56・それは余裕のあらわれか
ふざけた提案を平然とほざいた箱女。
断りきれず実行に移した俺。
延々と俺に弾丸を送りつけてくる狙撃手。
当たりを引くまで背が高い建物をひたすら撮影する『浄』。
様々な立場の者が頑張ってやるべきことをした結果、ゲーム主催者の居場所が割れたのであった。
──と、言いたいのは、やまやまだが。
まだ確実にそうだとは決まってない。殺意の矢印の出所がわかっただけだ。
なので、俺にさんざん弾丸をプレゼントしてくれた奴しかそこにいないかもしれない。
それだともう見つけようがないので主催者はスナイパー共々そこにいてくれ。頼む。あと逃げるのもナシな!
「ああ、あそこかぁ」
「意外だな。あんなところに黒幕が潜んでいたとは。しかも誰にも気取られず」
玉鎮も、間狩も、当然ながらボーリングビルのことは知っている。
町の中心部歩いていたら嫌でも目に入るからなあのオブジェ。地元民で知らない奴おらんやろ。
あそこのボーリング場、珍しいことにオリジナルのマスコットキャラがあってさ、ボーリングの玉に目と手足をつけただけっていう三秒でデザインされたような簡単造形なんだけど、それが妙に人気あってなぁ。ボーリング場が潰れた後も、それのグッズだけは下の階にある雑貨屋で売ってたんだよな。キャラ名もあったけど思い出せねえ。
そこの雑貨屋でなんか買った記憶はあるんだが……はて?
あれは……キーホルダーだったような?
どこにいったかわからないが、たぶん押し入れか机の引き出しの奥で肥やしになってるだろ。
「いやだから、まだ黒幕いるかどうか確定してないんだよ間狩。謎の狙撃手が仮の拠点として一時的に居座ってただけかもしれないしさ」
「なら、先ほどのように、乗り込んでその狙撃手を締め上げてしまえばいいだろう」
「どうかなー。先ほどってお前言ったけどさ、なら、あのハサミ女が最後まで吐かなかったのも知ってるだろ?」
あいつは、エリミネートは、もう二度と復帰させてもらえないことへの恐怖に怯えていた。
そのはすだ。
何か引っかかることを口走ってた気もするが……どうせ怖がりすぎておかしくなってたんだろ。
こういうときはね、考えれば考えるだけ逆効果。自分の考えにハマって自分自身を動けなくしてしまう前にやめよう。
「自白させる能力とかあればなー」
俺そんなの持ってたりしないかな?
「まだ決まってもいない先の話や願望はもういいよ。さっさと行こうぜ。どっちにしても行けばわかるだろうがよ。お前らはさ、何するにしても理屈っぽすぎるぞ」
玉鎮がそう言った。
理屈で動かない女はこれだからな。
説明書見ないでゲーム始めるタイプだ。まず基本操作の説明を読んでからじゃないと始めない俺とは属性が違いすぎてRPGだったら同じパーティ組めないわ。
「そんなこと言われてもな、玉鎮。まずやってみてから考える方式だといざという時に取り返しがつかないんだぜ?」
「やらなきゃ始まらないんだよ」
「むむむ」
玉鎮のくせに返しにキレがある。
「──案ずるより産むが易し、か。そうだな。不可解なことばかり続いたせいで、私達は余計なことを考えすぎてたのかもしれない」
間狩が言った。
柔軟な考えをしていると言えば聞こえもいいが、人の意見に染まりやすいともいえる。
「それに、ほら」
玉鎮が、目線で示す。
髪の色と同じ赤い右目と、黒の左目という組み合わせのオッドアイ。
「そいつが待ちきれずに焦れてきてるぜ」
そいつ。
誰のことかというと、そんなの一人、いや一体しかいない。
箱入りレオタード剣士ディバインだ。
「……む、話し合いは済んだのか? なら、行こうではないか相棒よ。不毛な繰り返しに終止符を打つのだ」
視線を感じたのか、他二体と何やら話していたディバインがこちらを向き、威勢のいいことを言い出してきた。
「なんだ。やけに乗り気になってるようだが、どんな心境の変化だ」
そいつら──ミスショットとチック・タック──に何か吹き込まれたか?
