45・堂々と暴れようか
タイムリミットは過ぎたらしい。
ならば、通気口を縦横無尽にハイハイして手頃な獲物を襲ってる場合じゃない。堂々とやろう。
むしろそのほうがやりやすい。
「はいサヨナラ」
いきなり廊下で人食いモンスター(俺)と遭遇してしまった不幸な二人組。
無駄な抵抗をするなと言ったのに無駄な抵抗をしようとしてきたから『詳細不明砲』の露と消えてもらった。忠告したのに。
壁に大穴が空いて外の景色が丸見えになったが、換気を考えたらこれで良しだ。夏場は閉めきってると蒸し暑い空気がこもるからな。
まあ外は外で暑いんだが。
太陽も元気にお空に浮かんでるし。
「あ、やべ」
忘れてた。
ついデカイ一発を放って、うっかり跡形も無くしてしまった。
生き血を飲もうとしてこいつらを襲ったのに。
なんたる本末転倒なんだろうか。
「あーあ……」
男達がいた辺りを見渡す──までもなく、一目でわかる。
これじゃ無理だ。
ほとんど死体が残ってない。手足の先っぽが何個か散らばってるくらいだ。
「マヌケやっちまったな……」
だが悔やんでも仕方ない。時は戻らないし戻す力もない。
次だ次。
次の獲物にいこう。
生きのいい血袋が俺を待っている。
「喰らえオラァ!」
「おぶぇっ!?」
日本刀をかわし、右ストレートを新たな獲物の顔面にぶちこむ。
かわせなかった。
左の肩甲骨辺りに命中。しかしノーダメである。
華麗に紙一重でよけたかったが、まあ相討ちならよし。このくらいの勢いや武器の質じゃ俺は真っ二つにならないからな。でも殺意の矢印で攻撃くるところわかってたのにかわせないのは情けない話だ。
刹那のクロスカウンターみたいな、高度なやり取りはどうもまだ無理らしい。
もっとフットワークを磨いたほうがいいな。でないと俺に命がけでボクシングのいろはを教えてくれたあのダンディおじさんが可哀想だ。
それはいいとして、一方、俺のパンチを受けた二十代に見える男はというと、頭の左半分が破裂したように吹き飛んだ。
医師による死亡確認を待たず火葬場送りにしても問題ないくらいのダメージである。そんなに力入れてないのに。
なんとも我ながら凄い拳だ。
「ご、ぼぼげぼ、ぼ……」
血の泡を吐きながら男は崩れ落ちた。
そして立て続けに鳴る、発砲音。
どうも背中を撃たれたらしい。
銃かな。
らしいというのは、音のわりには背中に当たった感触が大したことなくて、撃たれた実感が薄いからである。
「くすぐったいな」
小学生の頃、授業中、悪戯好きな友達に後ろから消しゴムをぶつけられたのを思い出した。
「う、嘘だろ、なんで効かない!? 対人どころか対魔性用の強化弾だぞ!?」
「へぇ、そうなのか? よくわからんけど、凄いものだったんだな。俺はてっきり季節外れの節分だと思ってたよ」
「ば、化け物……!」
さっき倒れた男と同年代ぽい見た目の男が、全弾撃ち尽くした拳銃の引き金をしつこくカチカチやっている。
よく漫画や映画とかで拳銃効かずに焦ってるキャラがついやったりするやつ、あれだ。
やっぱ本当にやるんだな。
「ま、なんにしても死んどけよ」
男に向かって駆け出した。
「ふざけ……!」
「──おりゃ」
「うげばあっ!!」
男は背中の辺りに手を回し、二丁目を取り出そうとしたが、そんなことを俺が律儀に待ってやるわけがない。
取り出す前に仕留めることはできなかったが、一発も撃たせることはなく、間合いを詰めると槍のように突き出した腕で胸板を貫いた。
粘土の塊に思いっきり腕を突っ込んだような感触。
人間って本当にもろくて柔いな。
「うまいうまい。男の血でも、まだ若くて死にたては、新鮮だな」
同じ轍は踏まない。
今回はちゃんと死体を残した。
右腕で貫いたままの死体を持ち上げ、簡単に引き裂き、浴びるように生き血を呑む。
浴びるようにというか、がっつり浴びているんだが。
リーグ優勝かな?
「ごくごく…………ぷはっ。はは、もしこの人食い鬼みたいな姿を間狩が見たら、怒髪天だろうな……」
だから証拠隠滅だ。
いつものように血を吸い上げる。
豪快に飛び散った血液が、真っ赤な霧となって俺の口に吸い込まれていく。
あとに残るのは干からびた……とまではいかないが、血を失ってやつれた死体が二つあるのみ。
どういう理屈かわからないが、不思議なことに、気体ではなくちゃんと液体を吸っている感覚がある。
チクワみたいな巨大なストローで一気に吸ってるような気分だ。
「我ながらわけわからん身体だ」
まあ死んだのに当たり前のようにあっさり生き返る時点で意味不明だけどな。
どうせなら生き返ったときに説明書も欲しかったぜ。
どこまでやれる肉体なんだかまるでわからないし底が知れない。ここまでくると我ながら怖いものがある。
でもこうなった以上この身体と上手くやってくしかないわけで。
「……ふぅむ、玄関ホールのほうにだいぶ向かってるな……」
床に耳をくっつけ聞き取りする。
自己流ソナーによる探知。
爆発音や破壊音でやかましいが、どうも今、工場の最奥はガラガラのようだ。
たった三人しかいない。
まあ、神様のためのでかい入れ物が奥の奥にドンと構えているのだが。
「やっちまうか」
間狩達と合流したいところだが、もし逃げられたら、後々いらんちょっかいかけられそうだしな。
「そうと決まれば」
善は急げだ。
誰一人逃がすことなく、さっさと終わらせてしまおう。
ドゴン!
ドガアアッ!
頭の悪い巨体キャラみたいに壁をタックルでぶち抜きながら、俺は目的の場所へと最短で突撃を開始したのだった。




