51・やり直し(物理)
「ゲームマスター自らによる、一からのやり直しか」
停滞したゲームの破棄。
繰り返される人形同士の潰し合い。
理想のヒトガタ作り。
チック・タックの口から語られる長話。
それによって、少しはこの件の核心に近づいてきたようだ。そうは言っても、まだまだわからないことは多いが。
第一、黒幕である、アサルトマータを作った奴の正体すら不明なんだからな。
どこの誰で、なぜ理想のヒトガタなどを誕生させようとしているのか、必要条件は、それが誕生したときに何が起こるのか……。
どれも不明。
不明、不明、不明。
謎でいっぱいだ。
「何か気になることでもあるかい? 僕の話に食い違いでもあったとか?」
「いや、やけに詳しいなと。はっきりと記憶に残ってるように思えてね。こっちの箱被りはまるっきり覚えてなくて頼りないことは甚だしいのに」
「頼りなくて悪かったな。記憶にないのだから仕方あるまい。なんと言われようが、ないものは出せん」
子供のようにディバインがむくれる。
「ヒヒッ、覚えてないのはアタシもそうだけどねぇ。どんな終わり方してたか、そこんとこだけ、こう、ポッカリ抜け落ちててさ」
側頭部の辺りで、パッと手から何かを落とす仕草をするミスショット。
「とまあ、どっちもこんな感じ」
「なるほどね。これじゃ確かに要領を得ないな。この二体が特にろくでもないってのもあるが……そうか、言われてみれば他の面子も……なら僕しか……ふむ…………」
なんか考え込みだしたな。
とりあえず、こいつとの戦いを回避できそうなのは、こちらにとってありがたい。
こいつを壊そうと壊すまいと、ディバインとミスショットがやり合う気がないんだから、どっちみち、なんらかのペナルティがゲーム運営から課せられるか、あるいは物理的に消しにくるのだ。このざっくりとした生き残りゲームの運営なんだから、まあ後者だろうなとは思う。
そうなった時に、この燕尾服女が味方にいれば戦力になる。
ついでに運営と相討ちにでもなってくれたら今後の憂いもなくなるから一石二鳥だ。
非道?
化物なんだからそりゃ非道さ。非道結構。
このくらいのえげつなさはあって然るべきだろ。
何を考えてるのかイマイチわからない輩は緑髪のスナイパーだけで充分だ。
……でも、七星機関の一部の人間やバチカンのエクソシストとかからしたら、俺のことも、そうやってヤバいの同士で対消滅してほしい危険な対象なんだろうな。
故意ではなかったとはいえ、病院ひとつ地獄に変えたわけだし。
……あれはびっくりした。
軽いホラーだったもん。
もしかしたら、それが町単位や市単位、ひょっとしたら都道府県レベルにまでなってたかもしれなかったし、今後また、同じようなことが起きないとも限らない。俺を危険視してる連中からしたら、爆発してもなぜか元通りになる不発弾がウロウロ歩き回ってるに等しい認識なのかもな。
「なんか、暴れずに終わりそうだな」
急いで駆けつけて損したぜと、玉鎮がボヤいた。
ハンマーを床に立て、長い柄部分の先っぽに顎を置いて残念そうにしている。斬新なハンマーの使い方だ。
「力を振るわずに済むなら、それが重畳ではないか」
たしなめるように間狩が言った。古臭い言い回しだ。
「だが、それも今のうちかもしれないぞ。そこのゴテゴテ着飾った人形が言ったように、人形同士の激突が無くなれば、何かが起きるらしいからな」
「それは、そうらしいけどさ……そこにアタシらの出番はあんのかい」
…………
「そこまではわからない。しかし、あると思ったほうがいいのではないか? この、アサルトマータという人形たちは、周りへの被害を意に介さない傾向が高いからな」
……~~ン♪
「なら、アリアリか」
「用心はしておくべきだと、私は思う。しておくに越したことはない」
~~ラ~ン♪
「ん~……なあ、天外。お前はどうよ? やっぱお前もヤバいことになると思うか…………って、おい、聞いてんのか?」
「……ああ、聞こえてるよ。よく聞こえてる」
「ランラン、ランラン、ラララララ~ン♪」
赤ずきんのように真っ赤なフードを被った細身の女性が、巨大なハサミを持ち、ロビーにある登り階段から降りてきた。
ハサミはとてもデカい。
鍔の無い二本の剣を交差させてるのかってくらいデカい。
本来のサイズなら指を入れる穴部分をそれぞれの手で持ち、シャキシャキ動かしながら、鼻歌混じりにチック・タックへと近づいていく。
それを誰も見ていない。
いや。
見える見えないではない。
見えも、聞こえも、感じ取ることも、何もかも、誰一人としてできていないのだ。