「別に、ただ……壊し合うだけが私の道でもないと思ってな。現に、同胞であるこのミスショットは独自の道を歩もうとしている。チック・タックも、うさん臭いものはあるし怪しいものだが……まあゲーム続行をあまり望まないようだ」
「少しは歯に衣着せたらどうかな」
チック・タックが文句つけてきたが、でも俺もそれには同感だ。
怪しい。いつもニヤニヤ笑ってはぐらかす糸目キャラくらい怪しい。つまりかなり怪しいってことだ。
「なにより、頼りになって……その……気持ちいい修復してくれる……相棒もいる。こいつらとの関係も休戦状態に近いが…だいたい良好といえる」
途中、一部ゴニョゴニョ喋りでよく聞こえなかったが、悪口や苦言ではなさそうなので聞き直すまでもないだろう。
「近いっていうかそのままだねぇ」
「いいじゃない。仲良しごっこや馴れ合いなんて僕らのガラじゃないさ。そのくらいの間柄のほうが、僕らアサルトマータにはふさわしいよ」
「ヒヒッ、違いない」
いや仲良しのほうがいいだろ……とも思ったが、俺と七星機関の関係もよく考えたらそんなもんだった。
どこまでいこうと友好的な化け物に過ぎないもんな俺。
間狩もだいぶ反応は穏やかになってはきてるが、でも壁は感じる。それでも、討伐しに来た頃の材質がコンクリだとしたら今は木造くらいには態度は軟化してるが。宿題手伝ってくれたし。
今後、機関との関係がこじれにこじれて落としどころが無くなり殺し合いに発展したりとか、あり得るのかな……。
……やめやめ。止めだ。
そんなことまで考えたらキリがない。そうなったらその時になってから考えたらいいんだ。もういい。
頭より体を使おう。
そんなわけでボーリングビルの前に来た。
いつものように車で運ばれたのだ。あんな町外れからここまで歩くのは時間の無駄だからな。健康にはいいだろうけどね。
「グロリア先輩は結局こちらに来れずか」
車内で揺られているときに、間狩のスマホに不参加の連絡がきたのだ。
「揉み消しや口裏合わせに忙しいようだ。こちらは我々だけでやるしかないな」
爆発したヤクザの末端会社。
何人も死体になって転がってる廃デパ。
ヤクザのほうはガス爆発で済ませてしまえばいいが、死体のほうは……処分して行方不明扱いにするか、事故死に装うか。生き残りがいたらそいつらの記憶をいじる必要もあるかもな。
今頃、先輩はできるだけ良心が痛まなくてすむ選択をしてるのだろうか。
「三姫揃い踏みはまたの機会か」
「おいおい、アタシと間狩だけじゃ不満か? 贅沢な野郎だぜ」
玉鎮が絡んできた。これはウザい。
「そんなつもりで言ったんじゃないよ」
「ハハ、どーだか」
「ふぅん…………だったら、二人だけで問題ないというところを見せてやろうではないか、玉鎮」
「おっ、いいねえ。名案じゃん。おい天外、なわけだからアタシらの活躍、しっかり見とけよ」
なんか意気投合して気合い入れ出したな。
やる気になってるのはいいけど、ここにいる敵がお前らの手に余るようだったらどうすんだろ。
「死なない程度に活躍するんだな。俺みたいに舞い戻ることもディバイン達みたいにやり直すこともできないんだからさ」
忠告だけはしといて、ビルの中へ。
まだ営業時間内なので、買い物客や店員がそこらにいる。
最悪の場合、この人らも戦闘の余波で巻き込んでしまうかもな……って、なんだ?
「……なんだ? 次々と……」
客や店員、警備員や清掃のおばちゃんまでもが、すうっと表情が抜け落ちて無くなり、静かに、この場からいなくなっていく。
この現象は、つまり。
「あー、はいはい。人払いか」
「おそらく他の階でも同じことが起きているだろうな。どんな意図があるのかは不明だが……建物内の人間を避難させる必要が無くなったのは助かる」
やる気バリバリなときでも、一般人を逃がすことを優先して考えていたのか。
偉いもんだよ。
俺には真似できないね、その正義感。
最上階へと向かうために階段を上りながら、俺は間狩に感心していた。よくやるぜという皮肉も交えてだが。
ところで、なぜ階段など使ってるのかというと、
エレベーターはちょっと無防備すぎるし、
エスカレーターは最上階まで通じてないからである。
他に手段がないのだ。
あちらも俺たちが来るならここからだとわかってるに違いない。警戒しとかないとな。
「……すんなり着いたな」
弾丸の一発くらいは来るかと油断せず上っていたが、特にちょっかいかけられることなく、弾丸どころか石すら飛んでこないまま最上階へと上りきりそうになっている。
攻撃がこなかったのは、もう戦う気がないのか、もしくは余裕のあらわれか。
「じきにわかる」
先頭の俺が最初に、最後の一段を──上り終えた。




