12・井の中の蛙
前回のあらすじ
・開けて入って閉めたら上からトロみのあるものがいっぱい降ってきた。昭和のコントか。
クラウス・バレンタイン。
彼はエクソシストの家系に産まれた。
両親や祖父母も、親戚やいとこも、友人の家系までもエクソシストであり、彼も、何の疑問も抱くことなくその道を進んだ。
それが当たり前のことであると、心の底から思っていた。
他の道を選ぶなど、考えたこともなかった。
幸いなことに、彼は、エクソシストとしての実力も剣の腕も、ともに非凡なものがあった。
一族の中で、その実力は抜きん出ていた。
それゆえ、バチカンが有する最大戦力のひとつ、聖オリヴィエ騎士団のスカウトの目に留まることになったのだ。
断る理由など、なにもない。
光栄なことだとクラウスはその誘いを受け入れ、彼の一族は歓喜した。
入団したクラウスが着実に成果をあげ、やがて、枢機卿から『守護者の剣』と呼ばれる聖剣を授与されるまでに至ったのは──わずか三年後のことである。
かくして。
聖オリヴィエ騎士団の白眉として、クラウスの名は知れ渡り、そして。
──遠く離れた東の果てに流れ着いた、腐敗の権化を浄化すべし。
そのような命を受けたクラウスが遠路はるばる日本へと来たのは、聖剣を授かってから一年後のことだった。
才気あふれる若き逸材。
今回の使命も、多少は手こずりはしても、現地の退魔師にサポートをやらせることで難なく達成できるだろうと、誰もがそう疑わなかった。
クラウス自身もだ。
聖ローラン騎士団よりも、我らが聖オリヴィエ騎士団のほうが優るのだと、私は、神の剣として誰よりも力強く働けるのだと。
東洋の島国に隠れ潜んでいる悪霊退治など、所詮はそれを証明する足掛かりのひとつに過ぎない──そう、クラウスは思っていた。
リシュルのやつも同行したがっていたが、あの子はあの子で別件があり、重なってしまった。
今回は仕方ない。
優秀なあの子がいると、私としても何かと助かるし、嬉しいのだが……あまり頼るのも先輩としてどうかと思う。
ここはひとつ、現地にいる異教の術者や、元人間の化け物とやらをうまく利用して、やってみせようではないか。
その化け物だが、驚くべきことに、ローランの中でも腕のたつ聖剣と聖槍のペアを、たやすく退けたという。
にわかには信じがたい話である。
だが、あのペアは、どちらもまだ若い少女だ。
単に未熟さを突かれただけなのではないか。
そうに決まっている。
経験の無さが災いしたのだ。
しかし、自分のような経験を積んだ本当の実力者には、そんな小手先の浅知恵など通用しない。
私にはこの剣がある。
この刃の、無類の聖なる輝きが、いかなる悪しき力からも我が身を守ってくれる盾となり、サタンの下僕どもを祓う、厳しき刃となるのだ。
そうだ。
今回の件が片付いたら……そいつも我が剣のサビにしてやるのはどうか。
もし、上手くやれたら、こちらの評価も私の評価もさらに上がり、あちらの騎士団の面子も丸潰れにできる。一石二鳥というやつだ。
聖アストルフォ騎士団の動向が気にはなるが……まあいい。
あそこは基本マイペースだ。
ライバルだとは思わなくてもいいさ。
努力も才能も人一倍。
クラウス・バレンタインは、慇懃な仮面の下で、自他共に認める己の実力に酔っていた。
裏を返せば、酔えるだけの実力が──人を守ることより名誉欲を重視するがあまり聖剣の輝きが鈍っていても任務をこなせるくらいの実力が──あると、そういうことなのだが。
そのクラウスが──
「……あー、一発目から、こんな強烈なのがきやがるとはな。どうなってんだ、くそったれが……」
悪態が自然と口から漏れ出てくる。
屋内でありながら降り注いできた、情け容赦のない呪いの雨。
