30・聖なる盗品土産
「なんか飲むか……って、麦茶くらいしかねーけどよ」
「意外だね。ビールとか平気で飲んでそうなイメージあったんだけど」
「あんたもアタシも未成年だろが」
そこら辺の良識はしっかりしてるらしい。世間のルールとか鼻で笑い飛ばす性格だと思ってただけに、ちょっと驚く。
意外といえばこの部屋もそうだ。
出された麦茶を遠慮なくグビグビ飲みながら、それとなく見渡す。
片付いているし、適度に小物もある。
そこらじゅうに中身パンパンに詰まったゴミ袋が放置されてたり、あるいはほとんど何もない殺風景な一室だったりの二択かと思わせて三番目の選択肢とはな。人は見かけによらないとはこのことか。
(普段着は見かけ通りだけどさ)
上はスポブラ下は短パン。
肩まで伸ばした乱雑な真紅の髪。
よく焼けた小麦色の肌。しなやかな筋肉のついた身体。ほどよく割れた腹筋。
髪色と同じ真っ赤ッかな右目と黒の左目は、俺が持ち込んだ手土産を珍しそうにジロジロ見ている。
どこから見ても文句のつけようがない、完璧なワイルド系女子。
これが白夜高校が誇る美少女の一角、三姫の一人嵐姫こと、玉鎮藍である。
「……今頃そいつら、血眼になって探してんじゃねえのか。お前のことをよ」
麦茶飲んだり、お茶請けにタクアンが出てきたのをボリボリして一服しつつ、公園でのさっきの一戦について語る。
事情をできるだけ詳しく説明すると、最初に玉鎮が言い出したのがこの言葉だった。
「だろうな。あっさり手放せるような安いものじゃないだろ、あれ。武器の目利きなんてさっぱりだけどさ」
部屋の端に置かれたあれを、手土産を親指立てて指し示す。
聖槍と聖剣である。
途中でゴミ捨て場にポイしようかと思ったが、危険ゴミの日じゃなかったので、そのまま玉鎮の住むアパートまで持ち逃げしたのだ。ゴミ捨て場のルール違反や、ましてや不法投棄なんてダメ、ゼッタイ。
「売れるかな」
「止めとけ。マジで関係修復不可能になるぞ。最悪、その二人とお前だけじゃなく、日本とバチカンがこじれかねない」
「そっか。国家レベルか。なら止めとこう。いい臨時収入になるかと期待したんだけどさ」
「そもそもどこで売り払うんだよ」
「リサイクルショップ……とか」
「買い取るわけねーだろ馬鹿」
「そっか」
「せめて質屋に……って、おい、名案聞いたみたいな顔すんな。やめろよ」
やっぱり駄目らしい。
「返す代わりにこちらの要求飲ませるのも、ひとつの手だぞ」
「いい案だな」
使えないドロップアイテムとか換金するしか役に立たないものだが、後々の交渉道具になるなら手元に置いといてもいいか。
「でも、素直にその要求飲むかね」
また会ったら話が通じないくらい激怒してそうだ。
引ったくりが自分らから盗んだ物で交渉してきたら誰でもキレるよな。
「ならどうすんだ?」
「根ノ宮さんに事情を説明して、預けようかなと思ってる。あの人なら有意義に活用してくれるだろ」
つまりはただの丸投げだ。
「お前……そんなにあの人の胃を壊したいのか?」
「そんなヤワな性格してないと思うぞあの人」
お説教はされるだろうけど。
「軽くあしらったのはいいわ。本気でやり合わなかってたのも賢明よ。でも、どうして武器を持ち去ったの。しかも売ろうとしただなんて……」
いつもの高級車が迎えに来たので玉鎮のアパートから例の施設へ直行。
俺はスマホを持ち合わせてなかった(家に置いてた)ので玉鎮に連絡してもらった。いやホント、三姫達の住居聞いといてよかったわ。こんなことになるとは。
ついでにスマホ借りて自宅にも電話した。ちょっと野暮用で帰るの遅くなると。
「気をつけて帰ってくるのよ」と母さんに言われた。気をつけてどうにかなるような話じゃないのだが。
そして今、俺は根ノ宮さんにお説教されている。持ち逃げがまずかったようだ。
しかも売ろうとしたのまで何故かバレている。
玉鎮の奴、チクッたな。
「まあ、その、つい出来心で。小遣い稼ぎにもなるかなーなんて。はははは」
「警察に突き出すわよ」
「申し訳ございませんでした」
「わかればいいわ」
おかしいな。俺は被害者のはずなのに、なんで加害者扱いされてんの?
「しかし、聖ローラン騎士団とはね。バチカンも本腰をあげたのかしら」
「そんな危険な連中なんですか?」
あの白黒式神をふよふよ漂わせながら、間狩が問う。
機関から連絡があったのだろう。他の二姫も俺と玉鎮に少し遅れてこちらに来たのだ。
「バチカンが有する中で、最大の規模と戦力を持つ退魔組織よ」
「そんな大袈裟な。大したことなかったですよアイツら。間狩のほうがまだ強いと思いますけどね」
俺がそう言うと、グロリア先輩は「あらあら」と困ったように微笑み、玉鎮は「ハハッ」と乾いた笑い声を出し、根ノ宮さんは「あなたから見たらそうでしょうけど、全員、上澄みなのよ?」と苦笑いし、間狩が眉間にシワ寄せて鬼みたいな顔しとる。
「デュランダルを持ち出してくることはないと思うけど、どこまでやるつもりなのか……とりあえず交渉チャンネルを開きましょう」
「頑張って下さい。んじゃ」
もうこれでこの件は俺の手を離れたも同然だ。
帰ろ。
「待ちなさい。連中と鉢合わせしたらどうするの。せめてこちらの話し合いが終わるまで大人しく待機してなさい。いいわね?」
「好意的な感触は期待しないほうがいいっすよ」
俺を襲った、リリアとアリサというイカれシスター達。
信心に凝り固まったあの調子じゃ、そのお仲間の頭の中も、ま、お察しというものだ。根ノ宮さんには悪いが、どうせ無駄な話し合いに終わると思う。
それまで暇だし食堂でカレーでも食いながら待とう。




