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13・風船屋

コンコン


「入ってまーす」


 無言。


 どう切り返してくるか知りたかったが返事はなかった。

 おこ? おこなの?


「キャハハハ」


 生意気そうな笑い声。

 よかった、どうやらウケたようだ。

 イラついてつい先制攻撃とかは無さそうである。


 声質は少年なのか少女なのか判別しづらい。

 俺より若そうなくらいしかわからん。

 中学生? 空飛ぶ中学生ってのもまたメルヘンだね。


「あらあら、この声は」


「うげえ。よりによってアイツかよぉ。……あー、確かにそんな気配だわ」


「『風船屋』か。どうやって嗅ぎ付けたかわからんが、また厄介な奴が来たものだ」


 三姫のお知り合いか。

 でも言葉から察せられるのは、あまりよろしくない間柄だ。

 こいつらでも一筋縄ではいかない、もしくは面倒臭い相手らしい。


「窓を開けてあげなさい。今は楽しそうだけど、壊しにかかるのもそう遠くないわよ」


 根ノ宮さんにそう言われると、グロリア先輩は溜め息を浅くついてからスイッチを押した。どうも屋根にいる奴は乱暴者のようである。


 音もなくドアの窓が下がっていく。

 すぐに全開になった。


 風が凄い。


「キヒヒ、こんばんわっ」


 声変わりしてなさそうな声から予想した通りの生意気そうな年下顔が、笑いながら逆さまに現れた。

 屋根からこちらを見てんだからまあそうなるよな。


 乱雑なシャギーボブの金髪のてっぺん付近が黒くなって、本来の髪色を主張している。

 プリン頭ってやつだ。

 ネコ科の生き物みたいなわがままそうな顔は男女どちらなのか判別が難しい。どっちもありえる。

 ツリ目にギザ歯。

 いくつもつけているピアス。


 ヤンキーだヤンキー。


「今晩は、風船屋のお嬢様。挨拶するタイプに思えないけど、意外と礼儀正しいのね。偉いわ」


 美少女三名が嫌そうな顔をしてだんまりする中、根ノ宮さんは変わらず謎めいた笑みのまま挨拶を返した。


「キヒヒッ、天の道導(みちしるべ)に褒めてもらえるなんざ、光栄だねェ。でもお嬢様はやめてくんない? ンな柄じゃねーモン。聞いてるだけでケツ痒くなっからよ」


 風船屋、ね。

 本名とも思えないし、どうせ特殊能力にまつわるあだ名なんだろう。

 ヘリウムガスを操るとかだと平和的でいいのになー。


 根ノ宮さんがお嬢様って呼び方したってことは、女の子らしい。つまりメスガキだ。


「風が強いわ。入るならさっさとお入りなさい」


「いやいや、こちとらそんな馴れ合うつもりはねーんでね。用件終えたらさっさと帰りますわ」


 風船屋と呼ばれたプリンネコが、じろりと俺のほうを見た。

 なんだろ。


「よぉ冴えなそうな兄ちゃん。あんたがやべえ災いかい?」


「悪いが人違いだよ。他を当たってくれ」


「アハハ、四人がかりで護送されてるくせによく言うぜ。おもしれー男だなぁ。ひょっとしてよぉ、クラスの人気者だったりする?」


「いや、影の薄いほうかな。それと人違いってのは本当だぞ。この姉ちゃんが言い出しっぺだから間違いないんじゃないか?」


「へー、道導がそう言うならそうなんだろーな。だけどなぁ……ホントだとしても手ぶらで帰れないし、その言葉をマジ受け取りすんのもねぇ……」


「ならどうする?」


 不穏な流れになってきてるが構わず聞いてみる。

 プリンネコの「手ぶらで帰れない」発言からもわかるように、俺を連れ去るか、あるいはスカウトに来たのは明白だ。

 殺すつもりならもう攻撃してるはずだからな。

 そうなると、次にこいつがやりそうなのは、乱暴な手段で俺をかっさらうくらいか。


「その前に先に聞きてぇんだけど……この連中ほっといてさ、オレとデートと洒落込まない?」


 見た目では男なのか女なのかよくわからない顔がキャハハと笑う。

 まさかのお誘いだった。

 あとオレっ子かよ。

 ニッチな要素の塊みたいな子だな。ヨシモトさんといい、塊に縁があるのか俺。


「で、映画館やレストランや夜景を楽しむだけ楽しんだら、お仲間の下にご案内ってか」


「キヒッ、話が早くていいねぇ。その通りさ。なんならホテルも行こっか? アンタも男なんだからいつもヤることで頭一杯だろ? トイレでもいーけどさ」


 そこまで下半身に素直じゃないなあ。


「品の無い物言いですわね。『安愚羅会(あんぐらかい)』の方はこれだから」


「アングラ会?」


 先輩の口から新たな聞き慣れないワードが出てきた。

 暴走族の名前みたいなやつ。


「性根の腐った霊能者どもがつるんでる集団って思っとけ。真っ当じゃない仕事を好んでやってるカスどもだ」


 どこの世界にもそういう連中いるんだな。


「キヒヒ、言ってくれるねぇトンカチ女が。暴れるしか能が無いくせにさぁ」


「お前にだけは言われたくないぜ」


「はいはい、わかったから脳筋女は引っ込んでな。それで平凡兄ちゃん、お誘いの返事は?」


「……悪いがノーだな」


「あらま、フラれちゃったかぁ…………キャハハッ。そりゃ残念残念。もったいねーけどな、キヒッ」


 箸が転がっても笑う時期に突入しているのか、少女が大笑いした。


「別にそのお誘い受けてもいいんだが、先約をキャンセルするのも失礼だからさ。今回はご縁が無かったということでひとつ」


「もう一回聞くけどやっぱ駄目?」


「すまんね」


「そっかー…………キャハッ、キャハハハハハッ。んじゃ消すか」



シュパァッ!



 顔が入れ替わったかのように瞬時に真顔になった風船屋が、その表情の変化を上回る速さで、窓から姿を消した。

 黙って様子をうかがっていた間狩が、とうとう車体越しに居合で斬りつけたのだ。


 姿を消すのと、居合はほぼ同時くらいに見えたが……間狩は少しムッとした表情になっていた。

 手応えはなかったのだろう。

 刃に血もついてないようだしな。


 ずっと気を張って刀に手をかけてたからな……警戒されてて当然だ。

 あのプリンネコはいつ抜かれてもいいように逃げる準備してたに違いない。


「まずいわね」


 根ノ宮さんの言葉が何を意味するのかはすぐにわかった。


 目玉のついた泡の塊みたいなものがボコボコと、車体の斬り傷から中に入ろうと蠢いていた。


「あのクソったれの式神だ」


 玉鎮が吐き捨てた。





 その五秒後。





 横にひたすら長い高級車の胴体が爆発した。

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プリンちゃんをわからせないとね
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