45・切り裂き妖精
「ヒッヒヒおしまいだよぉぉぉーーーーーー!!」
女が降ってきた。
笑いながら、一方的な終了宣言を叫びながら。
ストレートの長い黒髪。
顔の下半分を隠しているのは黒い布らしきもの。ほむらのようにマスクをつけてるのではない。取れないよう、頭の後ろのほうで結んでるのだろう。
見えてる上半分だけで、なかなかの美人だとわかる。叫びのせいで台無しだが。
身体のラインがはっきりわかる黒のタイツスーツを着て、腰にでかいスカーフみたいなものをつけている。女怪盗かな?
武器は持ってない。
いらない。いるわけがない。
その手があれば武器なんか無用だ。
爪で引き裂くのか、かっ切るのか。狙いは当然俺の首。矢印がずっと教えてくれてたから、わかってる。
だから防ぐ。
盾代わりに、左腕を差し出す。
さあ、どうする……と思ったら、腕ごと首までやるつもりらしい。
止まらない。欲張りだな。
威力や切れ味によほど自信があるのか、叩きつけるように右手をおもいっきり──
「!!?」
「勝手に終わらせんなよ」
落下してきた女の爪は、俺の首どころか腕すら斬ることはかなわなかった。
激突。
とても固いものに刃や尖ったものをぶつけた時の、金属音じみた、かん高い音が鳴った。
しかし、それだけ。
何かが砕けることもなく、何かが砕けた音もせず。
「へえ、大したもんだ」
俺の腕だけでなく、女の爪もまた無事だった。
折れも割れも砕けもしていない。
なかなかの丈夫さだ。褒めてやってもいいだろう。喜んでくれるかはわからないが。
「けど、おしまいだな。お前がだが」
俺がこうして囮になったことでまんまと引っ掛かった敵さんが、そのまま見過ごされるはずがない。
逆にさっきの言葉を言い返して、にやりと笑ってやる。
「偉そうに笑ってんじゃ──!?」
女の悪態が止まる。
グロリア先輩の針が飛んできたからだ。
ほら、やっぱり。
「ヒヒッ、こんなものごときでぇ!」
女は、フリーな左腕で、飛来してきた細長いものを打ち払った。
折れた針がぱらぱらと散らばっていく。
いい反応だ。
才能なのか努力によるものなのかはわからないが、ともあれ、この女は先輩の攻撃を退けることができた。
先輩の攻撃は、ね。
「死んでも……悪く思うな!」
走るというより跳ねるようにこちらに駆け出していた間狩。
隙を生じぬ二段構え。
この攻撃は、まあ、これはもうかわせないだろう。両手の爪による防御も間に合いそうにないな。体勢もよろしくない。防ぐより先に斬られてしまう。
運が良ければ腕一本で済むか。
「ヒャッハハァ!!」
「むうっ!?」
女の掛け声と、間狩の困惑した声。
袈裟がけに斬り下ろす霊刀と、下から振り上げるハイキックが衝突したのだ。
より詳しく言うなら、衝突したのは霊刀の刃と、ハイキックの先っぽ──手に生えてるのと負けず劣らずの長さと太さの爪──だ。
女は、ほんの一瞬の間に足を異形化させ、それで間狩の一撃を防いだのである。器用な真似をするもんだね。
「足もかよ!」
驚きの声が、間狩をのぞく四人のほうから上がった。
ほむらの声だ。
「ヒッヒ怖い怖いぃ!」
女は、さらに追撃されてはたまらないとばかりに背後に飛び退き、素早い動きで林の中に姿を隠した。
野生動物──いや、それ以上の速さと身軽さで。
「……仕切り直しか」
俺の首への、矢印の行列は消えていた。
だが──このくらいで大人しく諦めたとは思えない。
いったん離れて、再度俺に挑む気か、狙いを女性陣の誰かに切り替えたのか、どちらもありえる。まだまだ油断はできそうにない。
「フン、すばしっこい奴め」
「気をつけるんだな。俺の次に狙われそうなのは、おそらくお前と先輩だぞ。今のやり取りで因縁ができたからな」
「気をつけろ? ……フッ、誰にものを言っている。まさか、私が隙を見せるとでも思っているのか?」
