40・魔弾の射手・提案
暗がりの向こうから、
光をたずさえ、
何者かがやってきた。
まだ、向こうはこちらに対して、何のリアクションもない。
声もかけてこないし、手を振ったり軽く上げたりもせず、俺の方へと歩き続ける。
もっと接近しないと、このくらいの明かりでは、自分の姿が見えないとでも思ってるのだろう。
(あいにく、俺は暗闇でも見えるんだよね)
懐中電灯の主の姿は、もうはっきりと視界に収めている。
少年だ。
自分よりも若い。
中学生だろう。発育のいい小学生かもしれないが、そこは別にどっちでもいい。異変に気づいてやって来た警備会社の社員でないことさえわかれば充分だ。
拳銃は……持ってない。
肩にかけてるカバンの中にでもあるのかな。いつでも撃てるように警戒してないってことは、刺客ではないようだ。見回り?
少年が足を止める。
距離は、約三メートル。
やろうと思えば瞬時に殺せる距離だ。少年がカバンから銃を取り出して撃とうとしても間に合わない。銃を構えるどころかカバンに手を突っ込んだあたりでおしまいだ。
無用心な奴だな、と俺は思った。
いつでも命を奪われてしまう、危険過ぎる間合いにいることを……こいつは理解しているのだろうか。たった一人で俺がこんなところに来たってことは、それだけ実力があるからだとわかるだろ。
なのに、そんな俺を前にして、この隙だらけ。
恐れを知らんのかコイツ。
それとも、操られていると、そんなことはささいなことだと考えるのか。
「ようこそ。『銃の魔女』の領域へ」
愛想笑いを浮かべ、少年が言った。
気弱そうな感じにしては、やけにハキハキとした口調だった。
自我が無いようには見えない。まさか、操られてはいないのか?
(銃の魔女、ときたか)
なんか新たなワードが出てきたぞ。
誰のことを指しているのかはわかるが、もしかしたら人違いかもしれないので聞いてみるか。ベヨ○ッタの可能性もあるしな。
「銃の魔女? そんな奴がいるんだ」
「白々しい質問ですね。ここにわざわざ来たのなら、聞くまでもなく知っているのでは?」
敵対的とまではいかないが、トゲのある物言い。
それと、どこか浮かれているような、楽しげな声色。
ゾンビのように操られているのではなく、言うことに従うように、気分よくさせられているのかもな。幸せな気分になるお薬を常にキメさせられてる感じで。
この愛想笑いだと思っていた笑みも、単に楽しくて無意識にニヤついているだけなのかもしれない。
「はあ。なら、そうなると、やっぱり……その人物の正体はミスショットってことか。合ってる?」
「ええそうです。理由はわかりませんが、彼女はあなたに会ってみたいらしく、僕に案内役を頼みました。それでこうして来たわけです」
「案内ね」
罠かなこれ。
でも、俺がここに入り込んだってのがわかってるなら、総出で囲んで一斉射撃したらいいだけのことだ。それで本当に俺をハチの巣にできるかどうかは置いといて、やる気ならやってるはずだ。
なら罠ではないのか。
怪しいっちゃ怪しい、この誘い。
乗るか、それとも乗らないか。
「……じゃあ頼もうかな」
「では、こちらへ。ご案内いたします」
乗ることにした。
悩むのは性に合わない。罠だったらその時はその時さ。いつものようにぶっ潰すのみだ。
少年がきびすを返し、吹き抜けにある登り階段へと向かう。
照明が使えないならエレベーターやエスカレーターだって動かないので、それしか階を移動する方法がないのだ。
「上か」
「そうです。あの方は三階でお待ちしていますよ」
少年が、階段を一段一段登る。
俺も同様に、一段ずつ踏んでいく。
登っていく途中、どこでその、銃の魔女とやらに知り合ったのかと聞くと、
「選ばれたんです」
「選ばれた」
「僕は、然るべき者であり、あの方に力を与えられた、一握りの存在。つまらないその他大勢とは違う。素晴らしい力を扱ってもよいと、選ばれ、許された存在なんです」
静かに、しかし自信満々に少年は力説してきた。
これは惑わされているなと、ミスショットへの盲信に心が一杯になってるなと確信できる、そんな力説だった。自分の言葉に酔っているのが丸わかりだった。
二階。
ここは目的の場所ではない。
また階段を上がる。
俺達が向かうのは、さらにひとつ上の階だ。
そこに、ディバインの同類であり、互いに潰し合う宿命の持ち主がいる。
階段を、一段一段踏んでいく。
もうすぐその階につくのに、一向に何者かが攻撃してくる様子はない。敵意や悪意、殺意も感じられない。
信じがたいが、本当にやる気がないのか?
