9・なんかさらに人増えた
「本当に引き受けてよかったのかな」
加狩霧香と風船屋(いまだに本名知らない)。
両手に花の二人三脚でトレジャーハンティングやることに同意した、その日の夜。
晩ごはん食べたあと、外に出て腹ごなしの散歩。
ご近所ぶらぶらに飽きて帰宅してシャワー浴びて自室へ。
飯食って、軽く歩いて、一日の垢を洗い流し、落ち着いて振り返ると「やっぱ引き受けたのまずかったんじゃねえかこれ」という不安が背中にもたれかかってきた。
十億の埋蔵金。
俺の取り分は四億。
一介の男子高校生にとって莫大な報酬に惑わされていた脳が、ここにきてようやく冷静さを取り戻したのかもしれない。やはり自分はこの話に興奮していたのか。
悩む。
もう遅すぎる気もするが、しかし、今日悩まないと明日はもっと悩むのではないか。
だから悩む。
どうしたらいいのか、どうしたらよかったのかと頭をひねるだけひねって悩んだり、
座っていられず、無駄に部屋の中をウロウロしたりシャドーボクシングしながら悩んだり、
寝っ転がりながらスマホいじって、お気に入りのV配信者の動画を見て笑いながら悩んだり、
悩みに悩んで色々考え抜いた結果。
『あ の 根 ノ 宮 さ ん が 何 も 言 っ て こ な い な ら 問 題 な い だ ろ』
そういう結論となり、その日は安心して寝た。
それから数日経過。
何事もなく時は流れていった。
奥田とあの先輩女子の関係も好調のようだ。果たしてそれもいつまで続くか。
この間に、一度、ディバインたち三体のアサルトマータがどうしているか、研究所のほうに様子を見に行った(これは毎週最低でも一度はしている)。
初期の険悪なムードこそ鳴りをひそめてはいるが、減らず口の叩き合いは相変わらずのようだ。
……まあ、このくらいなら、いいガス抜きになるし放置でいいだろう。それについては根ノ宮さんやちーちゃんさんも同意見だった。
とか思いながら眺めていたら口数の減りだしたディバインが銀の剣を取り出しそうになっていたので止めた。
アカン。
やはりこいつは問題児だ。
あとからミスショットとチック・タックに「お前ら同士ならいいけど、あの融通利かない箱被りをからかうのはほどほどにしておけ」と釘を刺しておいた。
あの二体に対して、その釘がどこまで抜けずに効力を発揮したままでいれるのか。
まあ、でもね。
もしえらいことになっても、あの広い研究所の一部がなくなるくらいで済むだろ。
俺のほうにとばっちり来なけりゃ別にいいよ。
そして土曜日当日。
目的の建物があるのは他県の某所。
その県は、我が町がある県からはまあまあ遠く、関東と関西のだいたい中間くらいに位置している。
療養所とやらは、人里からそれなりに離れた、とある廃村にあるらしい。
この療養所だが、オカルト業界においては、全くといっていいほど知られていない。
ここでいう『業界』とは、退魔師たちや霊能者、呪術者に異能の使い手といったガチの業界ではなく、怪談本やオカルト系のサイト、心霊系芸能人や人気占い師といった、いわば、素人さんの業界のことだ。
その中にも、ほんの一握り──いや一摘みくらい、ガチな人がいたりするらしいが。
ではなぜ、素人さんの業界というか表の業界で、昔からあるその療養所について知名度がないのかだが、理由は単純明快。
関わったりした奴みんな死んだから。
これまで何人くらい療養所の中や外で死んだのか合計は不明だが、わかってるだけでも十人以上はやられている。
運良く建物から抜け出し、逃れることができたかと思われた者も、漏れなく後ほど悲惨な死を遂げているという。
十億持ち逃げした奴もその一人だ。
命には代えられないと、せっかくの大金を療養所の中に置き去りにして、やっとの思いで逃げることに成功したものの、具合が悪くなったのか国道沿いの路上で行き倒れた。
その数日後、担ぎ込まれた病院から通報があり、詐欺事件を担当していた刑事たちが警視庁からはるばる駆けつけたのだが……。
そこで刑事たちが見たものは、
身体が腐り、ウジがわいて、どう見ても死人としか思えない姿にも関わらず、死ぬこともできず苦しむ男だった。
原因は不明。
