55・ボーリングビル
俺への殺意の矢印。
その源である場所は、町内の高い建物のどこかということまではわかった。
これで敵の本丸はかなり絞れる。
だが、俺とエリミネートを攻撃してきた奴が遠出してきて、狙撃しやすい高所を選んで陣取ってただけって可能性も少なくない。
その場合、狙撃手を捕まえてアジトの場所を吐かせることになるが……あちらが俺を撃つのを諦めたら殺意の矢印も消えてしまい、どこにいるかわからなくなるので、もう捕らえようがない。
なので、矢印が消えないように、的をずっとやらされることになった。
「──お、くるか」
廃ラブホの駐車場。
そこに立つ俺めがけ、撃ち出される凶弾。
矢印が示している部位、そこを、矢印から感じられる攻撃がきそうな雰囲気を汲み取り、タイミング良くガードする。
キィンッ!
どこにいつ頃来るかだいたいわかってるのだから、そう苦労もしない。しかも繰り返してるうちにコツも掴んできた。
難なく拳で弾く。
困ることがあるとするなら、弾けても、弾く方向までは制御できず、どこに飛んでいくかわからないことか。こればかりは長年の経験か優れた才能がなければできない。よって今の俺には無理。
つまり、俺の近くにいたら、いつとばっちりを受けるかわからないのだ。
だから、流れ弾が当たらないよう、他の連中には離れるなり隠れるなり防御するなりしてもらっている。
そんな中、ディバインだけは仁王立ちで俺が弾丸の的になってるのを近くで眺めている。何度危ないぞと言ってもガンとして聞かないのだ。
言い出しっぺがコソコソ隠れるのはみっともないという思いがあるのかもしれない。根拠もなく「大丈夫だろ多分」と思ってるのかもしれない。どっちにしても知らんからな。
運悪く当たっても泣き言はやめろよ?
弾いた弾丸は、駐車場になぜか積み重ねて置かれた古タイヤに当たった。不法投棄だろう。
当たったタイヤが、急激に膨らみ、
パァアアンッ!!
いたるところから水を吹き出させ、はじけ飛んだ。
風船とかとはまるで音も衝撃も違う、破裂音というかもう爆発音に近い音を立てて、一本の古タイヤは散っていった。
「水ってことは、フラッドだな」
紫髪ツインテールのゴスロリ人形。
あともう少しでディバインの力になるはずがミスショットにまんまとかすめ取られたのは、まだ記憶に新しい。
「今のは、溺れさせるより、水で内側から破裂させるのがメインかな」
「お前が溺死するかどうか怪しいからだろう。なにせ、頭をやられても平然としてるくらいだ」
その頭──頭部左上だが、もう治っている。
崩れていた形もバッチリ元通りだ(鏡なんかなくてもソナー能力を使えば自分の形状がわかることを今の今まですっかり忘れていた)。
いつものように、あらかじめ溜めてある血と生命力を消費して再生させたのだ。
ボコッと音を立てて一瞬で失われた部位が元通りになったのを見て周りの女性陣がびっくりしたが、そんな中で「隠し芸かな?」とクスクス笑っていたのが一人冷静だったチック・タックだった。
その後に「本当に治ってる……」「マジで治ってるねぇ」と俺の頭を無造作にペタペタと触るディバインとミスショットには辟易させられた。少しは遠慮しろ。
──と、こうして俺の頭はまともな形を取り戻したのである。
しかし、今日に至るまで何度も使ったので、カラッケツとまではいかないが、お腹の保管庫の残量もまあまあ減ってきた。
そのうちまたできるだけがっつり溜めたいのだが、どうにも、いいチャンスが訪れない。今の敵なんて血の通わない人形だからな……。
食べても良さげな、ろくでもない女子供の軍団でも襲いかかってこないもんかね。
「そっか。それは、判断としては正しいが……その割には攻撃がワンパターンというか、工夫がないな」
「それについては謎だな。何か別の狙いがあるのか……ところで、目星はまだつかないのか?」
