52・鉄は銀より強し
パンチした腕から籠手が飛ぶ。
普通に考えればあり得ない話だ。
指を揃えて伸ばし、貫き手のようにしておけば、長い手袋を一気に抜くときの要領で飛ばすこともできるだろう。飛ばすための方法や動力はともかく。
だけど、この大男は拳を握っていた。
手袋だろうと籠手だろうとグローブだろうと、中で指を曲げている状態で脱ぐなんてことはできない。指が引っ掛かるからだ。子供でもわかる理屈である。
だから、天原さんは油断したのかもしれない。
この状態で籠手を発射など不可能だと。
あるいは、何かを飛ばしても、大したダメージになりはしないと甘くみたか。
いずれにしても、しかし実際は。
「ぐはぁごっ!!」
血反吐を吐きながら、天原さんが吹き飛ばされた!
回転する籠手を腹にくらい、くの字に身体を折り曲げたままの姿勢で!
大男──『完全なる』オーバザイルの着込んでいる鎧は、式神の一種。
あちらの言葉で言うなら、守護霊である。
実体化するもしないも自在なのだから、指を曲げていようと曲げていまいと、すり抜けるように指から外れて敵のふところに飛び込んでいくなんて雑作もなかったのだ。
そこを、俺も天原さんも見誤っていたということか……。
「…………ぐぐぐ、やられっぱなしも格好つかないね! これしきっ!」
だが、天原さんは黙って大人しく飛ばされるような、生っちょろい人ではない。
腰を落としてふんばり、激しく回る銀色の塊を両手でがっしり掴んで無理やり止めようとする。
ギュルギュルギュルギュル、ギュ、ギュ……ルルルッ…………
二十メートルほど飛ばされたくらいで、天原さんは籠手の突撃を力ずくで止めることに成功した。
回転も止まる。
そこに追撃の左ロケットパンチがきた。
「おごっ!」
顔面にまともにくらい、頭がのけぞる。
でも、やはり距離があったからか、クリーンヒットではあったが痛打とはなってないみたいだ。普通の人間なら最低でも顔面陥没、下手したら頭部が破裂くらいはしていたと思うが……流石は鉄人。大丈夫そうだ。
……だとしても、動きを止めるくらいにはなったようだ。
この機に畳み掛けようとしたオーバザイルが、ダッシュで天原さんの元へ駆け寄るだけの時間を稼ぐくらいには。
「──戻れぃ!」
駆け寄りながら、オーバザイルが命じた。
誰に命じたかはわかりきっている。
天原さんに掴まれている右の籠手。
天原さんの顔面にぶつかった反動で斜め上の方向に飛ばされた左の籠手。
それらふたつが同時にはかなく散って、銀の輝きが、煙が吸い込まれるようにオーバザイルの両腕へとすぐさま集まり──
──またしても籠手として実体化し、装着された。
「ぬぅおおおおーーーー!!」
再度銀色の装甲をまとった両腕でラッシュを仕掛けるオーバザイル。
拳。拳。拳。
パンチのみを矢継ぎ早に繰り出している。
蹴りどころか防御までかなぐり捨てて拳だけ打ち込み、天原さんに反撃することを許そうとしない。攻撃一辺倒だ。
「まずいな……。あのデカブツ、ひたすら殴りまくって押し切る気か……!」
「らしいね」
俺の予測に『汚れた剣』──騎士アンジェリカが同意した。
「オーバザイルの奴、ここが好機と見たんだろう。まあ私でもそうするね。一進一退の攻防からオフェンス全開の立場になれたんだから、ここで攻めずにいつ攻めるんだって話だよ。クク……さぁて、この怒涛の攻めを凌ぎきれるかな、あのグラサン姉ちゃんは」
「……くそ、大丈夫かよ天原さん……」
ちょっと不安になってきた。