無駄だと知りつつ治療を試みたが、ことごとく効果なし。
なぜ、治療が無駄だと医師たちがわかっていたのかというと、過去に、同じような症例の患者がここや近隣の病院に運ばれたことがあったからである。
その患者の中でも、まだ腐り初めの者から、どこに行ってこうなったのかを医師たちは聞いた。
あの、古い病院みたいなところから逃げてきた。
肝試しのつもりだった。
あの療養所はヤバすぎる。入らなければよかった……。
喋ることがまだできるうちに、ベッドに横たわりながら、患者らは口々にそう言ったそうだ。
そして、全員がほとんど骨になるまで死なない、死ねないこともわかった。
地元警察もその話は聞いていた。
療養所の中を調査した数名の警官がそのまま帰らぬ人となり、必死の思いで脱出した生き残りが、同じように腐れて死んでいくのを思い知らされた。
あそこに行ったのならもうどうしようもない。
知らぬ存ぜぬで通すしかない。
それが暗黙の了解となっていた。
とはいえ、東京からここまできた刑事の中には、そんな説明で納得いかない者も数名いた。
金がそこにあるなら回収しなくては本当に解決したとはいえない。この現代にそんなオカルトに怯えてどうする。
そう言い残して療養所に入った刑事二名が、翌日、療養所のある廃村から一番近いコンビニの駐車場で死体となって見つかった。
そこまで逃げて、力尽きたのだろう。
二人の身体は腐り溶け、乱雑にくっつけたように一体化していた。衣服や財布、携帯や拳銃までも、ぐちゃぐちゃに混じりあっていたらしい。
使命感はあったようだが、危機感がなかったんだな。
他の刑事達は、沈黙せざるを得なかった。
恐れをなして逃げ帰った。
地元の警察や医師たちは、皆、長いため息をつきながら「やっぱりな」と思ったそうだ。
そんなミステリアスで危険なところを、二人と一体だけで探索する。
もっと人数いたほうが楽なんだが、いればいるほどお宝を細かく分割しないといけないのは辛い。
少数精鋭でやるしかない。
自宅前で、加狩が寄越してくれるお迎えを待つ。
親には「今日帰ってこないから晩御飯いらない」とだけ伝えておいた。
呪われた建物に十億探すため侵入してくるなんて言えないしな。
そもそも言ったところで信じてくれる可能性なんて微粒子レベルでも存在しない。鼻で笑われるだけだ。
──お、きたきた。
……うわ外車かよ。左ハンドルじゃん。
安っすい車でいいって言ってたのに。あいつめ。
こんなのに乗り込む姿とか見られたら色々と変な噂立つから、やめてほしいのによぉ……。
でも来たものはしょうがない。
さっさと乗り込んで出発を急かすしかない。
「へへ、おっす大将。今日はまたいい天気だねぇ。晴れすぎてて逆にウザく感じるほど晴れてやがる」
焦りながら車内に入ると、先客がいた。
風船屋だ。
それと、もう一人。
加狩ではない。
「どうも、初めましてこんにちは」
黒い神父服に身を包み、首から十字架をぶら下げた、二十代半ばくらいの金髪男性がこちらに挨拶してきた。
外国語ではなく、日本語。
多少違和感があるが、特に問題にならないレベルの日本語だ。
護身のつもりか、抱えるように、西洋風の剣を持ったまま座っていた。
当然だが抜き身ではない。
鞘に納められている。
「私の名はクラウスです。聖オリヴィエ騎士団に所属するエクソシストです。今回、あなたがたがやろうとしている正しき行いに協力せよと、バチカンから派遣されました。よろしくお願いさせていただきます」
人の良さそうな、いかにも神父という微笑みを浮かべ、クラウスさんは中腰で身を乗り出して右手を差し出してきた。
「え」
おいおい、また増えたのかよ。
またさらに分け前が減るじゃないか。いいのか加狩のお嬢さんよ?
しかも、騎士団ってことは、あのいきなり殺そうとしてきたヤバい二人の知り合いだったりするのか? ならお前もやっぱヤバいのか?
──なんて言って露骨に関係悪くするのもあれなんで、愛想笑いして右手を握っておいた。
だが、よくよく聞いたら、これは敬虔な信徒としての活動だから分け前は求めていないとのことだった。
つまりタダ働きしてくれると。やったぜ。




