43・両手にイバラ
来た。
来るなと言ったのに来やがった。
なんで来ちゃったのお前?
その包帯なんなの?
それ巻いてるから元気なの?
全身包帯巻き巻きして片手に剣ぶら下げてるとか幕末の人斬りなの?
「手下どもはあらかた片付けた。観念するの、だ、な……………………?」
威勢のいい口上が急激に速度を下げ、口をパクパクさせるだけとなり、頭上にクエスチョンマークが浮かんでるような、口を開いたままの、ぽかんとした顔になっていく。
包帯まみれだから細かい表情を読みづらいが、このくらいならわかる。驚きのあまり気が抜けたらしい。
それも当然だろう。
今まさにバトルの真っ只中だと思って乱入したら敵と味方が同じソファーに座ってくっついてんだもの。ポンコツだろうと凡人だろうと切れ者だろうと、わけが分からなくなっても仕方ない。なんなら俺すらもよくわかってない。
妙にこの緑髪メガネに気に入られてしまったのはわかる。それはこの馴れ馴れしい態度を見れば一目瞭然だ。
演技という可能性もなくはないが、だとしたら、俺を味方にしようとした理由が雑すぎる。
何回も何回も同じ潰し合いやるのに飽きたので、終わりのないゲームを止めるために異分子を引き入れて戦況動かなくしてみたら、謎に包まれたゲームマスターが何らかの動きを起こすかも──
曖昧過ぎる。
本気で騙す気なら、もっと説得力のある、ちゃんとした理由を用意するはずだ。こんな子供の悪ふざけみたいな理由にする意味がない。
じゃあやっぱ本当に気に入られたのか?
……どうも、そのようである。
話を持ちかけておきながら、自分のことを信じて乗ってくれという熱意が、あまりないのだ。
言動にしても、騙そうとしたり、うまく利用したりしようとする奴のそれではない。ワガママでニヒルでエキセントリックな年上美人がコナかけてきたって感じがある。
「信じるも信じないもお前の好きにしろ、でも力は貸せ」と言われてる気分だ。騙そうとする奴の言うことではない。
「よー、光の剣士さま。相も変わらずクソ真面目なこったね。堅苦しくてたまらんぜ」
俺の頬に自分の頬をくっつけ、ミスショットが牽制球のようなからかいの言葉をディバインに投げつけた。
(この二体に限ったことじゃないが)こいつらの会話は、敵意剥き出しってよりは、皮肉や嫌みを含んだやり取りが意外と多い。壊し壊されの間柄ではあるが、もう何度もぶつかり合っているから顔見知りみたいな感覚なのだろう。
それくらい同じこと繰り返していて、この緑髪みたいにとうとうゲンナリすることもなく、どいつもこいつも、よくやる気を保てるもんだ。
「な、なんで」
ワナワナと震える人差し指でこちらを指差すディバイン。
震えてるからどっちを指してるのかわからんな。俺とミスショットを交互に指してるのか?
「なんでって、その、休戦をだな」
可哀想になるほど動揺しているのを見て、なんだか俺まであたふたしてきた。別に後ろめたいことなどしてないのに。
「きゅうせん?」
ディバインはこの状況が理解できないあまり言葉がひらがなになってしまっている。
無理を押してその場凌ぎの処置でやってきたうえ、元々単純な性格だ。弱っているのに理解に苦しむ展開を目の当たりにしては、今のディバインではひとたまりもない。
よく噛んで飲み込むまで時間がかかる。
早く落ち着かせて、また漢字や外国語も使えるようにしてやらないといかん。
「でも、おまえはわたしの、あいぼうなんだぞ」
発音の抑揚までも消えてしまっている。
まずい! ケアが必要だ。
「そこはまあ、話し合いの結果というか、よく落ち着いて聞いてくれ。つまりだな──」
「ヒヒ、利害が一致して、わたくし達はとっても仲良し小良しになったってわけでございますのよ。こんな風に」
むちゅ
柔らかい、気持ちのよい感触。
ほっぺたに押しつけられたもの。
ミスショットが、俺の頬にキスしてきたのだ。
「お、おい」
まずい。
今はまずい。
なにやってくれてんだ。思考が追い詰められているディバインの前なんだぞ。さらに話をややこしくしてどうするんだ。
「照れんな照れんな。アタシとお前の仲だろぉ?」
むちゅ、ぬちゅ、ちゅちゅ
逃がすまいと、がしりと俺の体を掴み、さらにキスの雨をほっぺたに降らせていく。
これはからかいにしても限度を超えているぞ。
「ふざけんな、もうこの辺にしとけ──」
「……………………」
スタスタと足早にディバインがこちらに来る。目が据わっている。
まさか、何もかも解決するため、俺とこいつをまとめてぶった斬るおつもりか?
いつものディバインならそんな真似はしないだろう。
しかし今のディバインはいつものディバインではない。壊れかけのアサルトマータだ。
何を考えているのかわからない無表情のディバインは、俺の隣にまでやって来ると、
どすっ、という音を立て、
俺の真横──つまりミスショットの反対側に腰を下ろし、尻をぐいぐいねじこんで、座るスペースを無理やり作り出した。
「あの、ディバインさん?」
「…………」
返事がない。ただの人形のようだ。
斬りつけてくることはなかったが、緊張した空気はまだ続いている。
こいつらが和解するための架け橋になるために苦心していただけなのに、なんで板挟みになってんの俺。イバラまみれの薔薇を両手に花してるようなもんだよ。
その状況を作ったミスショットのやつは、これから何が始まるのかとウキウキしていやがる。こいつはマジで……。
「ユート」
急にディバインが俺の名を呼んだ。
「は、はい」
「こっちを向け」
断ったりするどころか理由を訊くことも許されない気がしたので黙って従う。
すると、顔まわりの包帯を引きちぎって取っ払ったディバインが、俺の顔へと両手を伸ばし、
「んむっ!?」
「んー、んっ、んむっ、むぶっ、むぢゅあむんっんぶっ」
左右から顔を掴まれ、俺は、容赦なく唇を奪われた。
これは予想だにしていなかった。
やり方なんぞわからないがとにかくとことんやってやれと、そう言わんばかりのディープキス。
ここまでやられるともうね、口づけっていうか人工呼吸に近いものがあるね。ロマンとかエロさとかまるで無し。
「すげぇ」
ちょっと引いてるミスショットの呟きが聞こえたが、こちらはそれどころではなかった。
結局、五分くらい、されるがままになっていた。
最初こそ驚きはあったが一分くらい過ぎた辺りから慣れてきたので、俺のほうからも舌を絡めたりして愉しみつつ、ついでに息を流し込んだりもして損傷を直してやった。
「ぷは」
やっとディバインが口を離した。
「こいつは……ユートは、私の相棒だ。これでよくわか──!」
よくわかったか、と、言いたかったのだろうが、その言葉は絶句でキャンセルとなった。
今度はミスショットが俺の顔を掴んでキスしてきたのである。
キスのしつこさも、所要時間も、だいたい同じくらいだった。
「す、すごっ……」
今の今まで同じことをやっていたはずのディバインが、可愛らしい少女のように、そう呟いた。
あんなに堂々と激しくやっておきながら、他者がやってるのを客観視すると、そう感じるものらしい。不思議なもんだ。