「いや、もうわかりそうだぞ」
スマホの画像に目をやる。
映っているのは、町の景色。昔から見慣れた、しかし移り変わって変化してきている景色だ。
町にしてはやけに大きく、これほとんど市じゃないのと誰もが思う、我が町。
それはさておき画像を拡大する。
「あったあった」
向こうにいる『浄』が撮影して俺のスマホに送ってきた、町中にある背の高い建物の画像。
その内のひとつに、俺に向かって行列を作っている矢印の群れと同じものがいた。
「ここ…………あぁ、あれか。あそこか」
「わかるのか?」
「はっ、そりゃわかるさ。何年ずっとこの町にいると思って……おっと」
話に意識を裂きすぎてたな。
治ったばかりの頭部左上を狙ってきた弾をガキンとはじく。
もう少し遅かったらまたやられてたところだ。ちょっと危なかったぜ。
はじかれた弾丸はまた古タイヤに。
ぱしゅっ、という、気の抜けた音をたて、古タイヤの一本が崩壊した。今度はコラプスの能力だった模様。
「気をつけろ。こんなことをやらせてる元凶のセリフではないのは自分でもわかってるが、言わずにおられん」
「わかってるよ、大丈夫だっつーの」
そうなのだ。
俺がこんなカカシになって撃たれ放題となっているのはこの箱女のせいなのだ。
俺が廃墟と化したミルキーウェイから飛び出て、それから他の面々も壊れた(厳密には俺が壊した)玄関から出てきたあと、
『殺意の矢印とやらが消えたら敵がどこにいるかわからなくなるなら、消えないようにずっと的になって、矢印の出所を調べたらどうなのだ?』
こんなむごいことをディバインが言い出し、多数決で俺がやることが決まったのである。
むこうが俺を狙えるように、足元には、一回目のときの弾丸と、俺の触手乱舞でちぎれたエリミネートの一部が置かれてある。これがあれば、むこうもこちらの現場をたぶん知覚できるようになり、長距離狙撃も可能となるはずだ。
現に置いたら一分たたずに撃ってきた。
そうしてむこうに把握された俺が狙撃されている間に、町にいる『浄』のメンバーが大きな建築物を撮影しまくって俺へと送り、どれが本命か見てもらう──これが計画のあらましだ。
「相棒にやらせることにしては酷くないか?」
と、苦情を告げはしたのだが、
「そこは心苦しい気持ちもある。しかしだ、頭部を崩壊させられても平然としてるんだから、お前ならやれるさ。私は信じてるぞ」
信じる信じないの問題かよと嘆いたが、名案ではあるので、泣く泣く従うことにした。そしてこうなっている。全然無事だ。
「大丈夫ならいい。で、スナイパーの居場所はどこなのだ? わかったのだろう?」
「まあ落ち着け」
「落ち着いてる場合か。早くしないとまた次の弾丸が──」
「だから今教える。と言ってもお前にはさっぱりだろうがな。スナイパーのいる建物は──ボーリングビルだ」
ボーリングビル。
正確な名称は別にあるが、ボーリングのピンの形をした大きなオブジェが屋上にあるからそう呼ばれているデパートであり、町で三番目くらいに高い建物だ。
ちなみに、最上階にあったボーリング場はもうやってない。潰れたのだ。俺が小学生の頃に一度行ったことがあるがそれが最初で最後だった。
しかしオブジェはそのまま置かれ、トレードマークのようになってるのである。
「ボーリングビル? なんだそれは? よくわからんぞ」
「だからさっぱりだろうなと今さっき言っただろ。記憶力が死んでるのか?」
「失敬な。このディバインの記憶回路に狂いや誤作動など……」
無視して、浄に連絡する。
そこで間違いないから見張っててくれと。
さあ、もうここに用はない。
隠れてる間狩たちに「見つかったぞ」と伝え、また飛んできた一発(今度は眉間か)を適当に防いで、俺はこの場を後にすることにしたのだった──