いざとなったら、無理にでも助けることも視野に入れとかないといけないかもな。なんなら善良アピールするいい機会だと思えばいい。
助ける際にこの女騎士に斬られたりするかもしれないが、一回くらいならそこまで深刻なことにならんだろ。たぶん。
「認めてやる! 貴様はこれまで俺が対峙したいかなる強者よりも上の存在だ!」
「それはどうも……!」
「しかし……俺より上ではない! それは許さん! 誰であろうと俺の上に行こうとするなら、何もかも叩き潰し、転がり落とすのみだっ!!」
ラッシュが止まらない。
天原さんもどうにか拳の連打を掻い潜ろうとするのだが、敵もさるもの、上手くいかない。
押されている。
銀色の大男の攻めの嵐に、対抗できなくなっていく。
「どりゃどりゃどりゃあああっ!」
「しつこい男だな…………っ!」
やがて、反撃はおろか回避もままならなくなり、ガードするしかなくなっていく。
両腕を交差して、次から次へとやってくるパンチにひたすら耐える。
ただただ耐える。
サンドバッグのように打たれていく。
二人の打撃戦は、今にも一方のガードが崩壊しそうな、そんな末期的な状況になりつつある。
「…………ん~~?」
騎士アンジェリカが、小声でうなる。
何か、おかしなものを見ている、おかしなことが起きている、そんなときに出しがちなうなり声だ。
「……おかしいな」
それは騎士アンジェリカだけではない。
俺の頭にも、ある疑問が芽生えていた。
「……なんだ、なんだその目は!」
オーバザイルが叫ぶ。
「この期に及んで、なぜまだそんな目をする!? なぜ目の光が死んでいない! なぜだ!?」
何度も何度も殴りつけながら叫ぶ。
優勢な側が出しているとは思えない、不安で、焦っているような声で。
そう、天原さんの眼は、まだ生きていた。
ジリ貧の状態でありながら、ぎらぎらと光り、オーバザイルを睨み付けている。
負け犬のする目つきじゃない。劣勢に立たされている怯えた眼じゃない。勝負を諦めた者の瞳じゃない。
闘志に溢れた──強い眼力。
「ならばいい、それならそれでいい! ならば、その顔面ごと、貴様の意思も気力もぶっ潰してくれるわ!」
大きく振りかぶった右腕。
その右腕が、強く輝く。
輝きが消えると、右腕を覆う装甲の肉厚が倍増して、膨れ上がったようになっていた。
サイズを間違えた籠手をつけているようだが、まさか、それだけのはずがない。
威力も硬度も、かなり上昇しているだろう。
つまり──さっきまでやっていた、数にものをいわせて押し潰すやり方じゃない。
一発で決める気だ。
おそらく、強烈な、致命的な一撃をくらわせてガードを突き破り、戦意衰えぬその顔面をメチャメチャにしてやろうという魂胆なんだ。
「ワハハハ、砕け落ちろおおおおお!!」
分厚くなった銀の右腕が、天原さんの両腕クロスガードに迫り──あれ?
ガード……してない。
してないぞ。
やめてるよ天原さん。
交差してた両腕解いてる。頭をうつむかせて、だらりと両腕を下げちゃってるよ!
え!? ナンデ!? ガード解除ナンデ!?
「何してんだ馬鹿! ここにきて自殺かよっ!」
黙っていられなかった。
ついストレートな本心を吐き出してしまった。
さっきまでのやる気モードは、あの眼力はなんだったんだよと、さらに続けて言おうとした。
しかし、その前に、
迫りくる凶悪な銀の右腕へ、天原さんが──
「うぉらぁああああああ!!!」
避けるどころか全身で突っ込み、その勢いそのままに、額で──
バギャアアアアッ!!
