37・暴発の末にあるものは
大変なことになった。
ここで爆発が起きたこと、それ自体は別に構わない。
いや、一応は大事件ではあるのだが、場所が場所だからね。善良な市民が近寄らない所なんで(運悪く、もしそんな一般人が居合わせていて死んだとしても、お説教や減給くらいで済むだろう)。
悪党の巣窟からゾンビの巣窟に変わった腐れ建物なんぞ、粉々に吹き飛ぼうと異世界に転移しようと誰も困りはしない。むしろ地元民が喜ぶくらいだ。過激な浄化作戦みたいなものである。
では何が大変なことなのか。
それは──根ノ宮さんとグロリア先輩が、この建物内部に踏み込んでいた場合である。
もし、いたらまずい。
本当にまずい。
いても、おかしくはない。いや、いたらさっさと二階まで上がってくるだろうから、やはりいないのか。
いた場合、二人とも遺言を残す間もなく、跡形もなく消し飛んでしまったかもしれない。
一大事だ。
そうなったのなら、その責任は……これは、マジで認めたくない嫌な事実なのだが、しかし……誰にあるかと言えば、やはり……………………どうしたって俺にあるだろう。何のためにディバインのお目付け役をしていたのだと、関係者一同から怒りの指弾を浴びせられまくる事になるはずだ。
責任。
俺がこの世で、一、二を争うくらい嫌いなワード。
できることならその二文字とは一生縁のない生活を送りたい。
聞きたくない。
背負いたくない。
どのくらい嫌いかというと、人間の食い物で言うなら、焼売に乗っかってるグリンピースくらい、酢豚のパイナップルくらい、嫌いなものなのだ。
だから祈るしかない。
二人がピンピンしていることを。
もしくは、どっかでのんびり、様子見をしていることを。
でないと俺は、機関内で、この先ずっと肩身が狭い思いをすることに……いや、それくらいでは済まないよなぁ……。
うっかりミスで、未来予知できる謎めいた美女と御華上家のうるわしき令嬢をチリにしちゃった、不届きな化物。退治する理由としては充分だし、退治しなければ、この国で最も力や名声のある退魔組織──七星機関としても、示しがつかない。
かくして俺は、駆除する側からされる側になっちまうのであった。なんてな。
笑えないわ。
あー、なんでこんな目にいつもあうのかな。
生き返ってから今の今まで、ずっと薄氷の上にいるような気がしてきたぞ。
せっかくこの世に舞い戻れたのになんなんだ。凄い力を持ちながら奥ゆかしく生きてやってんのに周りが俺に危なっかしいおもちゃを寄越しやがる。
そしてこうなった。
BOMG。
華々しい閃光と衝撃。
おのれフラッド。
おのれディバイン。
なんでレーザースラッシュなんかアレに使ったんだよ。一番使っちゃ駄目なやつだろそれ。被害が大きくなるからやめとけと散々言われただろうが。それに承知しただろうが。それなのにあっさり使いやがって。舐めてんのか。それとも秒で記憶がまっさらになるダチョウみたいなオツムしてんのかてめえ。
なんて取り留めのない恨み言を瓦礫に包まれながら胸の内に溜め込んでいる俺、天外優人十六歳。
ここからどうしたらいいか非常に悩んでいる。
はっきり言って、どうなったのか知りたくない。知れば、嫌でも現実を受け入れないといけなくなる。
たまらん。
事務所の壁や天井だったものをお布団代わりに青空の下でスヤスヤと眠りにつきたい。寝つきはあまり良くなさそうだが、この際贅沢は言わないさ。
目が覚めたら全部悪い夢でしたとかならんものか。ならんよね。わかってるよそんなこと。でもならないものか。ワンチャンないか。
「……ごほっ、だ、大丈夫だったか、ユート」
「あ? まーな。どってことなかったよ」
抱き枕のように俺の腕の中にいる、ディバインの声。少しむせてはいるが、今にも死にかけという風ではない。
体を張ってこの事態の元凶を助けるとか、俺もお人好しなのかもな。人じゃないけど。
そんな元凶である箱被りスットコドッコイがクソすぎる一手を打ちやがったせいで遊戯盤ごとゲームが崩壊したのだが、身を守るくらいはできる。
素早く箱被りマヌケを抱きかかえ、もろともに触手でくるまった。むろん、全ての触手には力が込められてある。
フラッドが作り出した炎と水の混ぜ物が暴発する前に、八本全部ぶつけて相殺したほうが良かったかもしれないが、そこまでやれる時間的余裕はとてもなかった。
爆発が起きたのは、確か、ディバインの光線が当たって、ほんの二、三秒だった。
