60・きわどい新旧ディバイン
「他のライバルを全てたいらげるとSM趣味に走るのか。強さを極めた人形の行く末がこれってイカれてんな」
まず出てきた率直な感想がこれだった。
ディバインとコラプス。
かつて、生き残りゲームの最後の一体となり、他の奴らの能力を取り込んで『完全なる一』とやらになったという、二体のアサルトマータ。
その容姿は俺が知るものと相違ない。
しかし服装が違う。
エロ路線に傾いている。大幅に。
大柄な体格に軍服風の衣装をまとい、威厳らしきものすら感じられたあのコラプスは、体格も顔もそのままに、しかし、服というよりは下着に近い格好の上から、軍服の上着を肩にかけている。
両足は、黒のストッキングと軍靴。
胸や股間は黒革の細いベルトのようなもので、どうにかこうにか隠されている。着てるというより巻いてるって状態だ。
これで顔は勇ましい表情なんだからギャップがひどい。尊厳破壊ってこういうことをいうのかね。
一方、ディバインは……
……そんな変わらんなコイツ。
木箱を被ってたのが赤マントになったのが大きな変更点だが、衣装は、元がレオタードだったのが、コラプス同様に両足黒ストと黒革細ベルト巻きになっただけだ。むしろ足がストッキングで隠れてるから総合的な露出度は減ってんじゃないの。
……いや、そうでもないか?
ことはそんな単純でもないようだ。
……レオタードのときよりも、股間のくい込みが強めになってるような……もしかして、股間のベルトだけ、他の部分よりも細いのか? それとも元からこんなもんか? こっちのディバインのは……なんかこっちも、よく見たら際どい気も……人形だからいいけど生身の人間だったら毛が見えて……。
「……おい相棒」
「ん?」
「その、お前も若い男なんだからそんな気持ちがあるのはわかるが、そんなにまじまじと、あちらとこちらの私の…………あれを、み、見比べるな」
「駄目か?」
「う、うん。あまり、よろしくはないな」
苦情を言いたくなるほど恥ずかしいようだ。なんか内股になってるし。まあ当たり前か。
すっかり失念していた。
「だけどさ、今更すぎないか」
修復するときに、俺にいろんなところから息を吹き込まれた気持ちよさからあられもない姿をさらしておいて、股間をガン見したくらいで照れるっておかしいだろ。
「……だ、だって、お前の仲間もいるんだぞ……」
「あー、そういうことね」
二人きりならいいけど、他人に見られながらいやらしいことされるのは恥ずかしいと。
チラリ、チラリと、周りを見る。
……やばいのう。
間狩殿の目が据わってきとるわい。
そのうち「卑猥なのはやめろこの変態」とか言い出しかねない雰囲気じゃ。くわばらくわばら。
好奇心を優先するのはこのくらいにしておこう。
仕事仲間としての付き合いは浅いが、間狩氷雨という女が、いろんな意味で潔癖なところがあるのはわかっている。
同じお嬢様でもグロリア先輩とは違う。
あの人は微笑んで「あらあらうふふ」で済ませてくれるが、こっちは苦い顔して小言を言ってくるからな。
これでも間狩の反応は当初よりかなり丸くなってるのだが……何かのはずみで下世話な話題になると厳しくなるのは変わらずだ。
それをわかっていながら、これから激闘が始まるってのに無意味に刺激して関係悪化させるのは良くない。よって新旧ディバインのくい込みを見比べるのはもうやめておくべし。引き際は見極めないとな。
「──ほう、大した余裕ですね。この二体の完成体を前にして、特に臆する様子もない」
興味深そうにガラテアが言った。
俺の度胸に少なからず興味がわいたのだろうか。
「別にビビるほどのもんじゃないね。あんたもそいつらも」
虚勢ではない。本音だ。
こちとら神を倒した男だぞ。戦闘特化してるとはいえ、ヒトガタ二体ごときに怯えるかよ。
「そうですか。ディバインの狙撃を何度も凌いだだけのことはありますね。肝が据わっている。しかし愚かです。ただの怪物が我々に勝てるはずもない。いつの時代も、怪物とはヒトに退治されるのが定め」
「その理屈、ヒトガタにも適用されるんだ」