唯一、いつ何が起きてもいいよう、本気で周りを観ていた俺だけが、視界にこいつを納めることができた。
(こいつが、運営の刺客ってことか)
アサルトマータが有する、人間に感知されない能力。
こいつはきっと、それに特化した、同類にすらも気取られない奴なのだ。そうに違いない。だから誰も、人間も人形も、こいつのことがわからないのだ。
ゲームが続行困難、あるいは不可能となったときに全てを破棄するための始末屋。
それがこのハサミ女なのだ。
こいつが終わらせていたのだ。
そして今回も、以前と同様に終わらせようとしている。
(……しかし、残念だが、そうはいかない)
これまではそれも苦労なく出来ただろうが、今回は違う。
なぜなら、俺がいるからだ。
俺はわかってないフリをしながら、のんきに思案にふけっている男装の麗人へと、おもむろに近寄っていく。
ハサミ女は、まさか自分が見えてるとは思いもしないようだ。俺が動いても気にもしないでシャキシャキと鼻歌を続けている。
「どうしたユート。おい、待て、待たないか」
「あら、なにやってんだい。止めときなよ。まだ和解しきってないんだぞ」
「ふふっ」
ディバインとミスショットの声も無視して歩みを進める。二体ともちょっと焦ってるぽいのが面白くて笑いが漏れてしまった。
「なあ、ちょっといいか?」
声をかける。
「……ん? ああ、キミか。こんなそばまで来てどうしたんだい? 命知らずだねえ」
ようやく思考の沼から抜け出てきた男装の麗人。
「いいかい、よく聞きな。己の力に自信があるのかもしれないが、自分からアサルトマータに近づくなんてあまりに無謀だよ? 一種の自殺行為でしかない」
麗人が、またしても長く語りだす。
ハサミ女が、その後ろに立つ。
「ましてや、僕とキミらはまだ敵同士。こうして平和的な話し合いこそしてるが、緊迫した関係に変わりはない。でありながら、死を恐れることなく僕に接近したなんて……フフ、まさかデートのお誘いでもしたかったのかな?」
話をやめ、微笑むチック・タック。
俺の無謀さに呆れつつも、案外、その度胸を気に入ったのだろうか。表情に好意的なものがなんとなく感じられた。
うわべだけのものではない、そんな微笑みを浮かべる頭部を支える首の左右に──大きなハサミの刃が、挟み込むように位置取りした。
あとは、チョキンとやるだけ。それだけだろう。
アサルトマータだからその程度で機能停止はしないが、停止するまで切り刻めばいいだけの話だ。怖い推測になるが、もし、仮にこいつのスキルが、攻撃という過激なアクションをかましてもなお効果が途切れないのだとしたら、どれだけ手間がかかろうと好き放題やれる。
まさに始末屋にふさわしい能力だ。
「いや、用があるのはこっち」
ぐいっ
「フンフン、フフフン、フンフ…………あれ?」
鼻歌が止まる。
俺がこいつの襟首を掴んだからだ。
ヒトやヒトガタは騙せてもバケモノは騙せないんですよ、残念でした。
「え、え、どうして、なぜわたくしのッブゲェ!!?」
(我ながらいまだによくわからない)力をこめた本気のパンチを、動揺が隠せないその顔面に叩き込む。
殺し合い潰し合いは最初でいかに相手を削るかでその後の流れが決まる。と思う。
つまりここで反撃の余地を残さずボコるってことだ喰らえ触手オラァ!
ベキバキボゴボゴォ!!
「うげっ! ごげ! うっごっぐばぁぁあ!!」
ひたすらどつかれた時特有の濁った悲鳴がハサミ女の口からこぼれ落ちる。
もう勝敗はほとんど決しているが構わず触手を叩き込んでいく。
抵抗もままならず、一方的に壊れていくハサミ女。
防御もろくにできず、あまり固くもない。
認識させないスキルにリソースほとんど注ぎ込んで暗殺しかしてこなかったのだろう。まともに戦ったことなど一度もないのがよくわかる反応だ。
「素人と変わらんな。おかげで楽だぜ」
「やめ、ぐばっ、やめなざびっ!」
「言われなくてもやめるよ。あんたが虫の息になったらな」
他にどんなスキル持ってるかわかったもんじゃないので、機能停止するかしないかの瀬戸際まで痛めつけるのだ。そこまでやればスキルを生かすことも無理だからね。
ということでさらに続行。
──するまでもなく、瀬戸際まで痛めつけ云々とか思ってた辺りでもう限界を迎えていたようなので止めといた。
俺に襟首掴まれていた人形はボロ雑巾みたいになっちゃいましたとさ。おしまい。
『今後の憂い』ではなく『後顧の憂い』ですが
主人公は勘違いして覚えており、誰かに指摘されるか
自分で気づくまでそのまま勘違いし続けるでしょう




