10・派閥争い
聖オリヴィエ騎士団。
オリヴィエ……まあ、なんか凄い活躍した人物の名前なんだろう。
将軍とか勇者とか。
で、その人物名を騎士団につけた、と。
キリスト教の偉人とか有名人なんてよくわからんけど……きっとそれで合ってるだろ。
名前の響きからして、地名とか品物名ではないと思うんだ。
そういう風に俺が感じてるだけで実際どうなのかはわからないけどさ。わからんだらけだな。
海外の退魔事情とかに詳しそうなグロリア先輩に聞いたら優しく教えてくれそうだが、残念なことにこの場にはいない。
いるのは黒髪の俺と偽金髪のネコと天然金髪の神父さんだけ。あと運転手のおじさん。
(……あれ?)
嫌な考えが、後頭部のあたりをよぎる。
まさかこの状況って、
俺が、七星機関の代表として、
安愚羅会の代表と聖オリヴィエ騎士団──ひいてはバチカンの代表に接していることになるんじゃなかろうか。
……状況的にはそうだろこれ。
そうだよね。
なら、なんか不手際とかトラブルあったら俺のせいになるの?
なんで?
楽しい楽しい血沸き肉踊るトレジャーハンティングのはずが、なんでこんな形でクソデカ責任背負わされるの? 俺聞いてないよ。
このことを加狩は……
……そうだ。
あいつだあいつ。
加狩のやつが責任持つべきだろ。あんなのでも名家のお嬢さんなんだしよ。
この神父風の騎士団員さんだって、コンタクトとった相手は加狩家であって、機関には何も言ってないらしいし。
だったら俺関係ないよね?
そうだよ。俺は悪くない。
何か起きたりしたらあのカブトムシ使いに全部おっ被せて──
「おい、どしたん大将?」
風船屋の声。
思考を、いったん切り上げる。
「さっきからずっと難しい顔してよぉ。車酔いでもしたか?」
言葉だけなら心配してるように聞こえるのだが、顔がいつもの半笑いだから、からかっているようにも見えてしまう。
どっちなんだ。
「大丈夫だよ。気にしないでくれ」
「そっか」
一言で終わった。
心配していたというより、一応聞いてみただけだな。
化け物の体調を心配する奴なんているはずもない。
「ちょっとつまらないことを考えてただけさ」
「心配性だねぇ。面白いことだけ考えねぇと人生損だよ?」
「お気楽だな」
「キヒヒ、そうとも。こちとら一回こっきりの人生だしね。お気楽極楽でやってくさ♪」
「ふふっ」
そうだな。
もっと楽に、シンプルにいくか。
深く考えるのをやめ、もし何か起きたら全力で加狩になすりつけることを心に誓い、ここで思案を完全に打ち切ることにする。
責任問題については、もういい。
無難に何事も起きずに終わる可能性だってあり得るのだから、ちまちまと悩みすぎてもよくない。
このプリンネコみたいにお気楽でいこうじゃないの。
それに。
……それとは別に、気になってることがある。
「あの、クラウスさん」
「なんでしょう?」
「今回、俺たちが行こうとしてる場所のヤバさ……わかってます?」
「ええ。一度入ったら一度で死ぬ、危険な、助からない呪われた病院だと、聞いています。そうです」
「この国の退魔師──そっちで言うところのエクソシストですね。その人たちも関わるのを避け、放置していた。そのくらい危ないのに、タダで命をかけるんですか?」
「だからこそです。遠く離れた異国の世の中で、困難を倒し、乗り越える。試練とは、そういうものであるのです」
「ヒヒ、言うだけなら簡単だがよ、乗り越えられなかったらどうすんだい? バチカンの兄さん」
「その時は、主の元へと飛び立ち、向かうのみです」
首から下げた十字架を掴み、うっとりとした笑顔で、クラウスさんはそう宣言した。
しくじったら、いさぎよく死ぬと。
そしてイエスのお父さんのところに行くと。覚悟キマってんなぁ。
「いや、凄いねぇ。うん、俺にゃ真似できねーわ。大したもんだよ」
誉めるというよりは呆れるように、風船屋が首を左右に振りながら言った。
格好いいこと言ってるけどどこまで本音なんだろうねと、そんな風船屋の心の声が聞こえてきた気がした。
──いや、もしかしたら。
その声が聞こえてきたのは俺自身の内からかもしれない。
怪しいものがある、いよいよ切羽詰まったら揺らいでもおかしくない自己申告はいいとして、だ。
『異国で困難をやっつける試練をクリアしたい』
どこまで本気かはわからないが、目的はわかった。
でも、なんで機関にではなく、加狩のほうにだけ接触したんだ?
