2・十六年目の夏、復活の夏
「死んどる死んどる。どこもかしこも、死体だらけやでぇ」
血液がぶちまけられた病院内。
至るところに、人体のパーツが散乱している。
控え目に言っても地獄絵図だ。
いや食べたりしないけどね?
落ちてるものを拾って食うなって、凄い昔に母さんから言われたし。
ん~、五歳頃だったかな。
「……地面じゃなくて床ならサッと拾えばセーフだと思うんだけどな……。三秒? 五秒だっけ?」
ふむ、五秒はちょっと長いか?
「なら三秒だな。三秒で決まりだ。そうしよう」
そういうことで、これからは地面なら零秒アウト床なら三秒セーフとなりました。
それにしても、誰がこんな勿体ないことをしたのか。
コンビニの売れ残り廃棄とか問題になってるご時世に、よくやるもんだ。
疑問に思いながら、廊下に置かれたカートの上に乗っていた腕を掴み、まじまじと見つめてみた。
どうも肩の付け根からちぎれているらしい。
細めの白い腕。うまそう。
女性看護士のものかな。
きっと強引にもぎ取られたのだ。
腕の持ち主はもう生きてはいまい。そこらに転がってる死体のどれかだろう。
犯人は、この状況を作り出した奴と同一に違いあるまい。
名推理完了。
俺はホームズ気分で、誰かさんの腕の付け根から血を啜ると、元あった場所に戻した。
「うわ滑る滑る。血ってこんなに水みたいなんだな」
二階三階と移動し、いくつか病室を覗いてみた。
が、やはり代わり映えのない血しぶきと死体しかない。
ずっと素足でいるから、俺の両足は真っ赤っ赤だ。
昔ながらのワイン作りやってるみたい。
不思議なことに、罠みたいに血だまりに潜む、割れたガラスや注射器をうっかり踏んだりするのだが、足裏は無傷のままだったりする。
こんな丈夫だったか俺の足?
足裏の強さはさておき、ヌルヌルして嫌だから、血にまみれてないタオルで足拭いてからスリッパはいた。
「うめき声や助け呼ぶ声も聞こえない。これは全滅かな。数日待たずに物凄い心霊スポットになりそうだ。昼間でもお化け出そう」
誰の仕業なんだろうな全く。
……ちょっと待てよ。
あることに気づいた。
「……このままここにいたら、そいつと……鉢合わせするのでは」
殺るだけ殺ってどっかに行ったかも知れない。
でも、まだいてもおかしくはない。
(理由はさっぱりわからないが)復活できたのに、また死ぬのは御免だ。
それとも今度こそ異世界にチート持ちで行けるか?
「いやいや、ンなの試す気はしないな」
さっさと一階に戻ろう。
非常口から外に出たほうが早そうだが、この建物の作りがよくわからん。
来たことないからね。
でもここは病院なんだから、また一階に行けば、広い玄関がすぐ見つかるはずだ。
パタパタとスリッパの足音を立てて、階段を下りる。
少しもたついたが、それほど苦戦もせずに玄関とか受付とか待合場所とか発見。
「スマホや服とか探したいけど……」
大量殺人のワールドレコード狙ってる異常者がいるかもしれないのに、ゆっくり物色してる暇など、あるはずもない。
泣く泣く玄関から外へと脱出する。
こんなことなら探検ごっこしてないでまず探しておくべきだった。
台風の日みたいな変なテンションの上がり方してたせいだ。クソ。
「あれ?」
自動ドアが動かない。
「停電?」
それはない。
外は暗いのに中は明るい。
照明が機能しているからだ。つまり停電のはずがないわけで。
「故障かな。仕方ない、無理やりこじ開けるか」
ドアとドアの間に指先をねじ込んで、左右に割り開いてみようとした、その時だった。
信じられないことに、院内放送が流れた。
『……う、受付番ごぅお、マイナス十六番の方……て、天外、優人さんの方ぁ、屋上に、お越しくだせへっ……』
ヘドを吐きながら発音してるような、たどたどしい、女性アナウンスの声。
そして、まさかの名指し。
「どこの誰が喋って……うわっ」
一度死んだせいでなんか色々と感情がバカになっているらしい俺でも、これには驚いた。
さっきまで死亡確認の余地がないくらい間違いなく死んでいた連中が、信じられないことに──動き出していた。
マジのゾンビだこれ。
「……襲っては、こないのか……?」
ギクシャクした動きで生前の動作をやっているだけなのか、死人どもはおとなしく待合場所の椅子にもたれたり、受付の中を行ったり来たりしていた。
なんにしても、ホラー映画みたいに我先にと襲ってこないのは助かる。
雪崩みたいに押し寄せてこられたらマシンガンでもないと対処できないよ。
……さて、だ。
頭を切り替えよう。
お呼ばれされたけど、どうしようかね。
強引に玄関を突破して逃げてもよかったが、名指しされてたのがとにかく怖い。
名前バレしてんだもの。
無視して帰ったら帰ったで、自宅の前で待ち構えていそうだ。
「……行くしかないんだろうけど、やっぱり、この惨状を作った奴がいるんだろうな……」
だとしたら手ぶらで行くのは無防備にも程がある。
せめて武器が欲しい。
ゾンビ退治ゲーならハンドガンとかそこらにあるんだろうが、現実は厳しい。モデルガンすらない。
「……あれでも無いよりマシか」
ふと視界に入った、首のない清掃員のおっさんから、床を拭いていた道具を横取りする。
抵抗されるかと思ったが簡単に取り上げることができた。よっしゃ。
ゆうとは、モップを、そうびした!
こうげきりょくが、3あがった!
「異世界に生まれ変わってハーレムとスローライフを満喫するどころか、なんでホラゲーの世界に迷い込まきゃならないんだろうな」
生前の行いそんな酷かったか?
おっかしいなぁ~。
などとグチグチ文句をこぼしてもこの状況が好転するわけでもない。
戦闘にもお掃除にも使えるチート武器も手に入ったんだから、覚悟決めるか。
いざ屋上。