50・鉄人の時間だ!コラァ!!
「なんだ、こりゃまた威勢のいい女が来たもんだな。私も人のこと言えないけどさ、フフ……クッククク!」
『汚れた剣』あるいは『汚れた天才』こと、騎士アンジェリカが自虐気味に笑う。
興味津々という風に、壁をぶち抜いて現れた侵入者のほうを見ている。俺そっちのけ。同類が来たとでも思ってるのかもしれん。
でも、あんたと天原さんじゃ、我の強さは似てても性根は真逆じゃないかな?
「さて、誰が私と踊っていただけるのかな! このような広々とした舞台がありながら、壁の花は御免被りたいのでね! 我こそはという者に、是非ともお相手いただきたい!」
広間の隅から隅まで聞こえるように大声で言うだけ言うと、颯爽とこちらに歩いてくる『鉄人』──天原みこと。
指に挟んでいた吸いかけの葉巻をくわえ、
スーツで隠しきれない豊かな膨らみを強調するように胸を張りながら、
力強く足を進めている。
その芝居がかった振る舞いや回りくどい喋りは、男装の麗人ぽい姿と相まって、彼女に実によく似合っていた。
言ってること自体は、要するに誰でもいいからかかってこいと、そういうことなんだろう。
噛みついていいかどうか聞いてから噛みつく、理性的な狂犬みたいな人だ。
「この結界内に入り込むことができるなんて……」
「信じがたいが、しかし、信じざるを得んな。どのような手を用いたものか」
聖女コルテリアが驚いている。
全身鎧の大男、オーバザイルもだ。
なるほど、あの植物系魔女が造り出したこの空間は、おいそれと入れないものらしい。
まあそうだよな。
許可もなくすんなり入れるんなら俺だけ隔離したって意味がない。みんな来て合流してしまう。 招かれざる客はお断りされるようになってるんだろう。
それなのによく入れたなこの人。どんな裏技使ったんだ。それとも力技?
天原さんは、誰かにちょっかいかけられたり周りの木々に邪魔されたりすることもなく、俺の近くまで来た。
「どうしたのかな、変な顔をして」
「え?」
俺が?
俺のこと?
「そんな……変な顔してます?」
自分の顔を指差し、説明を求める。
「そうだな……不思議そうな、何かが腑に落ちないような顔をしているね」
そうらしい。
自分でもわからないうちに、内心が顔に出ていたのか。
「いや、あの、どうやってここに入室したのかなって」
「海外──アメリカではね」
「はい?」
何の話だ急に。
「消防斧といって、消防士がやむなく部屋のドアなどを破壊するときに用いる道具があるんだが、それのことを『マスターキー』と呼んだりするそうだ」
「ぷふっ」
つい吹き出してしまった。なかなか面白い発想だな。
「洒落が効いてますね。でも、それが何だって言うんすか」
「七星機関においては、これがそうなのさ」
天原さんが右腕を上げ、ぐっと、力こぶを強調するときにやるポーズをとった。
「握り拳で一発解錠ってね」
「…………そういうことっすか」
物理と熱量の合わせ技。
いかにも天原さんらしいっちゃらしい。いや、相応しいと言うべきか。
俺も(いまだに原理がよくわからない)光のパワーを手足や触手に込めたりするが、それがこの人の場合だと熱や衝撃のパワーってことになる。
不器用だから力の放出はできないみたいだけど、自在に身体にみなぎらせてエネルギー源にしたりってのはできるんだよな。以前、この人が指パッチンで葉巻に着火したの見たことある。繊細なこともやれるようだ。
それと、肉体もその力を使っていくうちに強靭なものになっていった……とか言ってたよな。
あまりはっきり覚えてないが……。
「勿体ぶった言い回しだけどさ、つまりは猪武者の力押しだろ」
身も蓋もないことを騎士アンジェリカがほざく。
すぐ他人の話に混ざり込んでくるなコイツ。もしかしてお喋り好きなのか?
「力押しなのは否定しないよ。だけど猪武者というのはどうかな。頭は冴えてるほうだと自負してるんだが」
「頭が冴えてる奴があんな登場するかよ」
騎士アンジェリカが呆れたように言った。
疑うのもわかる。
信じないのもわかる。
やってることも言ってることも混じり気のないバイオレンスだからな。殴ることしか頭にないと思われても仕方ない。
でも、この人馬鹿じゃないぞ。
知識もあるし頭も悪くない。
ただ、力で解決したがるってだけで……あれ、だったら、やっぱり猪武者なんじゃ…………そうかな……そうかも…………。
「天外くん、どうしたんだい天外くん?」
「え?」
天原さんの声。
その声に、我に返る。
「急に静かになって黙り込んだけど……何かまずいことでも?」
「あっと、いや、そんなこと思ってませんよ俺は」
「は?」
「何でもないです。それよりどうするんですか? そこの女騎士とやりたいってんなら、俺は辞退してもいいですけど」
無理やり本題に戻す。
この話は続けていてもろくなことにならないし俺はこの人が突撃バカではないと信じる。なのでもうこの話終わり終わりオシマイ!
「それは嬉しいが、しかし、後輩の獲物を奪うようで気が引けるね。悩ましい」
「悩ましいのはこちらもだよ」
騎士アンジェリカはそう言うと、
「そこにいる、お目当ての化物を討ち滅ぼしたいのはやまやまだが……ククッ、あんたのような勇ましい女も実に捨てがたい。どうしたらいいものかね。困ったよ私。いっそ贅沢に二対一ってのは……いやそれは無理だよな。調子に乗りすぎだ。クックク、ああ悩ましいね、なんともまた実に悩ましい……」
俺と天原さんへ、赤い眼差しを交互に向ける。目移りしてたまらないようだ。
こっちに向かって言っていたのに途中から独り言になって自問してしまうくらい迷っている。
しまいには笑いながら悩ましい悩ましいと繰り返すばかりになってしまった。
「どうします? 優柔不断なようですけど」
「そうだね。あちらで決めかねているんだから、我々のほうで決めてやればいいさ」
「方法は?」
「ジャンケンでいいんじゃないか」
「いきなり? それとも最初はグー?」
「グーだね。やはりまずはグーから始めるべきだ」
「言うと思ってましたよ」
邪気をぷんぷん漂わせるヤバい大剣の持ち主をほっといてジャンケンしようとする、俺たち二人。
そんな中、
「──戦う相手を所望していると、そう言ったな? 黒服の女」
互いに正々堂々とグーを出そうとした手前くらいで、少し離れたところから、大きめの声で呼び止められた。
「いかにもその通りだが、もしかして立候補だったりするのかな?」
「それ以外に何がある?」
天原さんに声をかけてきた男──『完全なる』オーバザイルが、一歩、また一歩と、近づいてくる。
無論、俺にではない。
その歩みは、天原さんのほうに向かっている。
大男の歩みは止まらない。
天原さんは腰に手を当て、葉巻をくゆらせている。
歓迎するかのように、にこやかに、友好的に笑いながら。
足が止まる。
向かい合う。
どちらも、視線を合わせはしたが、黙ったまま。
動かず喋らず、互いを見ているだけ。
何かこう、カッコいいやり取りとか、雄々しい名乗りとかやり合うのかなと、そんなことを思っていたのだが……。
何のきっかけもなく、唐突に。
鉄人と銀鎧の右ストレートが放たれ、爆発したかのような轟音をたてて激突した。