ずっと日本に滞在し続けて俺を監視してろと命じられてる、もうバチカンに帰れない哀れなシスター二人が既にいるんだ。
そいつら経由して機関に声かけたほうがスムーズに事が進むはずだろ? なんなら手を貸してもらってもいいんじゃないか?
そこがさっきから気になって仕方ない。
だから聞いてみた。
「それが、その……」
なんだ。
歯切れが悪くなってきたな。
「このようなことは、あまり発言したくありませんのですが……つまり、あちらの騎士団と、私がいる騎士団とは、嬉しい、良い関係では……」
おお、すらすら言えてた言葉が濁る濁る。
「…………はっはーん。そうかそうか。わかったぜ」
「なんだ、何がわかったんだよ爆発娘」
「なんだよその呼び方」
「それはいいから、何がわかったのか言ってみろよ」
「はぁ? 言わなくてもあんただってわかるだろ。わかんなかったらどんだけ鈍いんだって話だぜ?」
「いいから言え言え。言ってみい」
「いや、だからさぁ、この兄さんは、あのシスター姉ちゃん達に知られたくなかったんだろうさ。今回のお仕事をよ」
「…………」
風船屋の大きな瞳にジッと見つめられるクラウスさんが、ついに黙り込んだ。
何も言わず、目線を下に向けている。
「もし姉ちゃん達がさぁ、自分たちもこの件に協力したいとか本国に申し出て、それが受け入れられたら……困ったことになるよな? 自分の騎士団だけの成果にしたかったんだもんな? だよな兄さん? しかもだ……仲良くお手々つないで解決したってんならまだいいが、もしまんまと出し抜かれようもんならクッソ最悪だ。あちらの騎士団の株だけ上がっちまうことになる。だから、加狩の姉さんのほうに声をかけたと」
「……………………その通りに、なります。あなたが言ったようなことで、正しい」
クラウスさんが、呻くようにつぶやいた。
まあ、そんな感じなんだろうと、俺もだいたい似たようなことを思ったよ。
そりゃ言葉も濁すわ。
「あいつらにバレないうちに解決してこっちの評価だけ上げたいから黙っておくぜ!」なんて俗っぽいこと言いたくなんかないもんな。
しかし、やっぱどこの組織も内部の争いとかあるんだな。
だいたい、俺が所属してる七星機関でさえ三派閥あるんだから、ないほうがむしろおかしいんだろう。表の業界も、裏の業界も、退魔の業界も、そこは変わらずか。
にこやかだったクラウスさんも落ち込み、車内の雰囲気がどんよりとして、誰も喋らなくなって四十分くらい経過した頃。
「うーっす」
目的の療養所がある某県。
そこの、とある道の駅で加狩と合流した。
一時間ほど前から、ここに車で来て待っていたらしい。
ギリギリで来そうな感じしたが、そういうところはしっかりしてるんだな。
駐車場をじっくり観察すると、のんびりとした道の駅に似合わない高級車が一台停まっていた。あれか。
療養所のある廃村までは、ここからさらに二十分ほどだという。
はてさて、どんな怪異が待ち構えているのやら。
そして、何人生き残れるかな?




