41・休戦の誘い
「休戦」
「そ、休戦。意味わかるかい?」
「わかるよそのくらい。わかるけどさ、その言葉を真に受けろって言うの? それはちょっと厳しいんじゃないかと僕ぁ思うなぁ」
「厳しい? 何が?」
「あんなさ、こっちが頑張って、いざ成果を得ようとしたら美味しいところを総取りして、ここで読書しながら二体分の能力を手に入れたわけじゃん。そこまで楽チンに周到にやってて、力関係も有利な状況から殺し合いストップしようぜとか言い出すって、裏がありすぎだろ。怪しいよ。実に怪しい。小学生でも怪しむレベルだって。安易に首を縦には振れないね」
「そんなに一気にまくし立てんなよ。聞いてるだけで嫌になるぜ。まー……でも、そっか。そう思うのもわかるわ」
困ったもんだと、ミスショットは言葉を続ける。
何を企んでいるんだコイツ。
今も言ったが、とにかく怪しい。怪しすぎて逆に怪しくないんじゃないかと思えるくらい怪しい。
困ったもんだはこっちのセリフだよ。
差し出された右手を、じっと見る。
正直、握りたくない。
……だけど、どうなんだろ。
落ち着いて考えると、別にこの提案、呑んでもいいのではないか。
決して悩んだり疑ったりするのが面倒臭くなったわけではない。いや、それもあることはあるが、でかい理由は他にある。
OKしても、後から裏切ればいい──これが理由だ。
どうせこんなもの、ただの口約束に過ぎないのだから、適当に受け入れて、微笑みながらその手を握ってもいいっちゃいい。政治家や詐欺師のごとく二枚舌でいこう。騙されたほうが悪いの精神だ。
都合が悪くなったり、やはり罠だとわかれば、ディバインが「ユートが勝手にやったことだ。私は認めん」と一方的に反古にしたらそれで問題ない。
いや、そんな宣言すらいらないか。
やっぱ損だなとか、裏があるなと判明したら、隙を見てぶちのめしたらそれで済む。それだけだ。情け無用。
我ながら酷い話だと思うが心を鬼にする。
「真意が読めないから、簡単には握手できません……ってか。ヒヒッ、ガキのわりには慎重だねぇ、フヒヒヒ」
握手が来なくて暇してる右手をニギニギしながら、何が面白いのかわからんけど、ミスショットが笑っている。
美人なのに品のない笑いかただな。
「怪しいことは怪しい。あんたはかなり疑わしい。でも、揉め事を未然に止められるかもしれないなら……悪い話では、ないかな」
「だろ? なんだ、口うるさいわりには話がわかるじゃないの」
「口うるさいは余計だ」
「ヒヒッ」
乗り気になってやったのに話の腰を折るなよな、まったくよ。
ゴホンッ
わざとらしく咳払いをして、本題にもどす。
「ディバインがいない以上、俺が代わりにその申し出を呑もう。代理による仮の約束事だが……それでいいか?」
ミスショットは返事の代わりに、満面のニコニコ顔を見せてきた。
早く掴めとばかりに、ずい、と突き出された右手。
「……よろしく」
少しためらったが、もういいやと開き直り、こちらも右手を差し出す。
休戦条約。
いつまで持つかわからないが、破られるのはそう遠くないだろうと思いながら、俺はミスショットの手をがっしり掴んだのだった。
「ひとつ、聞いていいか」
「ヒヒ、ひとつと言わず、ふたつみっつ聞いてもいいよボクちゃん。今日は記念すべき和解の日だ。そのくらいの大盤振る舞いもいいだろうさ」
大げさに両手を広げ、ミスショットが満足そうに言う。
聞けばフランクに答えてくれるが余計な茶々がいちいちついてくる。
手間はかからないが、やりにくい女だ。
「なら遠慮なく聞かせてもらうが──なんで休戦する? 最後の一体になるのがお前らの目的じゃないのか? やり合うのをやめたら、それが達成できないだろ。いいのか?」
「そう、それよそれ。それがねぇ……」
ソファーにどさりと腰をおろしたミスショットが、人差し指を一本立てた。
「アタシはさ、もう、繰り返すのが嫌になったのさ。──その一体になろうとすんのがねぇ」
「繰り返し? なんの事だ?」
ばしばし
ソファーを叩く音。
ミスショットが自分の座っている隣を、手の平で叩いたのだ。
「そこに突っ立ってないで、こっち座んなよ。ほれ、ここ」
「…………」
どうする。
付き合いの悪い態度を取ってヘソを曲げられても困る。どうもこいつは気分屋ぽい雰囲気があるから、つまらんことで機嫌を悪くしそうだ。
話の真偽はわからなくとも、聞けるなら、聞くだけ聞いておきたい。