猶予が少なすぎて俺にはこのくらいしかできなかったが……根ノ宮さんや先輩、そしてフラッドはどうなったのだろうか……。
「やっぱ、寝てられんな」
現実逃避して寝てても意味がない。何の解決にもならない。
まずはフラッドだ。
あのゴスロリがどんなことになったか、一番先に、この目でしかと見なければ。敵をほったらかしにはできないもんな。
まあ、あとの二人の安否を確認するのはできるだけ後回しにしたいという後ろめたい気持ちがそっちを優先させてるのは、否定できない。
で、フラッドへの対応だが。
まだ動くようなら、散々痛めつけてからディバインにバトンタッチすればいい。
消滅してたら、倒す手間は省けるが、ディバインのパワーアップイベントは無くなることになる。
わかりやすい。
「たくましいな、ユートは」
ディバインが、吐息のように呟いた。
「ん?」
「鍛えぬかれた肉体……というようには全く見えない、平凡な体格なのに、とても力強い。岩のような、いや、山のような大男に抱かれているようだ……しかも、やる気がなさそうでいて、やる時はやる」
ところどころ、けなしているようにも思えるが、まあ、持ち上げる前フリで下げてるだけのようだし、ここは素直に受け取っておこう。
しかし急にどうしたのか。
不思議に思い、ディバインの顔を、まじまじと見る。
クールな表情は変わらずだが、心なしか、俺を見て、うっとりしているような感じがある。
これはあれか?
まさか、窮地を何度も救ったから好感度が激上がりしたのか?
……うん。
これは、どうもそうっぽい。
こいつが男に免疫がないからなのか、強い男が好きなだけか、または俺がタイプなだけなのかはわからないが、いずれにしても、好意を向けられているのは確かだ。
(自制心が品切れしてそうな女に好かれても、不安しかねーんだけどな……)
今後も『指導』しなきゃならんのかと思うとウンザリさせられるが、これも運命だと諦めるしかないのかもしれない。
諦めがついたところで、ディバインから腕を離す。
現実と向き合う覚悟を決め、瓦礫を適当にのけるが、そこで覚悟が揺らぎ、現実を知るまでの時間稼ぎのため、わざとのろのろと起き上がった。
我ながら幼稚なことをしていると思ったが、でも嫌なものは嫌なんだ。
盛大に舞っていた埃や粉塵も、やっと落ち着いてきたらしい。
視界が良好になってきた。
周りを見渡す。
建物の解体現場にうっかり迷い込んだような光景が広がっていた。
家具だったものの一部。ヤクザの死体の切れ端。建物を構成していたコンクリと、それを補強していた鉄筋。窓ガラス。埃に混じって舞い散っていた、白い粉。
それらが混在する中。
──フラッドはいた。
いたが、ボロボロの残骸となっていた。
酷い有り様である。
人間だったら絶対に生きていないレベルの損傷だ。
防御や、もしくはスキルの中止が、間に合わなかったのだろう。いや、間に合ってなお、このダメージだったのかもしれない。
下半身はなくなり、上半身も、左腕と頭の右半分が消し飛んでいた。
無惨なものではあるけど、哀れむ気持ちなんてものあるわきゃない。
「爆心地そのものだった割には、まあまあ残っていたじゃないか。いや、ほんと、ラッキーだったな。さすがだねフラッドちゃん。やるじゃない」
小馬鹿にする。今やらずしていつやる。
「ギギギ……よくもぉ、よ、よ、よくもおおおぉ…………」
フラッドが唸る。
悪態でもつきたいのかもしれないが、さっきのブレイザーのように、ろくに呂律が回らず、死にかけのラッパーみたいになってしまってる。これも因果応報か。
爆発の直後、こいつも俺達も、どうやら下の階に落ちたらしい。そりゃ壁も天井も吹き飛んだんだから床もそうなるよな。
なんか思い返すと、変な浮遊感が……あった気もする。
それが落下した時なのかも。
頭上からは、お日さまが飽きることなく地上を照らしていた。
ふと、視線を感じる。
そちらへ顔を向けると、そこには根ノ宮さんとグロリア先輩がいた。
どちらも元気なようだ。建物の中には入ってなかったらしい。
「やっと、運勢が上向いてきたかな」
二人があの世に行ってなかったことにホッとしつつ、俺は、隣に立っていたディバインに目配せする。
それを察したディバインが、ガラクタとなったフラッドにトドメを刺すべく、堂々とした足取りで近寄っていき──
パァァン!
一発の銃声が、どこか遠くから鳴り響いた──数秒後。
飛来した弾丸が、フラッドの胸部真ん中に命中したのだった!!




