14・お邪魔キャラ
間狩の居合が車体越しに俺っ娘ヤンキーに閃いたが、そのムっとした表情から、かわされたのだとすぐに分かった。
根ノ宮さんが「まずいわね」と呟く。
何がっスかと聞くまでもなく、異変が起きたのはその時だ。
泡のようなものが、間狩のつけた傷から車内に侵入してくる。
「あのクソったれの式神だ」
そう玉鎮が毒づいた数秒後に、そいつらが爆発した。
逃げ場はなかった。
左右に一人ずつお嬢さんがいるからね。
どちらかがドアを開けて脱出したのに続くのは、間に合いそうにない。
背中を丸め、ギュッと身体を強ばらせて耐える。
他にどうしようもないのだ。
衝撃と爆風が襲いかかる。
不思議と熱さや眩しさはなかった。風船だからか。
「…………怖かった、マジで」
真ん中辺りが見事に弾けた車内で、俺は生存していた。
また裸になるのは御免だったが、どうにかこうにかズボンは無事だった。
多少ズタボロにはなったがムスコが剥き出しよりはずっとましだ。丈夫なズボンでよかった。
車は止まっている。
壊れたからか運転手さんが止めたからなのか、そこまではわからない。
高いお車がゴミになった。
それだけはわかる。
場所は……どこだここ。
海沿いの道……つまり隣町か?
巻き添え食らった車はないようだ。そもそも車がほぼいない。ヘッドライトの光が全く見当たらないからな。
もしかしたら、ここは特定の団体や組織しか使わないような道路なのかもしれない。
俺の肉体へのダメージは……まともに衝撃受けたせいか、頭がくらくらする程度か。
腕も痺れが少しあるな。
はっきり自覚あるのはそれくらいか。
「キャハハハハ、今ので生きてんのか! やべーなアンタ。どうやって助かったんだよ。教えてくれよ、なぁ」
またしても上のほうから笑い声。
それとふざけた質問。
「ンなもんこっちが知りたい」
見上げてぶっきらぼうに返した。
『風船屋』と呼ばれる少女。
プリン頭の、猫みたいな顔した娘が、十メートルくらいの高さにいた。
赤や青、黄色や紫、緑に黒に白に金や銀。
様々な色をした雲のような泡のような、フワフワした何かの塊に、沈み込むような体勢で座っている。
フワフワはそれだけではなく、少女の周りにも小さいのや大きいのが無数に浮いていた。輪っかみたいなのまで少女の頭上にあったりする。
あれが、あいつの式神か。
「信じらんねぇよ。オレの『バブルガム・エンジェル』ちゃん達の破裂でほぼノーダメとかさ。自信無くしちゃうぜ」
プリンネコは、その自慢の式神を、ひとつ摘まんで舌の上に乗せた。
ギザ歯でクチャクチャ噛んでから、唇を尖らせ、ぷうっと膨らませる。本物のガムみたいに。
「どうやら俺の身体は特別製になったらしくてね。そう易々とやられないよ」
パンッ
膨らんでいたバブルなんちゃらが弾け、プリンネコの口の周りに張りついた。
「じゃあ本格的に殺っちまうかな。よそに貰われるくらいなら消すべきだろ? そーすりゃみんなイーブンだ」
来るか。
さっきは打つ手無しだったが今は自由の身だ。応戦するも逃げるもお家に帰るもよし。
けれど、やられっぱなしも腹が立つ。
あのフワフワどもをけしかけてくる前に、俺の、何だかよくわからんけど手から出る一撃をお見舞いしてやるぜ。
片手を掲げ、油断してるっぽいプリンネコに狙いを定めようとした時。
不意に、パパパパ……という連続した破裂音が、軽快に鳴り響いた。
「おっとと」
風船屋を囲むように漂っていた小さなフワフワが立て続けに弾けたのだ。
「──やはり防がれますか。厄介な式神ですこと」
ガードレールそばに立つ、金髪の女性。
グロリア先輩だ。
発言からして、あのでかい針をまとめて飛ばしたが、フワフワが身を挺して全て相殺したに違いない。
なるほど。いいことを知った。
どこまで打ち消せるかわからないが、どうやら自動的にガードしてるみたいだ。ただ撃ち出しただけじゃ駄目かもしれない。
無駄に手の内をさらすところだった。
「……あーあ、誰もやられてねーのかよ。一人くらい潰したかったんだけどなぁ」
「大人しく帰りなさい。今夜はここでお開きよ」
「うわ」
急に真横に根ノ宮さんが来ていた。
俺の気配察知の網みたいなやつがピクリとも反応しなかった。
いや、それよりもだ。
どうやって車椅子なのに、あの車内から出たんだ。素早すぎやしないか。
横にいた間狩が手助け……でもあの状況でそこまでは無理じゃ……なら式神でも使って……。
「うわ、はないでしょ。うわ、は」
「す、すいませんした」
どうもこの人相手にすると、調子が狂うな……。
「よく無事でしたね」
「君こそ、爆心地にいてよくそのくらいで済んだものね。怖くなるくらい頑強だわ」
俺はあんたの不可解さが怖いがね。
「あれ食らって平気なのかよ。固すぎんだろマジで。ハハ、氷姫のやつが後れを取るわけだわ」
「悪かったな。後れを取って」
無事なのは、他の二人もらしい。
離れた場所の街灯の下に、玉鎮が。
その近くに間狩もいた。あの白黒狼もぼんやりとだが側にいるな。
「しゃーねえ。五対一で、しかもこんな開けた場所じゃしんどすぎるしな。引き際は見極めねえとよぉ」
諦めた。
もっとこう、好戦的で後先考えないかと思ったが。
いや、このくらい割り切りがキチンと出来るからこそ、こんな若いのに今まで生き延びてきてんだろうな。
「誰が逃がす……」
俺に放ったあの大技……は無理にしても、何かしらの技を出そうとしたのだろう。
疲れた身体に鞭打って刃に青白い霊気をたぎらせ、刀を振ろうとした間狩だったが、それよりもずっと速く、
「さいならー」
座っていたフワフワの椅子から空気を噴出させて、プリンネコは疾風の勢いで夜空の彼方へと消えていった。
突然現れて嫌がらせして突然消える。
お邪魔キャラみたいな奴だった。
なお、この後に根ノ宮さんがスマホで連絡して、二台目の高級車が来た。
……何台もあるんだ……。




