8・プリンネコ絶望
「知賢院……か」
「名前くらいは聞いたことあんだろ?」
風船屋が訊いてくる。
「それっぽい名前を、こないだ根ノ宮さんが言ってたような…………あぁ、あの時……って、お前そういえば!」
そうだ。
あの時だ。
風船屋の左腕を掴み、少し乱暴に身体を引き寄せる。
あの時、このプリンネコにまんまと出し抜かれたんだ。
頭頂部周りが黒い金髪のプリン頭で、大きな瞳のツリ目が猫っぽい。だからプリンネコだ。
「うわ!? ちょっ、なんだよ急に!? 落ち着けって公園だぞここ。ヤリてぇんならそこの公衆──」
「変な勘違いすんな。俺はお前を問い詰めたいだけだよ」
「問い詰めたいって、なんで……」
「なあ、風船屋。こないだ、あの封鎖された路地裏でよぉ……神経質そうなOLと、ゆかいなサバゲー同好会をやったの…………お前だよな! 忘れたとは言わせんぞ!」
やばい、とでも言いたげな顔を風船屋がした。
顔に出るタイプなのかなこいつ。
「げ……覚えてたのかよ」
「当たり前だ」
つい今の今まですっかり忘れてたけどな!
……あの、オセロだか何だかって化け物のクローンを……ってややこしいな…………まあ、とにかくだ。
そんなものを俺にけしかけてきた、いかにも「私、仕事できるんですのよ。とても」といった外見の女性。
高慢そうな、OL風の女。
あの女を捕まえて、知ってることや目的を残らず吐かせたかったのに、弾け飛んだバラバラ死体にしやがって(そのおかげで女の足を食えたのは嬉しかったが)。
それでも『浄』の人達が、残ってた武装おっさん連中の死体やトラックの残骸を調べたりして……。
俺でも名前を聞いたことがある、あの会社の仕業だとわかったんだよな。
水銀堂。
『身体と子供に優しい』のキャッチフレーズでお馴染みの、アムリタって乳酸菌飲料で有名な会社だ。
日本人なら、ほぼ誰でも知ってる飲み物。
なんならうちの家でもアムリタ定期購入していた時期がある。俺が小学生の頃だったかな。
そこを世を忍ぶ仮の姿にしていたのが、その、知賢院って組織だとか、そんなことを聞いたような違うような……でも、合ってるだろ多分。
「まあまあ……兄さんよぉ、もう済んだことだろ。蒸し返さないでくれよ。んなケツの穴の小さいこと言わずにさぁ」
「それはお前が言うことじゃねえだろ」
厚かましい風船屋に、加狩のツッコミが飛んできた。もっともなツッコミだ。
お前が言わなかったら俺が言ってたよ。
「ケッ、うっせーなぁ……外野は黙ってろよ」
風船屋の声に、さっきまでのキレがない。
理由は単純明快。
あまり調子に乗りすぎて俺の不興をこれ以上買わないようにしてるのだ。
なにせ俺の機嫌を損ねてそっぽを向かれたら、今回の大金獲得ミッションの難易度は跳ね上がる。そうなったらソロで挑まなきゃならんからな。
だからしおらしくなってきたのだろう。
今更すぎるが。
「もう手遅れだっつーの、爆発娘ちゃん。こいつにそんなことやっといて謝罪のひとつも無いのに、協力してくれるとでも? ハハ、塩まかれないうちにさっさと帰んなよ」
「ぐぎぎ……」
おお辛辣辛辣。
ここぞとばかりに畳み掛けてきた。
よく喋るこの風船屋が、何も言い返せなくなり、憎々しげに歯ぎしりしてる。
ま、加狩からしたら、風船屋が絡んできても何の利益もないからな。
むしろ分け前が減って損してしまう。
十億を二人で五億ずつ分けるとしたら、三人なら、一人につき三億と三千万くらいになる。
なんと一億七千万も儲けが削れてしまうのだ。
だからこうして、風船屋を突っぱねる流れにもっていきたいのだろう。
…………そう考えると、嫌な予感がしてきたな。
(こいつら……本当に、きちんと金を分ける気あるのか?)
二等分したら五億で、三等分したら三億三千万だが、それを分けずに一人占めしたら、十億まるまる懐に入る。
十億。
えげつない真似をしてでも手に入れようかどうか、良識ある人間でも心が揺らぐだけの金額だ。
それが同じ人間相手なら気が引けることもありそうだが、相手が化け物──俺ならどうだろうか?
人食いとの約束なんぞ守るほうが馬鹿だろって考えたとしても、不思議でもなんでもない。
ましてこいつらは退魔師だ。
基本、化け物退治してナンボの職についてるような者が、化け物な俺を裏切らない保証はあるとは……とても言いがたい。
だが、俺の強さは知ってるはずだから、俺が元気なうちは大人しいままでいるだろう。
しかし。
その施設内で、俺が激闘するなりして酷く消耗したら、どうなるか?
大金を手に入れて外に出た途端、ここぞとばかりに豹変して、弱った俺に襲いかかる──そんな筋書きも十分あり得るのだ。
……こいつらはそんなことをもくろむ性格には思えないが……でも、人間、魔が差すなんてのはよくあることだからな……。
あるいは、こいつらにそんな気が無くても、この件を聞きつけたこいつらの仲間が、身の程も知らずに俺を排除しようと企むってことも、無いとはいえない。
──ま、そのときはそのときか。
あまり考えすぎても、ろくなことにならん。
自分の考えで自分を雁字搦めにしてしまいかねない。
ほどほどに信じ、ほどほどに疑い。
柔軟に、臨機応変にいこう。
「……まあ、いつまでも根に持つのもカッコ悪くはあるな」
「おお、そうだろそうだろ。やっぱあんたは心が広いぜ」
がっくりとうなだれていた風船屋の頭が持ち上がり、晴れやかな笑顔を見せた。
「だからお前の分け前二億な。俺たちは四億四億」
「うええええ!?」
驚愕の叫びをあげる風船屋。
笑顔が吹き飛び、アゴが外れそうなくらいの大口を開けてびっくりしている。
「そんなの酷いよ大将! いくら俺が金とかあまり興味ないとはいってもよぉ……そりゃないぜ!」
だろうな。
三億三千万になる分け前が二億にされたら納得いかなくて当然だ。
「誰が大将だよ。別に俺はいいんだぜ? それが嫌なら、許さないし手も組まない」
「しょんなぁ……」
「勝負ありだな」
そう言ったカブトムシ使いに、俺の肩越しに恨みがましい目をプリンネコが向ける。
爽やかな風が、俺たちを撫でながら公園内を吹き抜けていった。
それから、いくつか細かい話し合いや情報共有をしたあと、今週の土曜日に動くことになった。
他にもこの埋蔵金を狙ってる奴がいるとは思えないが、やるなら早いほうがいい。そういうことで話がついた。
第二特別救病療養所。
いったい、何が待ち受けているのやら。