自信たっぷりに言う間狩。
昨日宙ぶらりんにされた奴がよく言えたもんだなオイ。まあ俺も人のこと言えないけどさ。
「ところで先輩、今の女ってさ、誰なのかわかります? 俺は全くわかんないし、心当たりもナッシングなんだけど」
俺と間狩のほうにグロリア先輩が寄ってきたので、訊いてみる。
先輩の、指と指の間には、数本の針。
いつでも、どの方向にでもすぐ投げられるように持っているのだろう。
「……該当しそうな方が、一人いますわ」
「どんな人っすか」
「フェアリッパー。イギリスの闇に暗躍していた、異能を用いる違法組織スコルピオ──その一員に、あのような手足の女性がいたとか」
「蠍ね。いかにも危険そうな名前だ」
そんな組織あったんだ。
……ま、ないほうがおかしいか。こっちの国にも安愚羅会とかいろいろあるしな。
法で裁けないような特殊な力があれば、それを悪用する奴らも自然とくっついて固まるか。
「いたってことは、抜けたんだ」
「抜けたというより、スコルピオそのものが無くなったのです。何年も前に」
「何年も前……ですか?」
ここで間狩も話に入ってきた。
なにか気になることでも、あったのだろうか。
「どうしたの? 間狩さん」
「いえ、欧米のとある闇組織が内紛の末に崩壊したと、数年前に分家筋から聞いたことがありますが、もしや……」
「おそらくそれですわね。スコルピオは当主の後継問題で三つに割れて、共倒れに近い形でいずれも潰れたそうですから」
内紛って、安愚羅会もそんなことなってたな。組織内で影響力高かった眼帯おっさんがそそのかされて。
「やばい組織って、まとまりないんですね」
「真っ当ではない組織というのは、往々にして不安定なものですわ。しかもそれが、己の力に酔いやすい異能持ちで構成されてるとなれば尚更……」
「反発や暴発も起きやすいと」
「ええ、その通り」
モラルが薄いうえに力に溺れてる奴らが集まれば、おのずと不発弾の貯蔵庫になるのも仕方ないか。
「それであの女は無職になって、何年もフラフラしてたところを俺退治に誘われたと」
「イギリス国内の正規組織によって、スコルピオの残党は残らず刈り取られたという話でしたが……彼女は難を逃れたのですね」
「よりによって一番ヤバそうなの取り逃がすって……」
しっかり刈り尽くしてくれよ。どぎついのが残ってるじゃんか。どこ見て刈ったんだよどこ見て。
使えねえ正規組織だぜ、まったく。
「いや、逃れたのではなく追っ手を全てなぎ払ったのかもしれないぞ。あの手強さならあり得る話だ」
うんうん、と間狩が『わかった感』を出して何度も細かく頷く。
一人で勝手に納得しているようだ。
要するに、強い自分の一太刀を防いだのだから、アイツもまた強いと。回りくどい自画自賛だな。
「あんなのまで引き入れるとか、どんだけ俺を殺したいんだか」
「それだけ高く評価されてるってことだよ、天外くん」
大人の女性の声。
天原さんだ。
ギャル二人を引き連れ、天原さんが歩いてきた。
堂々と、葉巻までくゆらせながら。
いつでも迎撃できるよう、互いの死角をカバーするように周りを見ている後ろの二人と違い、天原さんはこちらしか見ていない。
しかし、隙は無い。
どこから攻めても対応されそうな、そんな気にさせる立ち振舞い。
さっきの女が懲りずに近くで息を潜め、また降りかかろうとしていても、この人だけは狙わないだろう。
「そう言われても、あまり嬉しくないですよ。低評価のほうがありがたかった」
苦笑いしながらそう返す。
すると天原さんは、
「情けないこと言うんじゃないよ。男の子だろう?」
俺の胸に拳を当て、ノックするように数回叩くと、歯で葉巻を挟んだまま、力強く頼りがいのある笑いを見せてくれたのだった。