異様にごつくなった銀の籠手も、
その中にある生身の腕も、
体当たりのような、猛烈な頭突きで粉砕し、信じられないことに、本当に驚くべきことに、消し飛ばした。
「うっごおおぉぉぉおお!? 馬鹿な、なんでこっちが、俺のほうがぁああ!?」
オーバザイルが動揺しまくってわめき散らす。
肘から先の消え失せた右腕を、子供みたいにぶんぶん振って狼狽えている。
いきなり予想外の事態がおきて体の一部がこの世からバイバイしたため、パニックになっているのだ。
「──何で? フフ、何でって、それはね」
反対に天原さんは落ち着いていた。
つい今、あんなに凄い頭突きをかましたとは思えないほど、静かに言う。
「私の身体が、やっとやる気になってくれたからさ」
「身体が……やる気だと!?」
「ああ。私の身体はスロースターターでね。困ったことに、ちょっとやそっとじゃ温まらなくて、本気を出せるようになるまで、かなりかかるんだよ」
なるほど、だから待っていたのか。
このままだと埒が明かないし共倒れしかねないから、身体が熱くなるまでじっと防戦していたと、そんなところか。
「もっと早く温まってくれるものだと思ってたんだが……やれやれ、結構手酷くやられてしまった」
天原さんは、そう言うと、深く息を吸い込み、深呼吸する。
息を吐く。
白い、蒸気のように熱そうな息が、長く吐き出されていく。車やバイクの排気口みたい。
「ふぅ…………よし、回復完了!」
えっ。
回復……完了?
「フフ、そう気軽にホイホイやるものではないのだが……これだけ殴られたからね。ダメージもまあまあ蓄積していたし、やはりやっておくべきだろう」
うわあ。
パワーアップしたうえ、ライフも元通りかよ。
回復についてはなんか制限ありそうな言い方だったが、だとしてもヤバイな。
「クククッ……いやー、こりゃ終わったな、オーバザイルさんよ。ま、でも、安心して最後までやるんだな。骨は拾ってやるからさ、クックク」
騎士アンジェリカが笑う。
心身ともにやる気となった天原さんがオーバザイルに襲いかかるのを笑って見てはいるが、意識を向けているのは、そちらではなく──
俺に、である。
なぜわかるかというと、この女の持つ邪悪な大剣から俺の首もとに向かって、殺意の矢印が列をなしているからだ。
もう二人の勝負についてはどうでもよくなったらしい。勝敗決したようなもんだからね。
それでも一応最後まで見届けるつもりのようだが。
おーおー、さっきの仕返しとばかりに、元気に逆侵攻してるわ鉄人。殴る殴る。
「だだだだだだだだだぁ!!」
「ふ、防ぎきれっ、ぐおっ!? お、おのれっごおっ! なんだこの力は、馬鹿なさっきとはまるで別物……うおっ、うっ、重い! うっうごごごごごぉ!!」
頑張りはしたが、片腕だけでは防御しきれず、しかも馬力も威力も大幅に上がったとあっては、もう八方塞がりだ。
打開策はない。
今度はオーバザイルのほうが、その巨体を銀色のサンドバッグにさせられ始めた。
「おぼぼごごごぉぉ!!」
かろうじて立っているだけという風情の、銀の鎧。
もはや『完全なる』という銘は、この大男に相応しいものではなくなっている。『満身創痍』とか似合いそう。
「……そういえば、貴様は自分より上ではないとか、上には行かせないとか……そんなことをほざいていたね」
天原さんが左右の拳を止める。
何のつもりなのか。
「…………ぬぅんっ!!」
──右足が、閃いた。
ろくに抵抗することさえできなくなっていたオーバザイルの胴体に、雷鳴の槍のように鋭く速いキックが炸裂した。
斜め上へ蹴り上げる一撃。
銀の全身鎧が、斜め一直線に宙を飛ぶ。
その先にあるのは、この閉鎖空間の天井。
激突。
衝撃と、轟音。
砕ける天井。
めり込むオーバザイル。
「だったらそこで、好きなだけこちらを見下して悦に入っているがいい。一番上でね」
髪をかきあげ、天原さんが顔を向ける。
オーバザイルの吹き飛んだ方向へ。
そして、沈黙してピクリとも動かなくなった敗者を見上げ、ニヒルに笑ったのであった。




