17・真の敵
「データ取りって、これでいいんすか」
あれからさらに二体のゴーレムを苦もなく破壊した俺は、知恵さんにまだ続けるのかどうか聞いてみた。
「そっスね、これでいいっスよ! あんさんの肉体能力や破壊能力はだいたいわかりましたから! まだ未知数なとこはありますが、今はこれくらいで結構っス!」
「へーい」
「ウチのお人形さんたちの耐久テストにもなりましたから一石二鳥っス! 協力感謝!」
あー、それも兼ねてたのか……。
だから合計三回もやらせたんだな。
おかしいと思ったよ。代わり映えのしない戦いを三度も繰り返しただけだったから。もっと変化つけるもんかと。
「もうここから出ていいの?」
「知恵さんが満足したみたいだし、私としてもあなたの力の一端を知れたから、これで終わって構わないわ」
「よっしゃ」
──なんて気楽にガッツポーズして、何もわかってないアピールしてみたが、内心では根ノ宮さんを怪しんでいた。
俺の力を見極めようとしたのは間違いない。
もし仮に俺が利害の不一致で暴れたりしたら、どこまで被害が出るのか、どれだけの戦力で止められるのか、それを確かめたのではないか。そんな気がしてきた。
でも、それも当然だろう。
人や組織を動かす立場の人間が、そうやってリスク管理するのは当たり前だ。根ノ宮さんはやるべきことをして、知恵さんは好奇心で動いた。
それだけだ。
別に文句はない。
広々とした実験場から、今度案内されたのは食堂らしき場所だった。
ここには三姫も付いてきた。
知恵さんはこれから研究室にこもるらしい。
俺の暴れっぷりにインスピレーションがわいたとか言ってた。どういうこっちゃ。
「好きなものを頼んでいいわよ。品揃えにある範囲でだけど」
食い物で機嫌取り……じゃないな。ずっと暴れてたから腹減ってると思われただけか。
「んー、んじゃこれとこれ」
遠慮なくチャーハンと醤油ラーメンを頼むことにした。
本当は人間の新鮮な生き血がいいし、それが無いなら肉が食べたい。
しかし学園アイドル三人組の前でそれを素直に言えばまたバトルが始まりかねない。間狩は絶対にブチ切れる。
やむなくラーメン屋での定番組み合わせでお茶を濁すしかない俺だった。
「あなた達は?」
「そういう気分ではないので、遠慮しま…………いや、やはり軽く摂っておきます。コーヒーとサンドイッチを」
「やめておきましょうか。わたくし、特にお腹も空いていませんし、そもそも夜食など不摂生の元ですから」
「んじゃカツ丼で」
三者三様である。
眠気覚ましと栄養補給。健康管理。腹へった。
こんな些細な事でもそれぞれの性格がよく現れるから面白い。
がつがつとチャーハンを掻き込みながら俺は興味深く三姫を眺めていた。
ちなみに根ノ宮さんはアイスティーを飲んでいる。
ようやくのんびり気分でいれると落ち着いてラーメンすすっていたのだが、やはりこの世は甘くない。
スマホの呼び出し音が鳴った。根ノ宮さんのほうからだ。
「もしもし、どうしたの? 病院の後始末は……………………何ですって?」
言葉の感じが変わった。
緊迫したものが、混じりだしている。
「そう、なるほど……わかったわ。ええ、封鎖だけにとどめて……後はこちらが……そうね、そうしてちょうだい」
通話を終えた。
「どうしました?」
根ノ宮さん以外の意見を代表したかのように、間狩が尋ねる。
「とんぼ返りと言うべきなのかしら、この場合」
出戻りってことか? どこに?
まさか……あの病院にまた行くのか?
「病院の崩落や事件の隠蔽を行なっていた『浄』が襲撃されたわ」
「えっ」
なんでまた。もう終わったんじゃないのかよ。
「地下通路から何体もの危険な妖物が現れたそうよ。しかも、病院内の死体が触手を生やした肉塊の怪物に変貌しているらしいわ」
「「!」」
俺と間狩は顔を見合わせた。
ヨシモトさんだ。
病院中に散らばる死体がヨシモトさんのようになったのだ。どんな原理なんだ?
しかも地下室からヤバい妖怪みたいなものまでワラワラ出てきてるという。
……ん?
俺もそのヤバい奴らの一員だったりするのかな?
「被害は?」
冷静さを崩さずグロリアさんが聞いた。
「まだ死者は出てないみたいだけど、重傷者は何人も出してるそうよ。全員撤退して、今は病院を遠巻きにしているらしいわ」
「で、妖物どもが這い出てきたっていう地下ってさ、どこなわけ? 霊安室とか? まさか、地下にあるホルマリンプールの遺体が妖化したとか言わないよな?」
カツ丼を平らげ味噌汁を啜り終えた玉鎮が、疑問を口にした。
「なあ玉鎮、そのホルマリンプールってネタ、ガセだぜ?」
「嘘だろ天外!?」
「嘘じゃないよ。そんな場所わざわざ作るかよ。だいたいなんでプールに死体を浮かせておくんだ。無駄すぎるだろ」
「そ、そうか。言われてみたらそれもそっか。……なら妖物どもはどっから来たんだ?」
「それなのだけどね。『浄』が各部署から集めた情報によると……」
アイスティーで喉を湿らせ、根ノ宮さんが再び話を続ける。
「……あの病院の地下に、旧日本軍の地下施設がまるまる残ってたらしいわ。施設自体はほぼ放置されていて、そこへの通路も厳重に封鎖されていたそうなのだけど……」
過去には、どこからか嗅ぎ付けた廃墟マニアがペンチなどで封鎖を無理やり壊し、中に侵入しようとした事件が起きたらしい。
「それと今回の件とは関係ないでしょうね。そのマニアは、後に精神に異常をきたしたそうだけど……そんな真似をしていれば、どこかで霊障を受けるのもやむ無しよ」
「今回我々が調べるべきだったのは、そこでしたのね。ならば、わたくし達の不手際ですわ」
「気にしなくていいわ。あなた達ではなくこちらのリサーチ不足よ。もっと徹底的に調べ上げておくべきだったわ。今更だけど」
「……あれ? んじゃ、そうなるともしかして、ヨシモトさんは……」
親戚がいっぱい増えてるってことは、つまり、関わりがあるのは俺ではなく……
「その施設の奥で目覚めた『何か』を、たまたま復活したあなたと勘違いして、献身的に尽くした──そう考えるのが妥当じゃないかしら」
「そっかー。そうなるかー」
なんか凄い力を宿した人外いるから自分の主に違いない。そう解釈したってことか。
最期まで勘違いしたまま死んだんだな、ヨシモトさん。
……まあ既に死んでんだけど。
「で、あんたらが予知だの何だので先読みして退治しようとしたのが、俺ではなくその何かってことか」
「まだわからんぞ」
間狩がぼそりと呟いた。
その呟きはほっとくとして、病院のほうはほっとけないよな。
まあ俺には関係ないからここでデザートでも食いながら吉報を待つよ。行ってこい。
なんて余裕こいてたら知恵さんに変な実験付き合わされそうな気配してきたので俺も行くことにした。