そりゃさ、ディバインみたいな比較的温厚なのもいるんだから、三階のスナイパーも、それに該当するのかもしれない。しかし、そう思わせておいて、迎撃用意を整えまくっていて、やっぱり凶悪だったりするのかもしれない。
まあ、会えばわかることだ。
だからじきにわかる。
ほら、三階だ。
お待ちかねの彼女は、どこにいらっしゃるのかな。
「──銃の魔女は、あちらにおられます」
少年が、指を揃えた手で示した方向には、明かりがあった。
天井の照明の光ではない。
明るさはたいしたものではないが、いくつもある。
やんわりとした光。
床やテーブルに明かりを置いているみたいだ。
「僕が命じられたのは、ここまでです。あとはお一人で」
「わかった。道案内、ご苦労様」
一応ねぎらってみたが、返事はなく、聞こえてきたのは階段を降りていく一人分の足音だけだった。
そっけない。
ま、別に仲良くする気もなかったが。
「さて、どんな歓迎が待ってるにしろ、ここなら好都合だな」
広いうえに人もいないときてる。周りを気にせず戦うには絶好の舞台だ。
見られることも、巻き添えも、考慮しなくていいのだから。
さっきの少年のように、支配下に置かれている人間が何人かいるとは思うが、そのくらいは必要な犠牲ということで巻き込んでも許されるだろうしな。コラ、コラテ……なんちゃらダメージってやつだ。もし死んじゃったら運が悪いと思って諦めてくれ。お前らの死は決してあまり無駄にはしない。
近づいていくと、どうも書店コーナーに向かっているのがわかってきた。
放置されてそのままの棚や、床に倒れっぱなしの棚に、キャンプとかで使いそうなカンテラをいくつも置いてるようだ。
さらに近づく。
もう、お目当ての美女の姿は視界に入っている。
その美女は文庫本らしきものを読みながら、どこかから持ってきたらしいソファーに深々と腰掛け、長い足をテーブルに投げ出している。
ソファーにはライフルが立てかけられていた。
周囲には何個もカンテラが置かれ、その明かりが、読書にふけっている美女を幻想的に照らしだす。
背丈は、俺よりも頭ひとつくらい高そうだな。コラプスほどではないにしても、体格はなかなかいい。ブレイザーとどっこいどっこいか。
容姿は、ぼさぼさの緑髪を肩くらいまで伸ばし、伊達っぽい丸メガネ。下はピッチリしたズボンに革靴で、上は素肌に高そうなコートのみ。ブラすらつけていない。
ディバインの話と全て一致している。間違いない。
こいつが──ミスショットだ。
「ん、やっと来たか。待ってたよ」
美女は文庫本を床に投げ捨て、両腕を上におもいきり伸ばし、『伸び』のポーズをとる。
ライフルに腕を伸ばすそぶりはない。
よく見ると、何冊もの本が無造作に足元に捨てられていた。読み終わったら何の価値もないと言わんばかりだ。本好き大激怒待ったなしの光景である。
「……おんやぁ? ディバインは?」
「え?」
「んだからぁ、あの箱被りの剣士はどこ行ったのって聞いてんだよ、ボクちゃん。まさか、来てないの?」
ねっとりとした声。
でも、音色はキレイだ。
「裏口がこじ開けられたって報告きたから、てっきり、フラッドから奪った力を追いかけて二人揃って来たんだと思ってね、うん。しもべを通じて『見たり』もしなかったよ。最低限の案内だけやるよう命じてさ」
見たりとか、できるんだなそんなこと。
「ああ、うん。ダメージや消耗がかなりあったんでね。連れてこなかった。今頃は治療に専念してるんじゃないかな」
人形の治療をやれる人がいればの話だが。
いなかったら、また俺がアイツを気持ちよくして──修復してやることになる。
「あちゃあ……そっかぁ。ブレイザーに焼かれちまったのが結構効いたんだ。そうかそうか」
頭をボリボリと掻く。アサルトマータも痒くなったりするんだな。
「いたほうが、話が早かったんだけどな。でも、いないもんは仕方ない……か。ヒヒッ、世の中、ままならないもんだね」
「俺でよければ聞くよ」
「それなら、そうすっかな。甘えるか。なんか頼りなげではあるけど……伝書鳩の真似くらいは、できるよなぁ? 信じるぞ? 信じることは、とっても大事だからな、フヒヒヒッ」
気持ち悪い笑い方しながら、投げ出していた両足を戻し、床を踏み、おもむろに立ち上がる。
そのまま俺のそばまで近寄ってくる。
歩くたびに胸の大きな膨らみがユサユサするのがなかなかに目の毒だ。
「んじゃ、ごちゃごちゃ回りくどいことは言わず、はっきり聞いていただきますかね」
「ぜひ」
「ズバリ…………もうさ、アタシらの終わりのないこの壊し合いを、『休戦』にしないかい?」
右手を差し出し、握手を求めながら、緑髪のスナイパーは俺にいきなり爆弾発言をぶつけてきやがったのであった──




