40・三対一、ひとまずの決着
今の戦況だが、実はグラサン親父を倒せば勝ったも同然である。
近接役のいなくなったスナイパーなんて簡単に捻ることができるからだ。
推測だけどその認識で間違ってないと思うね。
でもハンドガンの一丁二丁くらいは持ち合わせてそうだから、何発か撃たれるかもしれない。ンなもん効かないだろうけど。
「しぇいっ!」
とか予想してたら二度目の居合いがきた。
さっきよりも低い一撃。足か。
膝。
スネ。
足首。
そのどれかだ。
胴を薙いだが失敗に終わったので、今度は手足のいずれかを狙ったのだ。で、攻撃力より移動力を下げるほうを選んだらしい。
刃からは黒い煙のようなものが漏れているように見える。霊気というやつだ。間狩も似たようなことをしてたな。
さっきはそんなもの無かったはず。
つまり本気の斬撃だ。
「おっと」
腹を斬られなかったんだから足だって無事に済みそうだが、済まなかった場合のことを考えて避ける。
右足狙いの刃。
黒煙を噴き出すそれを、バックステップでかわしたのだが──
「ひひ、甘いねぇ!」
足狙いは牽制か。
グラサン親父は攻撃の勢いを殺すことなくくるりと一回転し、こちらに大上段の構えで飛んだ。
唐竹割り。
脳天から俺を真っ二つにする気らしい。
どす黒い霊気を漂わせる刃が、俺の頭部に──
「おいさぁ!」
白刃取りやる余裕はなかった。
間狩の刃より、こっちのほうが勢いが鋭い。勢いだけでなく切れ味も上っぽい気がする。
そんな鋭い一撃を額で受けるのはちょっと遠慮したい。
だから正面から殴った。
当然、拳には、あのよくわからない光の力を込めてある。
とっさの判断だからそんなに込められなかったが、どうだろう。
「あ、あっしの刃が……!?」
グラサン親父の剣が砕け、細かい無数の欠片になった。よっしゃよっしゃ。大丈夫だった。
「これで二人目!」
喜ぶのもつかの間、間髪入れず左の拳を叩き込む。
「!」
それより早く、グラサン親父が、刃の砕けた仕込み杖の持ち手──柄に該当する部分──を投げつけてきた。
顔に当たる。
当たり前だがダメージはない。
ないが、俺の目測を狂わせるには、それで事足りた。
そのための一投だった。
「ひひぃ! やべぇやべぇ!」
グラサン親父は、必死の形相で俺の左ストレートを横に避ける。チッ。
そのまま脇目も振らず走り出した。
「こりゃ化物すぎるわぁ! 退散退散っと! 三十六計逃げるに如かず!」
損切りするのはえーなおっさん!
もう撤退かよ!
「誰が逃がすかコラ!」
こんなズル賢い手練れを生かしておいたら後々面倒なことになる。
ただの仕込み杖じゃなくて、それなりに由緒ある武器とかで再戦挑まれたら痛い目見そうだ。だから今殺す。
「ん……!?」
脇目も振らず逃げるグラサン親父を、本気の走りで追いかけようとした……のだが。
なんか足に引っ掛かった。
右足首。
草? それとも蔦?
いや、この感触はそうじゃない。人間の手だ。
「や、やっちまってくれ……姐さん……」
ニット帽かぶった猿モドキが足首掴んでいた。まだ生きてやがったか。
どいつもこいつも、切羽詰まってから嫌な一手を打ちやがる。
「だけど、こんなもん時間稼ぎにも──」
「よくやった!」
しょせん死にかけの握力。
右足を動かし、あっさり振りほどいたのだが。
ここまで案内してくれたのよりずっと太い矢印の列が、俺の胸元に──
ドォウンッ!!
大砲の発射音みたいな轟音がして、俺のみぞおち辺りに、大穴が空いた。
誰が見ても致命傷だと判断するだろう、そんな血みどろのトンネル。
しゅうしゅうと湯気を立てて、開通したばかりである。
「ぐふっ……」
えずくように呻く。
力無く、風に煽られた紙切れみたいに、ぐらりと体を傾かせ、ニット帽の男の上にかぶさるように倒れていく。
演技である。
別に痛くも痒くも熱くもない。脱力感もない。元気だ。
(血でも吐けたら、さらに説得力が生まれたんだがな)
傷口からも血が流れないのを、不審に思われたらどうしようか。
けど、湯気出てるし、焼け焦げて止血になってると思ってくれそうな気もする。それを信じよう。
「……流石に、これは耐えきれなかったか」
草むらを踏みしめる音。
仰向けに倒れてるのでわからないが、あのスナイパー女──スプラッシュといったか──が、近づいてきたのだろう。
勝利を確信して。
実際には蟻地獄に自分から立ち入ろうとする蟻なのだが、わかってないに違いない。
「助かったぞ奥田。お前のことは忘れん。安心して眠れ」
奥田と呼ばれた、俺の下にいるその男からの返事はなかった。
呼吸の音もしない。血管の脈動も全く感じられない。
今度こそマジで死んだらしい。
さっきのが最期のあがきだったのだろう。
なかなかのファインプレーだったな。お陰でこんな目に合わされた。
ここからどうしよう。
不意打ちするかしないか。
迷っていると、こちらに走ってくる足音がした。いくつもだ。
「……遅くなりました」
そこに別の声。男の声らしい。
新顔ならぬ新声か。
「あちらはどうなっている?」
「今、大門が足止めしてます。ですがそう長くは持たないでしょう。あの女は化け物じみてますから」
あの女──天原さんのことだろう。
「そうか」
「滑首さんは?」
また聞き覚えのない別の新声。一人目より若い感じだ。
「形勢不利と判断して逃げた。拠点に向かっただろうから放っておけ。奥田はその少年の下だ。多分冷たくなっているに違いない。二体とも運べ」
「「「はっ!」」」
異なるいくつかの声が同時に返事した。
「奥田は後々弔うが、その少年の遺体は──あの人にどうするか決めてもらおう。超人の遺体だ。使い道はいくらでもあるだろうからな」
物騒なこと言ってんな……けど、まあいいや。
せっかく運んでくれるってんだから、ここはお言葉に甘えよう。皆殺しはその後からでいいからな。




