63・ゲームオーバー
「よう。こうして戦うのは二回目だね。元気だったか?」
コラプス。
崩壊の特性を有するアサルトマータ。
外見は、大柄な女性軍人って感じだ。今は軍人風エロコスプレだが。
一回目のときは、まだ誰も倒していなかったから元々の特性しか持っておらず、まっさらな状態の奴だった。
それでもやはり『崩壊』という力は凄まじく、俺の触手やディバインもなかなかの痛手を受けた。過去のゲームで最後まで勝ち残ったことのある個体だけはある。
まあ大した痛手じゃなかったし、その後メタメタにやっつけたけどね。おいしいところはカラスに奪われたが。
そのカラスもやたらと話の長い男装美人に仕留められた。
負の連鎖というやつだ。違うか。
そして男装美人は仲間──というより同盟に近い関係──になったことで崩壊の力は巡り巡ってこちらの戦力になったのだから、結果的にヨシ!
「いいや、一度目だ。私は貴様など知らない。始末……させてもらう」
完成体コラプス、略して完コラが、そう返してきた。
一見、普通そうな物言いではある。
言ってることも正しい。
俺からしたら二回目ではあるが、別個体なこいつからしたら初対面だ。おかしな点は特にない。
しかし──覇気がない。
淡々としすぎてる。
ガラテアに操られているのか。
それとも、完成体になるとこうなるのだろうか。他のアサルトマータ七体の力を全て取り込むと、性格もがらりと変質してしまうのか。わかんねえ。
歴戦の猛者じみた雰囲気。
いかにも武人という風情。
どちらも、目の前にいるこいつからは感じられない。
それはわかる。
コラプスの脱け殻が動いてるだけだと言われたら納得してしまいそうだ。
だからといって油断は禁物だ。
覇気があろうとなかろうと雰囲気がどうだろうと、かつて最後の一体となり、八つの力を持つ危険な人形なんだから。
しかも、こいつに与えられたメインの使命は、俺を倒すことではなく、ディバイン達が壊されるまでの時間稼ぎときてる。
なので、小競り合いとかやってみて、俺に勝てそうにないとなれば、こいつはどうするのかというと。
決まってる。
手間がかかって面倒くさいことこの上ない泥試合に切り替えてくるとみていい。
しかも、ディバイン達が普通に勝ったり……いや、そこまでいかずとも勝ちが濃厚になった時点で、そこにいる首謀者──ガラテアは一目散に逃げるだろう。
それは許さねぇ。
後の災いのもとは、ここで摘み取る。
出し惜しみなしで完コラをぶっ壊し、すぐさまガラテアも木っ端微塵にしてやるぜ。神殺しの化物舐めんなよ。
「ヒッヒヒ、いっちょ派手にいくかぁ!」
ミスショットが吠える。
それが号令となり、あちらとこちらで戦いが始まった。
「──焼かれながら、砕け散れ」
完コラが肩にかけている軍服の裾が、生き物のようにざわめく。
ひとりでに、引き裂かれるように千切れ、宙に舞っていくと、それはある姿をかたどっていく。
燃え上がる鴉の姿を。
そんな、火事場から焼け出されたような群れが軍服から無数に飛び立ち、回転しながら俺に向かって……一斉に体当たりを仕掛けてきた!
「螺旋、カラス、炎か……!」
この数をさばくのは面倒だな。
触手ぶんぶん振り回せばやれないこともないが、攻撃する暇が無くなる。
それに、運良く触手の防衛網をくぐり抜けたファイアバードが顔とかに当たるかもしれない。ダメージなんかどうでもいいが、絵面がマヌケなのでそれは嫌だな。
耐えるか。
試したいこともあるし。
背中から、輪っかと共に八本の触手を生やし、自身に巻きつかせてガードする。
命中。
命中。
ひたすら命中。
燃えながらぐるぐる回るカラス軍団が、突風のように立て続けに突っ込んできた。
尖っているものをねじ込まれる感触と熱が、全ての触手から伝わってくる。
痛くはない。
俺のこの身体は、化物になってから痛みとは縁を切ったようなのだ。
それだけではなく、単に、攻撃がそんなに効かなかったから──というのも、ある。
……なんとなくだが、触手の耐久力が増している感じがするんだよな……。
俺がこれまでの戦いを経て成長したのか、それとも、大ダメージを受けてから回復するとパワーアップするみたいな、どこかの戦闘民族のような性能を俺の触手が持ち合わせてるのか。
俺の五体のようなシンプルな固さとは違う、分厚いゴムのような、弾力のある固さ。
それがさらに増してきてるんだ。
ところどころ焦げたり刺し傷があったりはしたが、どの触手もほとんど無事だった。八本ともまともに動く。
まだ、光の力を込めてないのにこのタフさである。
試したいこと。
それは、このことだった。
こんな状況でぶっつけ本番やるのもまずい気もしたが、やりたい気持ちを抑えられなかったのだ。
そして実験は成功し、確信した。
俺の触手は──俺の五体よりも丈夫になっている。
