ。
だがフワモコな式神の名前なら覚えている。確か『バブルガム・エンジェル』とかいうノリノリな名前だったはずだ。
攻撃はもとより、オート防御にも移動にも使える便利な式神である。
武器の類いは何一つない。式神頼りか。
まあこんな有能な手下がいれば武器なんかいらんよな。
「まだそうなると決まっていません。仮にそうなったとしても、器さえ砕けば、再び御霊は還られるはず」
こちら(八狩)はというと、蛇をお供にしていた。
でかい。
アナコンダってやつなのか。犬とか子供とかやすやすと呑み込めそうなサイズである。
鱗の色は赤銅。
無論、ただ大きいだけの蛇ではない。
頭から鋭く長い一本の刃を生やした蛇なんか、この世にいるはずがない。
そして俺のほうずっと睨んでる。
「不安ですか? ふっ、別にそう怯えることはありませんよ。今はまだ、あなたをこの子──アガナギの餌食にする気はないので」
俺がジロジロ見ていたからか、八狩が聞いてもいないことを言ってきた。興味津々なだけなのにビビってると思われた。
話の内容的に、どうやら『アガナギ』というのが、その刃蛇の名前らしい。
日本刀を愛用している間狩と違い、この女は薙刀を武器にしていた。
きっと普通の武器ではない、それなりの逸話のある一品だろう。霊刀ならぬ、霊薙刀か?
改めて、三人をまじまじと見る。
みんな式神持ち。
なのに俺には一体もない。
少しだけ、寂しいものがある。
今度、根ノ宮さんに聞いてみるかな。式神所有するための方法をさ。あなたには必要ないでしょって言われそうな予感がヒシヒシとするが。
でも欲しいっちゃ欲しい。
せっかく日常ダラダラ系から異能伝奇バトル系に足を踏み入れたんだから、できるだけ堪能しないとな。
でもそれは今回の件をカタつけてからだ。
「じゃあ開けるぞ」
三人が、黙って頷く。
俺は神聖なお部屋の扉を──蹴り破った。
「はいはい、お邪魔しますよ」
何が待ち構えているかわからんが俺なら大抵は耐えられる。
扉を吹っ飛ばし、三人よりも先に、堂々と大部屋の中に踏み込んだ。くるならきやがれ。
「……礼儀のなってない少年だな」
無礼を咎める声。
飛び道具か火炎や電撃でもくるかと思ったが、案外、あちらは攻めっ気があまりないらしい。今のところはだが。
目の前にいたのは、三人。
さっきの声の主は、その真ん中にいる。
眼帯で右目を隠している、背広にコートでビシッと決めた、オールバックのおっさんだった。
実戦をくぐり抜けた叩き上げ指揮官って雰囲気が凄い。見た感じ、あのボクサーおじさんと同年代なんだろうか?
「神を降ろす聖域の扉を、あろうことか、足蹴にして開けるとは……実に下劣極まりないですね。まともな教育を受けてないとみえる。ああ嘆かわしい」
眼帯おっさんの右にいる、神経質そうな痩せ型のおっさん(神主みたいな格好している)がなんかうるさいこと言ってきた。殴りてえ。
そのウザ神主のそばには、あの聖剣と聖槍があった。
ちゃんとした作りの台座の上に安置させられている。ただのタンカに放置されてた俺とはえらい違いだ。
「あ、あいつだ。あいつですよ、鳳さん! あの野郎が七星の新入りのバケモンです!」
見覚えのある、真っ赤な尖った髪の毛の持ち主、井上なんたらが俺を指差してわめき出した。
前歯のめっきり少なくなった口を見られたくないのか、金属製のマスクをつけている。暴走族みたい。
あの眼帯おっさんは、鳳っていうのか。神主おっさんはまだわからんな。別にどうせ始末するんだから、わからなくても問題ないがね。
「おかしいな。三人がかりで仕留めたと、スプラッシュからは、そう報告が届いていたのだが」
「う~ん、仕留められてはないかな。胸に風穴は開けられたけどさ」
「そうか。だが、もう塞がっているように見えるぞ」
「若いんでね。怪我の治りも早いのさ」
腹一杯メシ食ったらこの通り、とは、言わなかった。
言おうとして止めた。呑み込んだ。
どこで何を食べたのかと、鬼の形相と化した間狩に詰め寄られそうだったからだ。危なっ。
「……なるほど。事実だとしたら、確かに化け物だな。人間業ではない」
「あんまり化け物化け物言われたくないんだけどな。デリケートなお年頃なもんで」
でも言われても仕方ないっちゃ仕方ない。心臓ぶち抜かれて再生する人間なんていないしな。
「あ、そうそう」
俺はズボンのポケットにしまっていたお土産を取り出し、放り投げる。
ゆるくアーチを描きながら、お土産は眼帯おっさん──鳳の足元に落ち、床にぶつかると、ガキンッという耳障りな音をたてて転がった。
「これは……!」
眼帯つけてないほうの目を見開いて、鳳が、思いのほか驚いていた。
お土産の正体。
それはボクサーおじさんが使っていた武器である、あのメリケンサックだった。
特に理由はないが、なんとなく、一個拾ってもってきたのだ。カッコよかったから。
「……どうやって、手に入れた」
ボクサーおじさんの遺品を拾い上げ、鳳が俺を睨み付ける。
「はは、言わなくてもわかるだろ。戦利品だよ、戦利品」
「あの君島を始末したと、そう言いたいのか、少年」
君島。
その名前が出てきて、神主おっさんや井上真っ赤頭からだけでなく、俺の背後からも驚きの声が上がった。
この業界でも名が売れてたようだなボクサーおじさん。まあ手強かったしなー。
「そんな名前だったんだ、あのボクサーおじさん。すぐ殺し合いになったんでさ、お互い自己紹介する暇もなかったよ」
「…………これは、思っていたより、はるかに厄介な存在かもしれんな。神降ろしの儀式が早めに完了したのは幸いだった」
鳳が、聞き捨てならないことを言い、背後を見上げる。
そこに鎮座していたのは、以前、俺があの病院の地下で撃破した人造の仏──屍楽天だった。