しょうがない。
お誘いに乗るしかないか。
だが、もし不意に襲ってきてもすぐ反撃できるよう、気を抜かずにいよう。安い口車に乗せられて呑気こいてたら痛い目見ましたはダサすぎるからね。
油断せず、ミスショットの隣に座る。
気持ち、少し隙間を空けて腰を下ろした。やったところでほとんど意味はないが、ついやってしまった。
「ん? なんだい、警戒してるの? ヒヒ、真面目さんだねぇ。もっと肩の力抜いてもいーんだぜ?」
すると、向こうからこっちに腰を動かして寄ってきた。
隙間がゼロになった。
「さっきまで敵だった奴にそう言われてもな。それを真に受けたら馬鹿だろ」
「昨日の友は今日の敵ってやつだよ、少年」
「逆だよ」
「んなもんどうでもいいだろ。言葉ってのはさぁ、意味が正しいどうかかより、意味が通じるかどうかが大事なんじゃないの? アタシはそー思うねぇ」
「ああ言えばこう言うだな」
「柔軟で軽快なトークと言いたまえよキミィ」
イラッ。
「口が減らないのはともかく……さっきの質問に答えてくれよ」
「さっきの……あ、あぁ、はいはい。壊し合いの繰り返しについてか」
やっと本題に戻れたか。うっとおしい脱線だった。
「別にさ、これって今に始まったことじゃないのよ。もう何度もやってる。誰かが最後まで残ることもあれば、共倒れで終わることもあるし、部外者に邪魔されて微妙な結末を迎えたこともある」
いきなり真面目に答えだしたな。
「でも、終わることは一度もなかった」
「どうしてなのか、心当たりは?」
「さっぱり。だいたいよ、ディバインやコラプスが最後の一人になったりしたのに、そこで終了しないのがおかしいんだよ。アタシらを造った誰かさんは何がしたいんだか」
「それなんだけど、なら、毎回どうやって終わるわけ?」
「さあ」
「さあって……」
「なぜかそこだけは、記憶からぽっかり抜け落ちててねぇ。思考回路にモヤがかかったように曖昧ではっきりしねえのさ。他の奴らもそーだと思うぜ」
「らしいな。ディバインもその辺はよく覚えてないと言ってた」
「あいつポンコツだから、あまりアテにならないけどな」
「あぁ、確かに」
「フヒヒヒッ」
「ははっ」
妙なところで意気投合する俺とミスショットであった。
「……とりあえず、休戦の理由はわかった。わかったが……」
「どしたぁ?」
「それはそれで、また新たな疑問が出てきた」
「んー? 言ってみなよ、まだまだお答えしてやんぜ」
「どうして、今回に限って嫌気がさしたんだ? 積もり積もった鬱憤がついに溢れ出したとか?」
「いや、それがそうでもないんだよ。現に今回も、あえてブレイザーを逃がして探りを入れたくらいだしねぇ」
「え、わざと逃がしたのかあのアマゾネスを」
「アマゾネスか、ヒヒ、そりゃいいな。確かに、あれはアマゾネスだわ。フッ、フヒヒヒヒヒッ!」
ツボに入ったのか自身の両膝をパシパシ叩いて笑いだした。
「笑うのもいいが、どうやって探りを入れたのか教えてもらいたいね」
「フヒッヒヒヒッ、あぁ、探りを入れた方法か。そんな大したこっちゃないよ。タマを撃ち込んだだけさ」
指鉄砲を撃つような仕草と、バンという擬音を口から出す。
「撃ち込みさえすれば、こっちのもの。弾丸を通じて、宿主の見聞きしたものをアタシも知ることができるし、弾丸だけでも、周りの地形や、人や物がどこにあるのか、どんな形状なのかがわかるって寸法なのさ」
「そうか。それでフラッドの息の根を正確に止めることができたのか」
俺やディバイン、フラッドの言動は、ブレイザーの身体にめり込んでいた弾丸を通じて筒抜けだったってことか。
なんてこった。
「で、知っての通り、アタシは二体分の力を手に入れることに成功したんだけど……」
「まんまとな。してやられたよ」
「そんな顔すんじゃないよ。勝負の世界に卑怯や禁じ手なんかないことくらい、わかるだろ? …………いいから話を続けろって? えっと……だから、それでさ、アタシはブレイザーとフラッドの力も得たんだが……」
「そんな順調に進んでて、なんで休戦に舵を切ったんだ?」
「それはね……」
ぐいっ
「うおっ」
会話に集中しすぎて反応が遅れた。
不意に首の後ろから腕を回され、身体を密着させられる。
互いの顔と顔が、鼻先が当たりそうなくらい接近した。
「キミに、とても、とてもとても興味がわいたからさ、少年。それが最大の理由ってわけだよ」