それを実感と理解して、自然と笑みがこぼれた。
「数にものをいわせても、三種では抜けないか。しかも笑うほど余裕がある。危険だ。実に危険な存在だ」
そのわりに声に危機感はない。
自動音声のアナウンスのごとく、完コラはどこまでも平坦なイントネーションで話を続ける。
「なら、近距離ではどうかな」
右腕を無造作に下に振る。
──すると、どこからどうやって出したものか。
完コラの、何もなかったはずの右手には、見覚えのある銀の剣が握られていた。
どす黒い煙のようなものが剣から放たれている。
崩壊の力だ。
さらに、左手も下へと振ると、その手の内には、同じく銀の剣が。
いや、同じじゃない。こっちのほうが明らかに短い。
それに、水を滴らせている。
長さと特性の違う、二振りの剣。
二刀流だ。
右は、光と崩壊。
左は、光と水。
「今度はチャンバラかよ」
俺の右手首から生えてる剣と、どこまでそれでやりあえるかな。
「──とったぁ!」
不意に、耳に飛び込んできた歓声。
ディバインのものだ。
つい気になってそちらを見ると、ディバインの剣で脳天から腰まで真っ二つにされたスパイラル(片腕がドリルと融合してる個体)が崩れ落ちるところだった。
あれじゃ、胸元の奥にある核もやられただろう。
終わったな。
「借りは返したぞ、スパイラル」
リベンジ完了か。
別の個体相手にリベンジやるのはおかしい気もするが……いいや。ディバイン本人が満足してるなら、それで良しだ。
「あのさぁ……何があったか、だいたいの見当はつくけど、そのスパイラルに、よっと、借りを返すのは……おかしくないかな……っと!」
舞うような優雅な動きでブレイザーを翻弄しているチック・タック。
武器は、両手に持つ、時計の針めいた二本の剣。
大斧をかわしながら長針の剣でブレイザーの左手首を切り落とし、途端に動きがのろくなったブレイザーの胸元を短針の剣で貫きながら、ディバインにツッコミを入れる。
どちゃり、と重い音を立て、ブレイザーが、やけにゆっくりと……床に崩れ落ちていった。
チック・タックの衣服には、汚れも破れもない。麗人は戦う様まで綺麗なままなのだろう。
既に他のも倒していたらしく、少し離れたところには別の人形が転がっていた。
それも二体。
早業だ。
そんな、チック・タックの戦いぶりを見ていて、今思ったんだけどさ。
完コラの二刀流って……もしかして『時』の特性も乗っかってたりするんじゃないか? チック・タックと同じ二刀流なら、戦法も同じってのもあり得るよな?
それに、三種じゃ駄目か、みたいなことも言ってたし。
もしこの推測が当たりなら……完コラの剣には、光と崩壊と水、さらに時まで含まれてることになる。四種使用だ。
それはまずい。
最後のが特にまずい。
斬られたら今のブレイザーみたいにノロくされそうだ。そんなことされたら、勝負が無駄にチンタラ長引いてしまう。
もしやられたりしたら背中の輪っかの力でかき消さないとならんな。
「仕方あるまいチック・タック。本来、私が借りを返すべきスパイラルはもうこの世にいない。なら同じ個体で妥協するのぐわっ!?」
「あ」
一抱えくらいあるサイズの鉄球をくらい、ディバインがぶっ飛ばされ、それを見ていたチック・タックが、あっさり目に驚いた。俺も矢印が見えたのが今だったから教えるヒマもなかった。
剣の腹を盾代わりにガードしたようだが……まあ飛ばされるよな。
重量やサイズ比からして勝てないだろ。
やったのは、その鉄球を軽々と鎖分銅みたいにぶんぶん振り回してる、小学生くらいの女の子(女戦士っぽい衣装)だった。
「よそ見している場合か。愚か者め」
振り向くと、完コラが間合いを詰めていた。
荒々しい。
二刀流のパクり元のような優雅さなど何もない、獣のような攻め方。
狙いは、首。
短いほうで胴体も斬るつもりのようだ。
「やれやれ」
隙を見せたらすぐ食いついてきたな。
こんな状況で長々とよそ見をするはずないだろうに。堪え性のない人形だぜ。
矢印の行列で、攻撃してくる部位と、どこを優先してくるかはモロバレ。
しかもソナーで動きもチクイチ把握済みときてる。
どこにどのタイミングでどうやって襲いかかるかわかっているので、言うまでもなく、この二段構えの斬撃も対処は簡単だ。
(やり慣れない)スウェーで、長いほうの剣を避ける。
次に、短いほうの剣がくる。
腹部を狙ってくるその剣をあっさりかわしながら──左腕を切り落とした。
そう難しくもない。事前にわかってるしね。まるで初心者向けのチュートリアルバトルみたいだ。
ぼとり
「……ッ!」
顔に緊張が走る。
完コラと、そしてガラテアにもだ。
もう駄目そうだと、俺を倒すこともディバイン達を全滅させることも無理だと、ついに見切りをつけたか……!?
