42・専用通路
ウダウダ細かいことやるのは性に合わない。だが何も考えず暴れるのもそれはそれでアホみたいなのでプラン練ろう。
まず、ここの連中は俺が死んだと思っている。
疑うそぶりすらない。
つまりバトル開始の主導権は俺の手にある。
いつ、どのタイミングで弾けたら一番効果的になるか、そこだけは慎重に考えねば。
しかしあまり長く考えてる暇はない。
ここに向かって来ている間狩たち御一行が殴り込みかけるのも時間の問題だからだ。
それ自体は別にいい。
勝手にやってくれ。こっちもこっちで好きにやるから。
不安なのはあいつらがどう判断したか、そこだ。
俺が油断でもしてやられてしまったと思ってるだろうか。
それとも、裏切って敵の側についたと思ってるだろうか。
身の潔白を証明しろとか言われたら面倒くせえな。いい機会とばかりに討伐しようとしてくるんじゃないか。特に間狩。
「矢印は……ああ、もう見えなくなってるか」
そりゃそうだ。
死んだ者にいつまでも敵意や殺意を持ち続けるやつなんて、まずいないからな。だから消えたんだろう。
これで誰の居場所もわからなくなった。
「気配探るか」
集中してみる。
以前、精神の網みたいなものを張り巡らせて、風船屋の接近を感知した。
久々にまたやってみよう。
「──駄目だ」
どうしてもできない。
妨害でもされてるのか、網を張ろうとすると散らされてしまう。そんな感覚がある。
この建物自体に感知をさえぎるような術でもかけられてるのかもしれん。そのくらいのガードはあって然るべきだ。
こうして霊的なアプローチは失敗に終わった。
でも俺は諦めない。第六感が駄目なら次は五感だ。
具体的には耳である。
「聞き取り調査やるか」
うつ伏せになり、床に片耳をくっつけて、音で周囲を探ってみる。
「…………おっ」
わかる、わかるぞ。
これは当たりだ。
床から伝わってくる音。声。振動。位置情報や姿かたち。面白いようにどこに誰がいて何があるのかわかる。ソナーってこういうものなのかな。
何事もやってみるもんだ。
「人数は……二十人以上はいるな……」
ひと固まりになってはいない。
だいたい二~三人くらいの集まりで工場に散らばっている。ピンも何人かいる。ぼっちはどこにでもおるんやなぁ……。
さらに探る。
「工場の奥……何かあるな。人型だ。デカイぞ……。羅喉とか言ったっけ、その神さんをこの世に降ろす、入れ物なのか? その近くに数人……『あの人』とやらが、その内の誰かなのかな……」
この目で確かめれば白黒はっきりするが、耳だけではこれが限界だ。
それでも十分すぎるほどである。凄いね俺の耳。
工場内部については、おおかた把握できた。
あの巨大な人型のある場所。きっと聖剣と聖槍もそこにあるに違いない。根ノ宮さんの話だと、神降ろしとやらに利用するみたいだからな。どうやって利用するかまでは知らんけど。
俺一人で全部片づけたらボーナスとか出ないかな?
「なんにしても、ここにトンネル空けられた借りは返したいぞ」
さっきまで大穴開いてた胸元をさする。
穴は、もうなくなっている。
メシ食って塞いだからな。
でもぶち抜かれた事実は消えない。
お礼参りを決意して、ニヤリと笑う。
好意的ではなく、好戦的な笑い。
今の今まで人間食べて血みどろになってる奴が不敵に笑う。気の弱い人間が見たら失神しそうな化け物ムーブだな俺。
「すううーーーーーー……っ」
このまま工場内をブラついてもいいが、ちょっと汚れすぎてるよな。
少しは格好にもこだわりたい。
なので汚れを吸ってみた。
あのことを思い出したからだ。
それは、俺がトラックに体当たりされて死んだり復活したり忙しかった頃。
仮死状態みたいだった俺に人の血液ぶっかけたら全部吸い込んだと、あの触手生やした化け物──ヨシモトさんは言っていた。
なら、完全に甦ってる今の俺なら、意図的にそれもできるのではないか。
できた。
顔や手や穴の空いた上着などに付着していた頑固な汚れが、血の霧となり、渦を巻いて俺の口へと吸い込まれていく。
真っ赤に染まってたボディも衣服もすっかり元通り。綺麗になりました。
「多芸だなこの身体」
今後また大ダメージ受けたら、適当に殺してからこうやって吸おう。
手間がかかるし獲物がいないとできないのは欠点だが……。
「…………まてよ」
──こういうのはどうだ。
事前に吸っといて、何かあったときのために溜めておくことはできないか。
試してみよう。何事も実践あるのみだ。
部屋の天井付近にあった通気口。
映画とかである、占拠された建物内を主人公が自由に移動するための手段になる空間。
そこに潜り込み、そのまま獲物の居場所にまで這い進む。
運悪く、近場で単独行動していた男のもとへ。
いた。
どっからどう見てもおひとりさまだ。
一応また耳で探り、こちらに来る者がいないのを確認して、通気口から廊下に舞い降りる。
「うおおっ!?」
不意の遭遇にギョッとして面食らっている男に素早く掴みかかった。
「なっ、なんだテメエ……!」
俺より何歳か上くらいの男性。大学生くらいだろうか。
男はよくわからない文字(梵字ってやつか?)がいっぱい彫られた棒を持っていたが、それを振るう間など与えはしない。
「騒ぐな。すぐ終わる」
「ぐっ!? ぐうっ、は、離しやがっ……おげ!」
首をへし折った。
すかさず肩にかぶりつき、思う存分血を啜る。
当然あの吸引能力を使っている。赤いものを床にこぼして痕跡を残さないように。
同時にイメージする。
奪った血液とか、命とか、生命力とかを、腹の奥にたくわえるイメージ。
そうしていると、何かが溜まっていくような感覚を、下っ腹辺りにおぼえた。
これか。
これなのか。
理屈などない直感だが、そんな気がする。
またひとつ新たな能力に目覚めた。
そう、理解と実感ができた。
「──これくらいでいいだろう」
あらかた吸い尽くした遺体を適当にそこらにしまい込み、また専用通路へと戻る。
さあ、次の獲物が待っているぞ。




