54・口封じの弾丸
窓ガラスを砕き、やって来た二発の弾丸。
どっから飛んできたかはわからないが、誰が飛ばしたのかはわかる。
馬鹿でもわかる。
実行犯かどうかはともかく、俺とエリミネートを撃つという決断をした犯人は、ガラテアとかいう人形だ。このタイミングで口封じしてくるならそいつしかいない。
「ユート!」
「天外くん!」
「相棒!」
いくつもの声が同時に飛び交い、頭を撃ち抜かれた俺を呼ぶ。
どうも、破壊力よりも貫通力を重視した狙撃だったようだ。
木っ端みじんにするのではなく急所に当てることだけを考えるなら、それが正解か。頭を吹き飛ばさなくても、弾丸が突き抜けていけば、人間だけでなくたいていの生き物には致命傷だからな。
海外だと、額を真正面から撃たれたが、たまたま脳の隙間を弾丸が通り抜けたおかけで命拾いした人もいたという。昔そんな事件についてテレビでやってた。
しかし。
そんな幸運なケースはまれだ。
この世のほぼ全ての人間はヘッドショットを食らえばお陀仏となる(天原さんは除いてもいいと思う)。
でも俺は人間ではない。
化け物だ。
だから死なない。
まあ化け物だってこんなことされたら死ぬような気もするが、俺は星の神さまの器になる予定だったらしい存在なので、化け物よりも上位なので無事だった。頭やられたが。
「おっとと」
ぐらりと、世界が傾いた。
いや、傾いているのは俺のほうか。
胴に穴が空いても動ける不死身の化け物でも、頭部をやられると、よろめいたりはするらしい。
他人事のような話だが、つまりはそのくらい客観的になれるほど大したことなかったのである。
「ユート! あぁなんてことだ!」
ディバインが顔色を変えて駆け寄ってきた。
いつものふてぶてしい態度からは想像もつかない焦りっぷりだ。
初めてできた相棒がもういなくなるかもしれない、そんな動揺からなのか。
「しっかりするんだ優人! 傷は浅いぞ!」
同じく急いで寄ってきた間狩からは、無茶のありすぎるはげましのお言葉を頂いた。
浅いわけねーだろ。即死級のダメージだよ。
事故とかで重傷負った人に「大丈夫だ」なんて言葉かけて安心させたりするって理屈なのはわかるが、少しは言葉を選べって。
……いや、まあね。
浅いことは浅いけどさ。
だけど意識もはっきりしてるし、思考にも狂いはない。
なら、いつも通り……かというとそうでもなく、なんだか視界がおかしい気がするが……。
「大丈夫大丈夫、元気だよ。頭をやられただけで大袈裟な」
「いや妥当な驚き方だと思うけどね。撃たれた辺りが崩れてるし」
なんですと?
とんでもないことを言い出した男装の麗人。
その言葉を聞き、まさかと思いつつも、撃たれたあたりをさすってみる。
……………………ない。
今さっきの弾丸は、左のこめかみから入ってそのまま斜めに直進、そして後頭部の右側から抜け出た。
通常なら、抜け出た勢いでその周りが破裂したように吹き飛ぶはずだ。当たった周りが砕け散るのはおかしい。
でも、ない。
頭部の左上部分がえぐられたようにやられて、無くなっていた。しかもなんかサラサラしてる。
それと、チック・タックの言葉。
『撃たれたあたりが崩れてる』なんてことを言っていたが、それはつまり──
「弾丸に『崩壊』のスキルが乗せられていたとでも?」
「そうなるね。僕にはそう見えた。さらに言うなら、君には角度的に無理だろうけど、そこは砕け飛んだというより、崩れ落ちた痕にしか見えないね」
チック・タックが俺の無くなった箇所を指差す。
こいつの言うように俺からは見えないし鏡もないので確認できないが、そんな嘘をつく意味がないので、本当にそうなんだろうな。
しかし、なら誰の仕業だ?
コラプス?
なわけあるか。
頭をやられてやはり思考が乱れているのか俺?
コラプスなら俺が叩きのめしたあとネヴァモアに美味しいとこ取りされて、最終的にはこいつの能力兼アクセになったじゃねえか。どうなってるんだ?