そんな危険なものを俺たちはまともに浴びたのだ。口が悪くなっても仕方ないだろ。
(こんなもの食らって、よく命からがら逃げ出せた奴がいたもんだ)
なんかやられるのはわかっていたが、威力がおかしい。
何日もかけて死に至らしめるものじゃないぞこれ。即死とまではいかなくても致命傷レベルの呪いだろ。
いや、呪いなのか化学的なものなのかまだわからんが。
自分の身に起きている異変を確かめる。
衣服はなんともないが、皮膚のあちこちがじわりじわりと薄汚れ、こそばゆくなってきた。
なんと、爛れてきた部分まである。
つい、小学生の頃にかぶれたの思い出した。懐かしい。
……いや懐かしんでる場合じゃねえ。
それにしても、俺の体でこんな具合なら、ただの人間ならひとたまりもないな。
それより、皮膚がこの調子なら、髪の毛だって痛み始めてるかもしれない。
それは困る。本当に困る。
まだフサフサでいたい。
頭が寂しくなる未来を回避すべく、背中から輪っかを出して無効化。いつもの手だ。
背中の輪っかが、優しく光る。
腐敗の呪いは俺の体をむしばみ続けることができず、たちまち消滅していった。やっぱりサイエンスではなくオカルト由来だった模様。
「大丈夫か?」
「見りゃわかんだろ」
平然と立っている加狩が毒づいてきた。
全身に、あのカブトムシのような式神を本物のものよりさらに小さなサイズにしたやつを、何百匹とまとわりつかせている。
いくら昆虫の王様カブトムシとはいえ、虫が嫌いな人間なら見ただけで泡吹いて卒倒しそうな光景だ。
よく見てみると、その小型カブトムシ達は何かをモシャモシャ食べているようだ。
この状況でこいつらが食べるもの。
そんなのは一つしかない。つまりそういうことだ。
一方、風船屋はあのワタアメみたいな式神を吐いていた。
オエオエえづきながら口から出してるのは、いつもの色とりどりの式神ではない。
呪いの肩代わりをしたせいだろう。黒や黄、赤などが入り交じった毒々しい色になっている。内臓でも吐いてんのかと、つい二度見したくらいだ。
「そりゃそうではあるが、一応な。敵じゃないんだし、心配くらいはするさ」
「バケモンなのに人のことを心配するのかよ。調子狂っちまうな……。やり方こそ、ま、まあアレだったけど、間狩のお袋さんも助けたりしたし……変な奴だぜ」
「人間やめてまだ半年も経ってないんでね。化け物の振る舞いとか、さっぱりわかんないよ。頼み込まれたら人助けくらいはするさ」
「お人好し猥褻モンスターか」
「ふざけんな」
「…………ふぅ、すっきりした。かなり出しちまったぜ、全くよぉ」
口元から垂れてるヨダレを手の甲でぬぐいながら、風船屋が一息ついた。
やっと呪われたやつを全部出し終えたらしい。あれだけ吐いたら辛いよな。どんぶり一杯くらい出したもん。
「あんたは無事か。お互い便利な式神持ちだなぁ、ヒヒッ」
口直しのつもりなのか。
小さめのワタアメ式神を一個、自分の口に放り込み、クチャクチャと噛みだした。
俺の心配はしてなかったようだ。だよな。
「ガムにできるほど、活用の幅は広くないがね。それでも……使い道は多いぜ? 私の『青々蟲衆』はな」
「らしいねぇ。なかなか手強そうだ」
「褒め合うのはいいが、ところで神父さんは?」
一向に会話に参加してこないんだが、どうしたのか。
「「あ~」」
風船屋と加狩。
二人が同じ方向を向いてハモった。
俺の後ろのほうにある、正面玄関口。
確か、最後に入ってきたのがあの神父風兄さん──クラウスさんだ。
こいつらのリアクションからしてたぶん駄目だったんだろうなという思いが頭を支配している中、ゆっくりと、振り向く。
はい。
そこには、自身は無事だけど持ち主は守りきれなかったキレイな抜き身の剣と、金髪兄さんの腐った死体がありましたとさ。おしまい。




