32・交渉の末に
機関とバチカンの話し合いはそこそこ難航したものの、双方が「まあこれなら……」と妥協できる結果となったらしい。
でも実際には互いに悪くない話だったそうだ。
なのに何故、あちらもこちらも、渋々な感じの演技をしたのか。
面子の問題である。
あまり相手の要求を気軽に飲むとよそから舐められるので、納得いく内容でも不満そうにするのが鉄則だとか。仲があまりよろしくない間柄なら、なおさらそうなんだってさ。
荒事がメインの業界ならではの威嚇だな。
「あなたが持ち逃げした二品は返却。騎士団へ命じられた、あなたへの浄化命令は解除。それでまとまったわ。近いうちに使者がこちらに来ると思うから、その時、剣と槍を引き渡すことになるわね」
「ヘヘッ、もっとふっかけても良かったんじゃないのかい、根ノ宮さん?」
玉鎮が人の悪い笑みを浮かべた。
「そこまでして望むものもないもの。友好的な姿勢をしておいて損はないわ。険悪になるよりは、よっぽどね」
「けど、その友好もどこまで信じられるやら……だろ?」
「別に反故にされてもいいのよ。どうせうわべだけの笑顔でしょうからね。もし不義理をやられても、その場合、バチカンが信用ならない連中だとこの業界に知れ渡るだけよ」
カトリックが異宗教とか絶対許さないスタンスなのは歴史が証明してるしな……。
現代なら多少おおらかになってそうだが、俺を襲ってきた奴らはだいぶ思想が凝り固まってんじゃないか。
だって騎士団だぞ騎士団。このご時世に騎士団って、もうそれだけでも昔とさして変わってないのがわかるよ。
「聖なる武具で痛い目を見たほうが、この男のためになりそうですけどね」
顔にこそ出していないが間狩はまだむくれているようだ。
「…………何かあったの?」
「いえ、何も」
「特にないっすね、はい」
なんて薄っぺらい言葉を信じてもらえるはずがない。
何もないわけねーだろという胡乱な目を間狩と俺に交互に向ける根ノ宮さんであった。
ひとまず危機は去った。
もう帰っても大丈夫とのことなので、いつものごとく高級車で帰宅。
待ち伏せされてるかもとか思ったがそんなことはなかった。あったところであのシスター二人の息の根が止まるだけだが。
高い車だけあって空調も実にいい。おかげで下車した途端に暑苦しい空気に包まれた。
玄関で靴を脱ぎ、台所へ。
俺の分の夕食を適当に暖めて食べる。まだ胃袋には余裕がある。たかだかカレーを一皿食ったくらいで俺の腹はキャパオーバーなどしない。
……それはそうと、しかし……妙だな。
何かをころっと忘れている気が……
「あ」
そうだった。
元はと言えばジュース買いに出掛けたんだった。
イカれシスターどもに絡まれたせいですっかり脳味噌から抜け落ちてた。
「また行くのもな……」
もしかしたらあそこで寝泊まりしてるかもしれない。
つい数時間前に武器強奪して恨まれたばかりで再会するの嫌だなぁ。
「うん、やめよ」
どうしても飲みたいわけでもないのだ。
確か冷蔵庫に牛乳があったはず。それでいいや。
「あったあった」
愛用のコップに注ぎ、ぐいっと一気飲み。
賞味期限が多少危うかったが、どうってことは無く、トイレに駆け込むこともないままぐっすり就寝した。
次の日。
朝からスマホが鳴る。
こんな朝から誰だよと思い、手に取り画面を見ると着信相手は……あら、根ノ宮さんだわ。
「──まさか」
前日の会話が脳裏に甦る。
あれか、昨日の今日で機関に使者が来ることになったのか?
「もしもし天外っす」
「天外君ね? 実はちょっと不味いことになったわ」
「不味いこと……ですか。もしかしてバチカンが側が何かゴネてきたとか?」
「聖剣と聖槍が無くなったの」
「は?」
なんでそんなことになるの。絶対紛失したらアカンやつじゃんか。
「どうしてそうなったんすか」
「裏切り者よ」
「裏切り者」
「ええ。『浄』の人達に重傷を追わせ、剣と槍を持って逃走したの。安愚羅会への手土産にね」
聞き覚えあるぞ。
あの風船屋とかいうプリン頭のネコ系女子が所属してる組織のはずだ。
「誰の仕業なんです?」
「あなたも知ってる人物よ。井上五実矢。こないだ叩きのめしたでしょう? 彼が犯人よ」
「あー、はいはい。あいつね」
赤く染まった絵筆みたいな頭が、瞬時に記憶の戸棚から引っ張り出された。
「ンなことやれるタマには思えないんですけどね。あのヘタレ」
「そそのかされたんでしょうね。あなたに対する嫌がらせも兼ねてるかもしれないわ」
クソ野郎ってそういう時だけ頭が回るんだな。一石二鳥か。
まあ根ノ宮さんならそいつがどこにいるかわかるだろ。
場所が判明次第、俺が直々にひねり潰してやるさ。




