35・星空の神
「その、なんたら騎士団……」
「聖ローラン騎士団な」
「まあなんでもいいや。そこの送り出した刺客がこのシスター姉ちゃん二人だと」
「それだと意味が重複してないか?」
「細けえこと気にすんなよ」
できるだけ分かりやすく事情をかいつまんで教えると、玉鎮は腕組んでうんうん頷いていた。
だが本当にわかっているかどうかはかなり疑わしい。
騎士団の名前すらもう忘れてたくらいだ。信用できねえ。
「んで、お宅らはこいつに大事な武器をあっさり奪われて、返してもらえると思ってたら、うちの裏切り者に持ってかれたと」
「そうデス」
「それで合っています」
「それってあんたらが不覚取ったのが一番悪くね? 騎士団とやらの一員が怪物に軽くあしらわれるとか大恥だろ」
怪物言うなや。
せめて超人と呼んでくれないか。
「そ、それを言われると、痛いデス……」
「ぬぐぐぐ」
「とは言ってもよ、こいつを出し抜くなんて無理な話だと思うけどよ。正真正銘、桁外れのバケモンだからな、こいつ」
これは褒められてるのだろうか。
……うん、褒められてると思っておこう。そのほうが気分がいい。
「ところで他の二人はまだ来てないのか?」
「いや、もう来てるんじゃないか──って言ったそばからだな。おい、こっちだこっち!」
玉鎮が豪快にぶんぶん手を振る。
その方向へと顔を向けると、姫二人がこちらに歩いてきていた。噂をすればなんとやらか。
「おはよう」
「おっす」
間狩の視線は玉鎮にしか向いてない。明らかに俺への分がない挨拶だ。
全く、挨拶くらいちゃんとやれよな。
「おはようございます、玉鎮さん、天外君」
グロリア先輩はそんな心の狭いこともなく、きちんと俺にも声をかけてくれた。心の広い人だ。
「うーす姐さん」
「ども、おはようございます先輩。あと間狩も」
「私はオマケか」
「ついでに挨拶しただけまだマシだろ」
出だしからツンケンしてくるんなら、こちらもそれなりの対応するさ。
「…………おは、よう」
非は自分にあるとわかったらしい。
ギクシャクしてはいたがちゃんと挨拶してきた。そこで素直になれるのは美徳だな。
「ああ、おはよう間狩」
そうなればこちらも普通に返す。
根に持ってここでおどけるほど幼稚でもなければ性格悪くもないんでね。
挨拶も終わってそこそこで、三姫とシスターズが、どちらからともなく自己紹介を始めだした。
俺はもう双方を把握してるしされてるから蚊帳の外である。少し離れた場所の椅子に腰を下ろし、様子を眺めることにした。
変なプライドや思想を捨てて……とまではいかなくても、脇に置いて、少しは友好的になってほしいものだ。特に俺に対してな。
「──お揃いのようね」
「あ、根ノ宮さん、どうもおはようっす」
「おはよう、天外君」
動力不明のオート車椅子に乗り、根ノ宮さんが現れた。
それは、つまり……
「彼らの根城がわかったわ」
「へえ」
「どこなんデスか!?」
「教えて下さい!」
シスター達が色めきだって詰め寄る。
「まあ落ち着いて。順に説明しますから、そう慌てない」
にこやかな微笑みと、ゆったりとした言葉遣い。
その雰囲気と笑顔に毒気を抜かれたように、シスター達が落ち着きを取り戻した。
「場所は、隣県とこちらの県の境目にある廃工場。以前は製紙業が営まれていたところらしいわ」
いかにも悪党が潜んでそうな場所だな。
製紙工場か。
臭いんだよなあの工場。
近所の住民とか鼻つまみながら生活してんのかね。それとも慣れて平気なのか。
「そこに安愚羅会の奴らと、品性の無い裏切り者である、井上五実矢がいるのですね」
間狩が静かに闘志を燃やし始める。
やる気満々のようだ。
「いることはいるけど、全員ではないわね。全員では」
ん?
なんか含みがあるな。
「実は、先ほど連絡があったの」
「どこからでしょうか」
グロリア先輩が問う。
「安愚羅会のトップよ」
「……は?」
先輩が、理解の及ばないという風な顔をした。
根ノ宮さんの言葉をうまく理解できないのは先輩だけではない。
間狩も、玉鎮も、そして俺もだ。
どういうことなんだ。何故そうなる。
わけわからん。
こっちの下っぱをそそのかして剣槍盗ませたのに、今さら何を伝えたっていうんだ。宣戦布告か?
三姫は一様に動揺を隠せないようだ。なおシスター達はよくわかってない模様である。
「どんな要件だったんですか?」
比較的冷静な俺が代表して電話内容を聞くことにした。
「内紛よ」
「内紛」
「前々から組織の方針に不満を持っていたグループが、とうとう組織を割ったらしいの。その結果メンバーの四分の一ほどが抜けたそうよ」
聖剣と聖槍を盗ませたのもその一派だと、あちらのトップはそう伝えたという。
「結構大事じゃないすか」
「そうね。ただ離反するだけじゃなく、小競り合いも起きたみたいね。死人も出たとか……」
内部抗争までしてんのかよ。
「連絡してきたのは、そんな状況で我々とまで事を荒立てたくなかったからでしょうか」
間狩が冷静に推測する。
そうやってるとまさに氷姫だな。中身は子供じみたところがあるが。
「向こうも面子があるからはっきりと言わなかったけど、まあ、そうでしょうね。あとは、我々がそのグループを潰してくれるのも期待してるんじゃないかしら」
抜け目無いな、あちらのトップも。
「ですが根ノ宮さん。離反したその方々は、なぜこのタイミングでそのようなことを?」
「全てのピースが揃ったからよ」
根ノ宮さんの美貌から笑みが消え、険しいものになっていく。
「彼ら離反グループは、恐るべき天星の魔神──羅喉をこの地に降ろそうと画策しているのよ」
三姫だけでなく、シスター達までもが、その名を聞いてハッと息を飲んだ。
魔神かぁ……。
なんか、前に根ノ宮さんの口からそんな名前出たことあったような、無かったような……頑強さは折り紙つきなのに、記憶力は微妙だなこの肉体。パワー全振り系なのかな、もしかして。
なんにせよ、神を呼ぶって凄いな。
止めないと大変なことになりそうだ。




