33・バカ退場(前編)
どっちのことなのか。あるいは両方か。
頭の悪い敵の誘いに、
頭の悪い味方が引っかかった。
天を仰ぎ、手で顔を覆いながら「オーマイガー」の絶望の声をネイティブぽい発音で出したいところだが、目を離すわけにもいかないのでバカ同士のやり取りを最後まで見届けることとなった。
なにやってくれてんだディバイン。学習能力ないのかお前。
好機を見逃すなとは言わん。
でも、少しでもいいから、やっても大丈夫か大丈夫じゃないかの吟味をしてくれ。頼むから。お願いだから。
今回みたいなバレバレの芝居に飛びつくのはどうかしてるって。
──愚痴はこのくらいにして。
あの後こいつらはどうなったのか、少し振り返ってみよう。
と言っても、大した波乱はない。
いや、ディバインやブレイザーにとっては窮鼠猫を噛むだったのかもしれないが、俺からしたら予定調和すぎて笑えない。草も生えないってやつだ。
・ディバインがフラフラしてるブレイザーに飛びかかる
↓
・上段斬り
↓
・やはり演技だったブレイザー、大斧で受ける
↓
・すぐさま大斧を手離し、ディバインに抱きつく
↓
・全身から発火
↓
・一緒に火だるまとなるディバイン
↓
・ディバイン、苦し紛れに、光の矢をブレイザーの片目に当てて潰す
↓
・思わず手を離し、ディバインの腹に前蹴りをかます
↓
・ディバイン、くの字に体を曲げ、後方に飛ばされる
そして俺が床にぶっ倒れたディバインに駆け寄り、
ブレイザーが顔の右側を手で押さえながら、大斧を拾おうとしゃがみこんだのが、
現在である。
フラッドはというと、あんなにケラケラ笑っていたのが、黙ったまま、じっと俺達のやり取りを眺めている。
不気味だ。
何を企んでいるのだろう。
逃げるタイミングでも計っているのか、横から誰を殴ろうか決めかねているのか。
油断はできない。
ネヴァモアの件を思い出す。
あれはつくづく失態だった。強化させて逃がしてしまった。
あの過ちを繰り返すわけにはいかない。
ディバインになんとかブレイザーを仕留めさせて、グロリア先輩と根ノ宮さんが来たらフラッドを袋叩きにするのが、理想ではあるのだが……。
「ぐぐっ、ぬ、ぬかった」
そのディバインはこの通り。
火が消えたあとの火事場から奇跡的に原形残して見つかった等身大フィギュアみたいになっている。
人間のように皮膚が焼けただれたりはしてないが、どこもかしこも溶けたり焦げており、元が美しいだけに悲惨な姿だ。
こんな状態でブレイザーにトドメを刺させるとなると、俺がかなり弱らせてお膳立てしてやらないと無理だな。
ブレイザーはブレイザーで、右目を壊されたため、ダメージはともかく、左側しか見えないのはかなりのハンデになっている。そこにつけこみたい。
敵の弱みを突くのが勝負の基本。
でもそればっか狙ってると読まれたら罠張られるから気をつけよう。
「あぁクッソ! クソッたれが!」
「ふ、ふふ、いい気味だ……」
弱った演技をかなぐり捨て、ブレイザーが地団駄を踏む。
どかどかと八つ当たりで踏み鳴らされる床。さっきまでふらついていた奴とは思えない元気さだ。今にも床抜けそう。
その様子を見て、文字通り一矢報いたディバインが笑う。
「おとなしく焼かれりゃ良かったのによぉ! チンケなことやりやがって! 剣士ぶってるくせにつまんねえ真似だなオイ!」
「お前が言うなよお前が」
よくディバインにそんな偉そうに言えるなこいつ。
お前こそ弱ってたんじゃないのか? やけに元気だな?
「豪快に振る舞ってたくせに、ちょっと痛い目見たらグロッキー状態を演じてこちらの油断を誘い、まんまと飛び込んでくるのを待つ……なんだそりゃ。くだらない罠だな。お前こそみみっちいよ」
別に正々堂々とやれとは言わないさ。生き残りをかけた実戦なんだから。
だけど、自分の安っぽい策を棚に上げて敵の小技をボロクソにけなすのはおかしいだろ。しかもやってることはお前のほうがずっとセコいし。
なんだろね。
こいつの底が見えてきた気がするわ。
「ぬぁにぃい!?」
「吠えるのだけは一人前だな」
人間だったら頭の血管が何本も切れたんじゃないかってくらい、ブレイザーが怒りに顔を歪ませた。
「さっきの初撃にしてもそうだ。そのでかい斧で叩っ切ろうとしてくるのかと思ったら、炎をぶっ放してきた。それがあっさり打ち消され、逆に吹っ飛ばされたら、今度は弱ったフリ。迂闊に攻撃を仕掛けたバカに抱きついて燃やす……腰が引けたやり口ばっかじゃん」
「待て、バカとは私のことか……?」
「もっとこう、激しくガツンガツンぶつかり合うタイプかと思ったのにさ。拍子抜けだよ。これなら、あのドリル女──スパイラルのほうがよほど戦士っぽかったぜ」
まあ、あいつもやられたフリからの不意打ちしたけどな。
軍服女──コラプスも、傷口から崩壊のガスを吹き付けてきたし、同類だけあってパターンも似てるのか。
「ハッ、笑わせんなカス。よりによって、あんな後先考えねえアホとオレを比べんじゃねえよボケが」
嫌そうにブレイザーが吐き捨てる。
カスだのボケだの、なかなか言ってくれるねえ。
「オレはなぁ……一方的に、戦いを楽しみながら、勝ちてえんだ。だから、この『剛火』をただぶん回すより、スキルを使うほうを好むのさ。バーストスマッシュをな」
そんな名前のスキルだったのか。
あまりひねりの無い、ありがちなネーミングだな。
あと、その大斧、剛火って言うんだな。
どうでもいい情報をどうも。
「……おい、ユート。私のことを、バカ呼ばわりしたのか……どうなんだ」
「飛び道具を使うのは、使えない奴に対して有利に戦えるから。罠をかけるのは、誘いに乗ったやつをハメて先に叩けるから。みみっちいんじゃねえ。賢いんだよ。そこの半焼けバカやあのアホドリルみたいに、得物を振るうことしか頭にない単細胞どもとオレは違うんだよ」
「おい、私の質問に、答えろユート……あいつまで私のことをバカと……」
さっきからしつこいな、この焼け残り……話に割り込むほどのことじゃないだろうに……。
「まあ、賢いといえばそうなんだろうな」
「だろ? やっと少しはわかったか」
「でも不快だ。自分が優勢なままでいるのが基本で、ちょっと反抗されたら口汚く扱き下ろすとか、お前が一番のクソだよ。よく戦いが好きとかぬかせるな。これなら、あのドリルやこいつのほうがずっと好感が持てるぜ」
そこまで言い切ったところで、俺は背中から八本の触手を生やした。
この人形を本気でガラクタにするために。