「当たり前でしょう? ヒトガタとは、ヒトより優れしヒトなのですから。力も、美しさも、知性もね。その極みが私であり、この二体なのです」
ガラテアが自信満々に語る。
自分の言葉をみじんも疑ってない。信念を通り越して狂信じみている。
『あんたの言ってることは長年積み重なった願望でひん曲がった思い込みに過ぎなくて、実際はどこまでいこうとカラクリ人形に毛が生えた程度のものでしかないんじゃないか? 人間を超えるどころか人間のパチモン止まりが限界だと思うけどね』
とは、言わなかった。
あの自慢げなツラに凄くぶつけたかったが、残らず全部吐き出すとこちらの三体への悪口にもなるからだ。敵はいいけど味方まで刺すのは駄目だろ。
それに、ダラダラと話を続けることもない。
ここは討論の場じゃないんだ。喋りで勝っても何の意味も利益もないしな。
無駄に話を長引かせて、時間稼ぎをしたいわけでもない。
もう、双方はやる気なのだ。
お互いに戦意むんむんだ。あとはなんかのきっかけさえ起きれば派手に爆発する、その手前である。
「……話が長くなりましたね」
ふぅ、とガラテアはため息をついた。わざとらしく。
「お互い、語ることも知りたいことももうないようですので、そろそろ始め──」
『始めましょうか』
とでも言うつもりだったのだろう。
だが、ガラテアがその言葉を最後まで言い終える前に、火蓋は切られた。
あちらの、完成体ディバインによる、銀の剣から放たれた、光輝く、炎と水の二重螺旋が織り成すドリルのような渦によって。
狙いは──俺。
開始の合図らしきことをゆっくり言うと見せかけて、完成体ディバインにフライングさせる。
なかなか意表を突いてくる手だ。
通常は、審判や立会人のような第三者が、「試合、開始!」とか「それでは──はじめ!」などの宣言するのを待たずに先手を打つ、実に汚いやり方である。
今回のはガラテアがその第三者の代わりを演じ、完デバ(完成体ディバインの略。完成体コラプスだと完コラか)に意表を突く役をやらせたのだ。
格闘系の漫画や小説でよく見る手口だけど、本当に実戦でもあるんだな。フィクションも馬鹿にできない。
まあ矢印が全てを物語ってるからバレバレなんだけどさ。悪いね。
「……ぬんっ!」
右手首から、あの謎の両刃剣を生やす。
すでに溜めは終えていた。
時間はいくらでもあったからな。会話中に力を溜めておいて、いつでも出せるようにしていたのだ。
宙を削り取りながら飛んでくるかのような、光と炎と水と螺旋からなる、四種混合の一撃。
まともに食らえば、間狩たち人間どころかディバインたち人形でも耐えきれずに消滅しかねないそれに対し、俺は右手首から生えた刃を、
「しゃあっ!!」
そのまままっすぐ、迎撃すべく、ねじるように突き出した。
いまだによくわからない、謎の光の力。
俺の刃から出てきたそれはそのまま突撃し、
パァンッ!
完デバの発射した四種類ミックスアタックを、気持ちいいくらい爽快な破裂音を鳴らして蹴散らし、その勢いのまま──
「…………!!?」
逃げる間すら与えず、完デバの腹部から上を、何もかも、キレイさっぱりと破壊し、この世から無くしたのだった。
アサルトマータの最大の弱点たる、胸元の奥にあるコアも、これではひとたまりもないだろう。ということでホイ一体撃破。
「…………は?」
始末屋エリミネートではどうにもできないレベルの荒事を解決するための、二体の秘密兵器。
その片割れがもうやられたという現実が受け止められないのか、ガラテアが、優雅に余裕ぶっこいて微笑んでいた口を、ぽかんと半開きにした。
「……フッ。さしずめ、最上宝剣断ならぬ、最上宝剣穿ってとこだな」
最強のアサルトマータを早々と一体退場させて、不敵に笑う俺。
即興のネーミングだが、結構いい感じだと思う。
思ったの、だか。
「おお、カッコいい技名じゃん」なんて意見が来るのを期待してたのに、誰ひとり乗ってこなくて少し悲しかった。
だが悲しんでる場合じゃない。
残りの片方もさっさとガラクタにしてやらないとな。




