4・氷姫
姿を現したのは見ず知らずの謎の人物──ではなく、ほとんど会話したことないけど一応知った顔だった。
背中まであるきらめく銀色の長い髪に、冷たさをたたえた黒の瞳、作り物のような整った顔。
見覚えのある女子の制服。上はブレザー、下はスカート。
そして見覚えのない日本刀。
……日本刀かぁ。
未成年が、そんなもん持ち歩いて振り回していいはずないよな。
法を無視しててもヤバいんだが、もし法で許されてたらもっとヤバい。国が認めてることになるからな。
そんな殺人許可証持ってるかもしれない女の子の正体は、高校のクラスメートで、校内屈指の美少女と名高い、間狩氷雨だった。
ほとんど無表情を貫いているクールな態度と彫刻めいた美貌、そして名前にちなんで『氷姫』という異名がついている。
白夜高校三大美少女の一人である。
他二人については……いずれ別の機会に語ることにしよう。
それどころじゃないからね。本当の意味での死活問題だからさ今。
「……罪なき人々の屍を弄ぶ、邪悪な輩……その所業にふさわしい醜悪さだな」
間狩は、十メートルくらいの距離までこちらに近づいた。
普段とは比べ物にならない、見るもの全てを凍りつかせるような視線をヨシモトさんだったものに飛ばすと、次に俺のほうを見た。
いつものひんやり目付きだ。
よかった。まだ敵と認識されてないぞ。時間の問題な気もするが。
「そこの君は…………まさか、天外くんか? どうして、なぜここに……?」
俺を認識すると、目がいつもより大きく開かれた。明らかに困惑している。
初めて見る間狩の一面だった。
こんな状況じゃなければ、クラスの女子との朗らかな一時だったはずなのだが、あいにく今は修羅場だった。
ふぅ、と一息つくと、彼女は厳しい目を俺に向けてきた。
凍りつくとまではいかないが、ひんやりという生易しいものでもない。氷水のような目付きだった。
「そこの屍鬼と同類……ではないにしても、つるんでいるのなら、やはりあやかしの類に違いないということか。今の今までよくごまかし通せたものだ」
「ちゃうちゃう。ずっと人間だったよ。今はどうだか微妙だが」
「そうか。──いずれにせよ、私は私の役目をこなさねばならない。クラスメートを斬らねばならないのは心苦しいが……これだけの被害をもたらした者を見逃すのは、無理だ」
「そこをなんとか」
「できぬ相談だ。被害者たちの魂の救済のため、せめて、おとなしく討たれてくれ。退魔の一族に生まれ落ちたこの私に言えるのは、もうそれだけだ」
「どうしても?」
「くどい」
お喋りはここまでだと言うことなのか。
間狩は口をギュッと閉じ、切れ味の凄そうな日本刀を両手持ちして、斜め下段に構えた。
うわ、本気で人を斬る人の顔してる。
そんな顔とか一度も見たことないけど、きっとこの顔はそういう顔だ。間違いないってこれ。
目つきも凍りつきそうなやつになってるし。
見逃してくれるかと思ったが駄目か。
しかも共犯扱いって。
「言ってくれる、もの、だな。たかが小娘が。霊刀に、頼るしか、ない分際、で」
あー、こっちもやる気満々か。
避けられぬ決戦の幕開けかよ。
……帰りたい。
帰って、カボチャゲームやりたい。野菜と野菜をぶつけてさらに大きな野菜を作ってハイスコア狙いたい。
──いやマジでどうしてこんなことになったんだろうな。
俺は交通ルール守っていただけなのに。
いきなりトラックに体当たりされて人間やめることになるわ、病院を舞台にした殺戮劇の片棒担がされるわ、踏んだり蹴ったりすぎやしないか。
だいたいさ、被害っていわれても、こいつが食い物や飲み物を撒き散らしただけだろうに。
まあ、ゾンビ化させたのは食い物で遊ぶようで行儀が悪いかもしれないが、そこまでキレなくてもよくないか。
ってウダウダ言ったら眉間にシワ寄せて怒られた。
人の命を何だと思ってるんだって怒鳴ってる。
何だと言われても、美味しくいただく血袋というか、命は別にどうでもいいかな……って本音を呟いたらもっと怒られた。
オブラートに包んで言うべきだったか。
でもこの怒り方を見るに、どうやっても駄目な気もする。
「彼ら一人一人にも、歴史があり、尊厳があり、家族があったんだ。それを、君は……どうでもいいと言うのか……!」
「そんな怒らんでも」
言ってから気づいたけど、この返しは駄目だな。
火に油を注ぐことになりそうだ。いやガソリンかもしれん。
「粗末にしたのは悪かった。すまない。残さず食べなかったのは確かに勿体無いことだと思う。でも意識ないときにこいつがした事なんで俺はわからなかったんだよ。大目に見てくれないかな」
「…………もういい。君はもう、私の知る天外くんではない」
親しくもなんともない間柄で何言ってんだこいつ。
高校で初めて顔見知りになったんじゃねーか。それにしたって単に同じクラスなだけで会話も数回だけ。
そんなお前が俺の何を知ってるんだよ。
あほか。
って感じのことを、ムカついたからつい吐き捨ててみたら、構えていた日本刀の刃部分から青白い炎みたいなものが現れ始めた。
怒りの炎かな?
刀の能力を解放とかしたのかもしれん。
オーラとか霊力とか、そんな感じのオカルトチックなものが可視化できるくらい本気になった線も捨てがたい。
ま、これが本命か。
まさか本当に燃えてはいないだろうと思うが、斬った者の脂が染み付いてる理論もあり得る。漫画で見た。
あれで斬られたり刺されたりしたらどうなるんだろ。
燃えるのかな。浄化の炎とかいうやつか?
「テンガイ様、ここは、わたくしめに、おまかせ、ください」
「わかった。じゃあな」
ありがたい。
俺は二つ返事で了解すると、出口めがけてダッシュした。
そのまま直進したら自分から斬られに行くようなものだから、間狩を避けようと弧を描いて逃走する。
「逃がすものか」
「やらせぬ」
ガキィンという金属と金属のぶつかる甲高い音が鳴った。
「チッ! 邪悪な亡者の分際で!」
おそらく、間狩が俺のほうに飛びかかろうとしたところを、ヨシモトさんだったものが触手でも伸ばして牽制して、それを日本刀で受け止めたのだろう。
逃げるのに夢中で目をやる暇などなかったが、まあ声や音で何となくわかる。
「あばよ!」
あの女が入ってこれたという事は、入口はご自由にお通り下さい状態のはずだ。
今なら脱出できる。
とにかく、ここからできるだけ離れよう。
今後の進退や衣服について考えるのはそれからだ。時間稼ぎよろしく頼むぜ化け物一号。
走るのに邪魔なスリッパを脱ぎ捨て階段を駆け下りながら、俺は正面玄関へとひた走るのだった。




