39・魔弾の射手・その2
追跡が始まった。
気分は狩人──いや、猟犬か。
悪しき臭いを嗅ぎわけ、昼の街をひたすらに駆け抜け、獲物を逃すことなく追い詰め、その喉笛にかじりつかんとする、退魔の猟犬。
真夜中じゃないのが雰囲気的にそぐわないが、これはこれで、悪くない。
むしろ、そんな役割の奴が昼間に、しかも大っぴらに活動するほうが、より、世紀末っぽい──それはもう俺が生まれる前に過ぎたみたいだから末法のほうがいいか──感じがするんじゃないか。
追われ、狩られる側であるはずの──化物である俺がそれをやるのが、一種のダークヒーローめいていて、さらにカッコいい気分にさせてくれる。見た目は猟犬どころか泣きながら逃げてきた負け犬みたいな服装だが。
しくじった。
せめて、ミスショットの手下から、靴でも没収しとくべきだった。焦りすぎたか。
戦後の日本でも、こんなみすぼらしい姿の奴はそうそういないよな。
だからなのか、見られてる。
通行人にがっつり見られてるよ俺。
中には二度見どころか三度見してる人までいるよ。なんだか恥ずかしいな。
……まあ、でも、そりゃね……。
見るよね。
破れまくってるシャツと薄汚れた短パンをはいた裸足の少年が、オリンピックで余裕で金メダル取れそうな速度で町中を爆走してるんだから、見ないほうがおかしいよな。まともな光景じゃない。
不幸中の幸いなのは、目撃者が誰かに見たものをありのままに語っても、正気か酒の飲み過ぎか薬物の使用を疑われるだけで終わりそうなことだ。
たいていの人は信じることなくさっさと忘れる。
しかし、それでも、真に受けて信じる馬鹿……純心な少数派は必ずいる。
いるんだよマジで。
俺のクラスにもいるもん、そういう痛い奴。オカルト雑誌愛読しててさ、七色のUFOを見たとか、やばい呪物が質屋にあったとか、世界は半魚人に乗っ取られかけてるとか……色々と重症だったなアイツ。いつか目が覚める日は来るのかね。
……なんて、余計な心配をする必要も、ないか。
別段、仲良くしてないしな。
クラスメートの精神状態はともかく、そんな風な、疑いを知らない奴らが話を面白おかしく過激に膨らませて、その結果、新たな都市伝説が生まれるかもしれない。
『恐怖! 平穏な町に突如現れたホームレスターボ少年!』みたいな。
そうなったらそうなったで、そのほうが、かえって事実から遠ざかるからありがたいのだが、どうなるだろ。
こればかりは予測できないね。
なんて、連想ゲームのごとくつまらない思考をタラタラ垂れ流しながら、俺は、注目の的と化してひたすら走っていた。
(……ようやくか)
俺は足を止めた。
フラッドから流れ出した二種の力は、町中を、まっすぐにではなく、斜めに移動していた。
できるだけその流れに忠実についていき、引き離されないよう、細心の注意をはらう。
二十分ほど走っただろうか。
町の中心からだんだん遠ざかり、行き交う人も少なくなり、好奇の視線にさらされることも無くなっていく。
やがて、ある建物の中に、炎と水のオーラらしきものは呑み込まれていった。
かつて、全国に存在していた某デパート。
鳴り物入りで現れて地元の商店街を滅ぼし、そして、無理してそこまでやったはいいものの経営を維持するための採算がどうしても取れず、自らも滅んだ。自分の力が制御できない系のボスかな。
幸いなことにこの町はグロリア先輩の実家があったので、降って湧いたその災いからまぬがれることができたようだ。
で、日本中にばらまかれた店舗の一つであり、今や廃墟と化したここに、どうやらいるらしい。
死の特性を操る狙撃人形、ミスショットが。
「……こんなところから、撃ってきたのかよ」
あの土建屋事務所からここまでの距離は、正確なものではない目測だけど、たぶん…………そうだな、四キロはあると思う。五キロは、ないだろう。
どっちにしても、銃弾が届く距離ではないのは明らかだ。
しかし、そのやり方は、ディバインから聞いた説明でもう知っている。
わからないのは、もう一つの謎だ。
「届いたのは『死の力』とやらを込めたからだとして、それはいい。問題は、ここからどうやって狙ったかってことだ」
誰に言うでもなく、顎を触りながら、ぶつぶつ呟いて、推測する。
遠く離れたこの廃墟から、地面に転がるフラッドの位置を正しく把握して狙撃を成功させた、その方法について。
これが気になる。
うん。
どうしても、気になる。
「ん~~、そうだな…………いっそ、本人に聞くか。そのほうが手っ取り早い」
嘘をつかれるかもしれないが、俺が勝手に間違った結論を正解だと思い込むのも、似たようなもんだ。
それに、もしかしたら、案外本当のことを言うかもしれん。
手ぐすね引いてお待ちかねしてそうなスナイパー姉さんが、教えたがりのお喋り好きだといいのだが。
こそこそ隠れながら、中へ。
固く封鎖されてる裏口(ここで働いていた人専用の出入口だろう)の扉を、腕力で言うことをきかせる。
俺がここまで追跡してきたことを、あちらは、わかってるのかわかってないのか。わかっていなくても、扉を無理やり開けたときの音でバレてそうだが。
(気配の消しかたとか……どうやるのかな)
漫画に出てくる武術の達人みたいに、スッと消して音もなく探索したいが、やり方わからん。知っててもやれるとも思えん。
仕方ないので普通に忍び足。
一度、うっかり床に落ちてた空き缶に爪先が当たって、カランカランと鳴ったときは『はいはいオワタオワタ』と思ったが、弾丸が飛んでくることもなく、無事に終わった。
見逃されてる気もするが。
(だとしたら、理由はなんだろう)
わからん。
見逃されてるか、ホントに気づかれてないのかもわからん。わかりようがない。
何を考えてんだろうな、あちらさんは。
廃デパの内部は、真っ暗だ。
電気も通ってないだろうしな。明るくしようにも無理だ。
人間では何も見えない危険な場所だが、闇の中でも見通せる俺には関係ない。
ここからフラッドに弾を命中させるような奴相手にやるだけ無駄な気もするが、一応、狙撃を恐れ、できるだけ壁に寄りながら歩く。
慎重に、慌てず進む。
そうしていると、吹き抜けのエリアに出た。
「ん?」
なんか来た。
小さな光が、遠くから、こちらに向かってきている。
かなり離れてるな。あちらは……食品売り場だろうか。
光の正体は、懐中電灯らしい。
光は、少しずつ、少しずつ、大きくなっていく。
誰が持っているのか。
誰が俺のほうに来るのか。
ミスショット本人……ではないよな。たぶん操られてる人間だろう。わざわざ自分から来るはずもない。
ただの警備員の可能性もある。さっき強引に侵入したから、警備会社に通報いったのかもしれない。廃墟への侵入は普通に犯罪だからな。
光が、さらに寄ってきた。
まだまだ離れているが、この距離ならもう、懐中電灯の持ち主の姿をバッチリ目視できる。
さあ、果たして何者なのか。