クソ、腕を浅く斬るくらいにしとくべきだったぜ!
「ちっ!」
舌打ちしつつガラテアの方へと跳ぶ。
もういい。完コラなんぞ後回しだ。手遅れになる前にやっちまえ!
「そうはいきませんよ」
無防備なはずのガラテアが嘲笑する。
どうしてそんな笑い方ができ──
「なんだと!?」
ガラテアの影から何体ものアサルトマータが飛び出て、俺にしがみついてきたのだ。
「おいおい、まだ在庫があったのかよ」
「万が一を考えて余力を残しておくのは、当然のことではありませんか。フフ、少し肝が冷えましたが、やはりわたしのほうが一枚上手だったようですね」
ガラテアの影が伸びる。
暗さがより濃くなり、人ひとりが余裕でくぐれるくらいの大きさになっていく。
そこから逃げるつもりか!
「ああクソ。また厄介なことをやらせやがって……!」
肉壁になったり、飛びかかって襲ってくるのなら、背後のガラテアもろとも吹き飛ばすなりできたが、こう全力でしがみつかれてはそれもままならない。
「いい加減離れろっつーの!」
触手を乱舞させ無理やり引き剥がす。
そのときの勢いで、俺を掴んでいた腕が何本かちぎれてそのまま残ったりもしたが、それをいちいち外してる暇はない。
完デバを倒したときみたいに、刃を突き出して、最上宝剣穿を……
「やらせるものか……!」
「ぐっ!? この、今度はお前か……!」
背中から突き抜ける、衝撃。
完コラが、体当たりするように突っ込んできて、長いほうの剣で俺の背中を貫いたのだ。
俺を仕留めるのと同時に、動きも鈍くさせるつもりか。
だが、俺はこのくらいでは死なないし、さっきから背中の輪っかは光らせているので、『時』の特性による速度低下も跳ねのけてやった。
が、
その衝撃によって稼がれた時間が、致命的なことになった。
(一手……遅かったか)
刺されても構わず刃を突き出そうとしたのだが、その刃が生えてる右手に、かじりつくように完コラがしがみついてきた。
振りほどこうとしたが間に合わない。
「さようなら。恐るべき怪物と……廃棄体どもよ」
美の極みのようなヒトガタが、去り際にこちらを向いて微笑むと、自身の影からなるゲートへと──
シュカッ
「…………あ?」
振り向き、微笑んだまま、ガラテアの動きが止まる。
その首筋に、一本の細い何かが生えていた。
長さ二十センチほどの──針が。
「もしかして」
必死でしがみつく完コラの、残る片腕に何本もの触手を絡ませ、思いっきりねじり折る。
今はこれ以上こいつの相手をしてる場合じゃない。
邪魔されないよう、片足を切り落としてから触手で掴んで遠くに投げ飛ばし、そして、針が飛んできたであろう方向を見る。
この、潰れたボーリング場の、入口にあたる場所。
予想していた通りの人物が、そこに立っていた。
「最高のタイミングでしたよ、先輩」
そう。
そこにいたのは、我が白夜高校が誇る三大美少女の一人。
鏡姫こと、御華上・グロリア・イージス先輩だった。
「あ、あがが、こんなっ」
ガラテアは、どうにか針を抜こうとするのだが、錆び付いた機械仕掛けのオモチャみたいに、腕を素早く動かせないようだ。
それでもやはり、神話の住人、古い神秘の結晶みたいな存在だけあり、動けることは動けるので、ほっといたら抜いてしまうだろう。そうなったらグロリア先輩の助けも無駄になってしまう。
「あんたも、あんたが下らない妄想に取り憑かれて繰り返してきたゲームも、ここで終わりだよ」
「そんな、そんなバカな! わたしはあの人と、愛しきピグマリオンと再び出会い、永遠の時を……わたしの夢がこんなところで…………バカな、バカなバカなバカなッ!」
「あーうっさいうっさい。もういいよ。悪夢の続きは地獄で見てくれ」
もう横槍が入るのは勘弁だ。
無駄話もやめて、さっさとケリをつけてしまおう。
右手首の刃を突き出し、やっと、やっと今度こそ、この黒幕めがけて最上宝剣穿を放つ。
刃から放たれ、突撃していく、渦巻く光。
もはやガラテアには、なす術はない。
光をまともに浴び、何の抵抗もできず、呆気なく消し飛んでいく。
「呪われよ! 美を踏みにじる怪物を、ヴィーナスは決して許しは──」
それが、ガラテアの最後の言葉だった。