そうだ。
どうなってるといえば、こっちもだ。
「ア、ア、アッガガガ! あたっ、許し、お許し、このわた、わたっくしっグガッアアァ……!」
弾丸が胸元に命中して、そのまま背中から突き抜けたエリミネートは苦しみに悶え、俺に掴まれ宙ぶらりんのまま揺れている。
首をはねられてもピンピンしてるアサルトマータ唯一の弱点である、核を破壊されたのだ。そりゃ苦しむ。
断末魔のあがき。
ロウソクは消える寸前に激しく燃え上がるという喩えをふと思い出す。実際はどうなのか知らんけど、よく聞くよなこの喩え。
その激しいあがきも次第に収まり、そして、身体の端々から塵になっていく。
ハサミ女の最期だ。
だが、今、重要なのはそこではない。
「──スパイラル、か?」
そう。
このハサミ女の胸部の損傷は、大きくねじれ、えぐれていた。
弾丸が貫通するときに巻き込んでいったのだ。ドリルのように。
しかも今の弾丸、二発とも、窓ガラスをぶち割って侵入したあと、おかしな挙動をしていた。
直接的に飛んできてたのに、いきなりカーブして俺とエリミネートに突撃したのだ。そんな曲がり方を弾丸ができるはずがない。
見間違いではない。
現に、俺のみ見れる殺意の矢印の行列も、二本とも同じ曲がり方をして、ガラスが無くなった窓の向こう側に延びていた。弾丸はそのルートからそれることなく「こんにちは死ね」をしてきたのだ。
こんな真似、やれるのは──そこにいる露出多めのスナイパーくらいのものだ。
「わけがわからんな」
「ヒヒッ、当たり前だろ、頭が片方失われてるんだからよぉ。にしちゃ、結構平気そうだがね。アタシら顔負けのしぶとさだ」
「別に思考力が落ちてるんじゃないよ、ミスショット。誰が撃ったのか全く見当がつかんってことさ。あとお前も俺の相棒なんだから少しは心配しろよ」
「そんな口を叩けるなら、心配するだけ損だねぇ。フヒヒヒッ」
楽しげに笑うミスショットをほっといて思考を巡らせる。
ガラテアとかいう奴が、もう脱落者たちを復帰させたのか? 俺とハサミ女を撃ったのもそいつら?
でもミスショットはここにいるぞ?
ハサミ女による粛清が失敗したから、新たに狙撃の得意なアサルトマータを作り出したのか? こんな即座にやれるのかそんな制作? ミスショットはゲームから出禁?
謎が謎を呼び推測が推測を生み出す。
とめどない疑問。
矢印の行列は、ハサミ女への一線は消えたが、俺へのはまだ伸びている。いつまでたっても俺が白目剥いて床に倒れていかないからだろう。
「ぷっ」
向こうも、どうやら困惑しているらしい。
どこが急所かわからなくなったようで(無理もない。俺だってわからないんだ)、俺へ向かっている矢印が、頭部の右上から、心臓のあたりへ下がり、ノドや腹へとずれていき、まさかの股間にまで向かったりしていた。
俺の命を取りたいのか、それともタマタマを取りたいのか。
なんて下品な冗談をつい発想して吹いてしまったのである。
「平気で会話して、しかも笑ってる……」
あの豪気なディバインが引いている。俺がヤバいやつだと、いよいよわかってきたようだ。
「俺は化け物なんだって言ったろ? このくらいの怪我じゃまだまだ棺桶に片足も入らないよ。棺の上でスキップしてる段階さ……って、まずいな」
「ど、どうしたんだ?」
ディバインほどではないが少しは引いていた間狩が訊いてきた。
「いいから離れてろ。ディバインお前もだ。次が来る」
俺の舐め腐った軽口が聞こえた──わけはないと思うのだが。
今度こそ、全身は無理でもせめて片足くらいは棺桶に入れてやると言わんばかりに、俺の心臓めがけ、二発目が飛んできた。
「ふんっ」
一回目は不意打ちに近くて対処に一手遅れたが、二度は許さない。
胸の中心を狙ってるのは見ればわかるが、狙撃を何度も受けたせいか、攻撃のタイミングさえも矢印の反応でだいたいわかってきたので、労することなく、力を込めた拳でガードした。
ガキィン!
かん高い金属音。
弾丸がはじかれ、その先にあったレジカウンターに飛んでいく。
命中した直後。
「うわっ」
ガソリンまいて着火したかのように、激しい炎がカウンターのみならずロビー内を火の海に変えていく!
「今度は炎──ブレイザーか!」
飛び退き、ダッシュする。
逃げるためではない。このくらいの火で俺の服はともかく俺自身は焼け死んだりしないからな。
ディバインたちアサルトマータも溶けたりしないと思うし、間狩と玉鎮もたぶん凌げるだろ。
これくらい頑張れ、この程度自分でどうにかしろと、心の中でこいつらを叱咤しながら外へ向かう。
もうこうなったら、ここまで事態が悪化したら、多少壊しても問題ない。
開ける暇も勿体ないので玄関ドアに走る勢いを落とさず突っ込む。
玄関ドア死亡!
ガラスなどを撒き散らしながら外に出る。
矢印は、いまだ俺の心臓のところまで列をなしていた。つまりまだ俺を殺すことを諦めてはいないのだ。
が、どうも俺のことを見失ったらしい。
次の攻撃がくる気配がまるでない。
きっと、あのハサミ女越しにこちらの状況を把握していたんじゃないか。
それとミスショットのように、一発目撃った弾丸を媒介に、周りの様子を感知できるスキルもありそうだ。
だけど俺がそれらの範囲外に出ちゃったせいで、どこにいるか、わからなくなったのかもしれん。でも殺意はまだあるから矢印は出ていると。
どこが発生源か、その殺意の矢印の、ずっと先を見る。どこだ?
「…………あのあたりか」
あちらさんのやる気が無くなって矢印の行列が消える前に、できるだけ急いでその出どころへと近づこうとしたが、その必要はなかったらしい。
矢印はかなり斜め上からこちらに来ていた。
方向は町中から。
つまり、それなりの高さから、こちらに敵意と銃口を向けていることになる。
そして我が町──ゆるやかにしか発展してないこの町──に、そんなノッポの建物は、数えるほどしかない。よってシラミ潰しに探索したらすぐわかるはずだ。
「くくく、雁首並べて待ってろよ。今、殺りにいくからな」




