39・三人に勝てるわけないだろ。そう思っていた時期が(略
仕込み杖(じゃないかと思うんだが実際どうなのか確信はない)を使うグラサン。
猿みたいに木の上にいる男。
スナイパー女。
こっちは俺一人。
うん、どこからどうみても不利だね。
普通はね。
でも、俺は普通じゃない。
ウイルスとか改造手術とか石の仮面とかじゃなく、トラックアタックで人間やめた存在だ。やめさせられたともいう。
むしろ不利なのはこいつらのほうだろう。
愚かなただの人間どもめ、俺の偉大なる力を思い知るがいい。ぶっ殺してやる。でも一人ぐらいは生かしておいてもいいかもな。
知ってることを洗いざらい吐いてもらう要員だ。
「さて、やるか」
スナイパー女へと一歩踏み出した、その時だった。
頭上から影が舞い降り。
その影とほぼ同時に、仕込み杖の男が俺との距離を詰めてきた。
同時攻撃。
ちょこざいな真似をしやがるぜ。
女は──あ、木陰に隠れた。そこそこ太い木だ。
「おいおい」
悪いがそれ意味ないぞ。
隠れたところで、その木ごとやっちまえばいいんだからな。
そして俺はそれを実行に移せる手段持ちだ。
「シィッ!」
歯と歯の隙間から空気を噴き出し、前のめりっぽい姿勢から、グラサンが俺の腹を斬ろうとした。
やっぱ仕込み杖だったか。
「とったぁ!」
五指に鋭く長い爪の付いた鉄甲。
そんなのを装着したニット帽の男が、叫びながら、右腕を俺の頭部めがけて振り下ろす。猿かと思ったりもしたが違ったようだ。
ばぎんっ!!
がぎぎぃっ!!
とても固いものを割ろうとして逆にへし折れた、粉砕されたような音。
とても固いものを割ろうとして上手くいかなかった、耳障りな擦れる音。
二種類の音が重なりあうように鳴った。
俺の頭の上からと、胴体からだ。
頭を狙ったのは、片腕で防ぎ。
腹を狙ったのは、腹筋に任せた。
どちらも立派に働いてくれた。
「かっ、固っ……!?」
「ふひゃ! 斬れぬときたか! あっしもまだまだってこったな!」
いや、刃が折れなかっただけ、たいしたもんだよアンタ。
「んしょ」
「げっ! は、離せっ──」
空いてるほうの手で、鉄爪の折れた腕をガシリと掴む。
そして腕の先にある胴体を、グラサン親父に叩きつけた。
人間やめてる俺の腕力から繰り出される、加減のない振り下ろしだ。当たればただでは済まないだろう。
「喰らえオラァ!」
「ふほっ!」
あっ。
惜しい。
人間鈍器による一撃は当たらなかった。
しかも、楽しげな声出しながら避けやがって、このグラサン親父。けっこう余裕ありそうだな。
──まあいい。
少なくとも一人はこれで仕留めた。
「ぶげぼぉ!!?」
当たらなかったということは、つまり雑草生い茂る地面に、ニット帽男の身体が高速激突したわけで。
そうなるとどうなるか。
「おっ、おぶぉ、ごぼばっ……」
ニット帽男はビクビク痙攣しながら、顔のありとあらゆる穴から血を流し、言葉にならない呻きをあげている。
きっと、ビルの屋上から飛び降りたくらいの衝撃はあっただろう。身軽そうだから受け身くらい取れたかもしれないが、もう戦えないのは間違いあるまい。
「一人脱落」
あと二人か。
このペースなら、天原さんがあの猛ダッシュでここに到着するより先に全滅させられそうだな。
「奥田!」
樹木の向こう側から女が名前を呼ぶ。
「ふひ! ありゃもう駄目だ、使い物にならんよ。あっしらだけでカタつけるしかないねぇ! ふひゃははっ!」
「おのれ……!」
残った二人の温度差酷いな。焼きたてパンとアイスクリームくらい違うぞ。
「これで二対一か……」
「そうなるねぇ、ひひぃ」
スベクビと呼ばれたグラサン親父が、腰を落とした姿勢をとる。
剣を構えてはいない。また杖の中に刃を納めたようだ。
居合いの姿勢というやつだろう。巻き藁を斬る動画とかで見たことがある。
いちいち刃をしまわずに普通に構えて斬りつけたほうが、居合いより早いと思うのだが……そこは本人のポリシーなのかもしれない。
「しっかし、あんたらみたいなのがまとめて刺客で来るって、どんな奴に恨まれたんだろな、俺」
「ひひ、知りたいかい、頑丈な兄さん?」
「知りたくないといえば嘘になるね」
知ったところでこの状況が変わるわけでもないが、でも知りたい。
「井上五実矢。この名に聞き覚えはあるだろ?」
「あー、あいつか。はいはい、あいつね」
真っ赤に染めた髪の毛を筆みたいに立てたチンピラの顔が思い出され……あれ、どんな顔してたっけ……。
……………………思い出せねえ。
と、とにかく、俺にボコられた腹いせか何か知らんが、俺の戦利品持ち逃げした裏切り者だ。
「裏切った見返りに自分を痛めつけた化物野郎をどうか仕留めてくれと、泣きついたわけさ。ひひぃ」
「よくそんな要求を呑んだもんだね」
「槍と剣を持ってきてくれたのが、それだけ有り難かったってことさぁ、ひひっ」
「なんでそこまで」
「ちと、特別な儀式をやるのに、強い聖性を宿したものがどうしても必要でねぇ。詳しくは教えられないがね。ひっ、ひひひひぃ」
「もしかして、それって羅喉とやらを呼ぶためにか?」
ちょっと驚かせてやろうかと思ってその名を出したのだが、影響はあまりに大きかった。
グラサンの顔から笑いが消え、どこかおどけたものだった気配が冷え込んできた。
木を挟んで反対側にいるスナイパー女──スプラッシュからも、気配が変わったのが感じ取れた。
本気の殺意だ。
「──滑首さん」
「……ああ、喋りすぎたねぇ。悪い悪い。……頑丈坊や、お話はここまでだ。殺し合いの再開といこうじゃないかい」
やべ、選択誤ったな。
もうちょいペラペラ喋らせたかったが、ついポロっと言っちまった。惜しい。
けどこうなった以上もう諦めるしかない。戦闘続行だ。




